水路沿いの倉庫
加筆修正しました。
ガルドに頼まれた荷物を届けるため、シオンとレオは町の下の方へ向かっていた。
倉庫が多い区画だった。
大きな通りから一本外れると、石造りの建物と木造の倉庫が並び、その間を細い水路が通っている。
町の上の方から引かれてきた水がここを抜け、さらに下へ流れていく。
普段の流れは穏やかで、荷車の車輪を洗ったり、桶に水を汲んだり、倉庫の裏で道具を洗ったりするのに使われていた。
今日は風が少し強かった。
空も低い。
「雨降るかな」
レオが空を見る。
「分からない」
「見たら分かるだろ」
「雲は見えるけど、降るかどうかは比べられない」
「不便だな」
「うん」
レオが笑った。
目的の倉庫まで来る。
大きな木戸の横には、積み上げられた木箱や縄で縛られた荷物、荷車が並んでいた。
奥では何人かの大人が荷を運んでいる。
シオンが声をかける。
「すみません」
中から少年が一人出てきた。
シオンたちより少し大きい。
黒い髪が額にかかっていて、表情はあまり変わらない。
「何?」
「リーメル商店から」
シオンが持ってきた荷物を見せる。
少年はそれを受け取った。
「親父に渡す」
「ノア?」
レオが聞く。
少年が見る。
「うん」
「俺、レオ」
「知ってる」
「なんで?」
「速いやつ」
レオが少し嬉しそうな顔をする。
「有名じゃん」
ノアは特に反応しなかった。
シオンも名乗る。
「シオン」
「うん」
「俺は知らない?」
「名前は聞いたことある」
「どこで?」
「祝紋院」
シオンは少しだけ目を瞬いた。
その時、強い風が吹いた。
倉庫の脇に張られていた大きな雨除けの布が膨らみ、端を留めていた縄を強く引く。
その下に積まれていた木箱が、わずかにずれた。
「危ない」
シオンが言う。
ノアが振り返る。
上に積まれた箱が、もう一度動いた。
ノアはすぐ近くの縄をつかんだ。
積み荷の側面を押さえるために掛けられている縄だった。
その瞬間。
ずれかけていた箱の動きが止まった。
元の位置へ戻ったわけではない。
傾いたまま、それ以上動かなくなった。
シオンは縄と箱を見る。
「今の、祝紋?」
「うん」
「何?」
「《固定》」
レオが箱を見る。
「便利じゃん」
ノアは縄を握ったまま答える。
「別に」
「別に?」
「重すぎるのは止められないし」
すぐに倉庫の大人が駆け寄ってきた。
「そのまま頼む」
「うん」
大人たちが箱を支え、ずれた積み荷を下ろしていく。
安全な位置まで動かしたところで、ノアが縄から手を離した。
「助かった」
大人に言われ、ノアは小さく頷く。
シオンはさっきまでノアが握っていた縄を見る。
「箱には触ってなかったよね?」
ノアがシオンを見る。
「縄は持ってた」
「縄を固定したの?」
「たぶん」
「箱じゃなくて?」
「分かんない」
シオンは少し眉を寄せた。
「試したことないの?」
「ない」
「なんで?」
ノアは少し考える。
「困ってないから」
シオンは黙った。
レオが横から言う。
「俺なら色々試すけどな」
「お前は使いたいだけだろ」
「使えるなら使うだろ」
ノアは、よく分からないという顔をした。
倉庫の奥から声がする。
「ノア!」
「何?」
「こっち持ってくれ!」
「うん」
ノアが奥へ向かう。
レオもついていった。
「手伝う」
「別にいい」
「早い方がいいだろ」
そう言って、レオが荷物を持つ。
腹のあたりに祝紋が浮かんだ。
《加速》。
一気に数歩進み、荷物を先へ運ぶ。
ノアが見る。
「それ、毎回使うの?」
「早い方がいいだろ」
「別に急いでないけど」
「でも早く終わるじゃん」
ノアは何も言わなかった。
シオンも手伝った。
荷物を移し、縄をまとめ、箱の位置を直す。
しばらくして、頼まれていた荷物も渡し終えた。
三人は倉庫の外へ出る。
水路の水は、いつも通り静かに流れていた。
「じゃあな」
レオがノアに手を上げる。
「うん」
ノアはそれだけ答え、倉庫へ戻っていった。
シオンとレオも歩き出す。
少し進んだところで、レオが一度立ち止まった。
右足を軽く二度振る。
シオンはその動きを見た。
「どうしたの?」
「何が?」
「足」
レオも自分の右足を見る。
「別に」
そう言って、また歩き出した。
歩き方は、いつもと変わらない。
シオンもそのまま後を追う。
振り返ると、倉庫の脇では雨除けの布がまだ風に揺れていた。
その下には、さっきノアが止めた荷物がある。
縄。
箱。
《固定》。
そして、道の脇を流れる水。
シオンは一度だけそれらを見てから、レオの後を追った。




