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比較不能 ―《比較解析》の少年と、正解のない世界  作者: たんぱくしつ
第二章 共有する少女

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ここにいる

それから、二週間ほどが過ぎた。


店の棚には、いつも通り商品が並んでいる。


朝になればガルドが店を開け、シオンが手伝う。


ティアも、その横でできることをする。


変わったこともある。


夜になると、リーメル家からそう遠くない場所に、祝紋院の職員が一人待機するようになった。


毎日同じ人ではない。


エルナの日もあれば、代理担当として紹介された職員の日もある。


何かあれば、ガルドがすぐ呼びに行く。


最初の一か月だけ。


今のところは、そう決まっていた。


最初の数日は、シオンも夜になるたび、誰が来ているのか気にしていた。


今は、たまに思い出すくらいだ。


呼ぶことがないまま終わるのが、一番いい。


     ◇


ティアは週に何度か、祝紋院へ行っている。


その日はシオンも一緒だった。


小さな部屋。


ティアの向かいにはエルナが座っている。


机の上には水と濡らした布、それに記録用の紙。


試すためのものより、何かあった時に使うものの方が多い。


 「今日はどう?」


エルナが聞く。


 「普通」


 「頭は?」


 「痛くない」


 「気持ち悪くない?」


 「ない」


 「眠い?」


 「ちょっと」


 「昨日、ちゃんと寝た?」


 「寝た」


 「何時?」


 「知らない」


 「ティア」


ガルドが呼ぶ。


 「ちゃんと寝たって」


エルナが笑う。


 「じゃあ、今日は少しだけにしようか」


ティアが頷く。


今日やるのは、《共有》が起きそうな時の感覚を確かめることだった。


近くにいる相手を見る。


一度目を閉じる。


何か変わった感じがしたら、すぐに話す。


無理に《共有》を起こそうとはしない。


起きれば記録する。


起きなくても、それを記録する。


最初の頃、ティアは、


 「何も起きなかったら、来た意味ないじゃん」


と言っていた。


今は、何も起きなかったことも記録になると分かっている。


ティアが目を閉じる。


しばらく、何も起きない。


シオンもエルナも黙って待つ。


やがて、ティアの眉が少し動いた。


 「……なんか」


 「どうした?」


 「来そう」


シオンが顔を上げる。


 「見えた?」


 「まだ」


ティアは目を閉じたまま答える。


 「でも、ちょっと変」


エルナが聞く。


 「続けたい?」


ティアは少し考えた。


 「……今日はやめる」


 「分かった」


エルナはそれだけ言って、紙に書く。


誰も、もう一回やってみようとは言わなかった。


ティアが目を開ける。


 「終わり?」


 「今日はね」


 「早い」


 「自分でやめたんでしょ」


 「そうだけど」


シオンはティアを見る。


顔色に変わりはない。


 「頭痛い?」


 「痛くない」


 「気持ち悪い?」


 「ない」


 「変な感じは?」


 「もうない」


シオンが帳面を開こうとすると、ティアがその手を押さえた。


 「兄ちゃんまで書かなくていい」


 「なんで」


 「エルナさんが書いてる」


 「ぼくも――」


 「二個もいらない」


シオンはエルナを見る。


 「必要?」


 「今日は私の記録だけで大丈夫」


シオンは帳面を閉じた。


 「分かった」


ティアが満足そうに頷く。


     ◇


帰り道。


ティアは少し前を歩いていた。


祝紋院へ行くのが好きになったわけではない。


行きたくない日は、そう言う。


疲れた日は短くする。


やめたい時には、そこで終わる。


それが、今のやり方になっていた。


 「来週、セレスさん来るんだっけ?」


ティアが振り返る。


 「たぶん」


 「たぶんじゃないよ。来るって言ってた」


 「予定は変わるかもしれない」


 「また条件」


 「違う」


 「同じ」


ティアが笑う。


シオンは少し考えて、否定するのをやめた。


     ◇


店に戻ると、ガルドが荷物を運んでいた。


 「おかえり」


 「ただいま」


 「今日どうだった?」


 「途中でやめた」


ガルドの手が一瞬止まる。


 「具合悪くなったのか?」


 「違う」


 「じゃあ?」


 「なんか来そうだったから、今日はやめた」


ガルドはティアを見て、頷いた。


 「そうか」


それだけだった。


今でも心配している。


でも、ティアが自分で言えることも、少しずつ信じるようになっていた。


ガルドは荷物を持ち直す。


 「じゃあ、これ運ぶの手伝ってくれ」


 「重い?」


 「軽いやつだけな」


 「それならやる」


ティアが箱を一つ持つ。


いつもの店。


いつもの声。


そこに、新しい決まりが少しだけ混ざっていた。


     ◇


夕方。


店の外から大きな声がした。


 「シオン!」


聞き慣れた声だった。


シオンが外へ出ると、道の向こうにレオがいる。


 「なに?」


 「今日、院だったんだろ?」


 「うん」


 「ティアどうだった?」


 「途中でやめた」


レオの顔が少し変わる。


 「大丈夫なのか?」


 「大丈夫」


 「ならいいけど」


レオが店の中を覗く。


ティアが気づいて手を振った。


 「レオ!」


 「おー」


レオも手を上げる。


その直後、はっとした顔をした。


 「俺、父ちゃんに頼まれたの忘れてた。またあとで来る!」


 「今来たばっかりじゃん」


 「忘れてたんだって!」


レオの腹のあたりに祝紋が浮かぶ。


次の瞬間、地面を蹴った。


一気に距離が開く。


少し先で《加速》を解き、立ち止まる。


そこで一度だけ、右足を気にするように軽く振った。


すぐに、何事もなかったように歩き出す。


シオンはその足元を見ていた。


続けて使った時。


たまに、右足を気にする。


前から何度か見ていた。


でも今日は一度だけだった。


 「兄ちゃん?」


後ろからティアに呼ばれる。


 「なに?」


 「店、戻らないの?」


 「戻る」


レオはもう普通に歩いている。


シオンも店へ戻った。


     ◇


夜。


店を閉めたあと。


シオンは帳面を開いた。


《共有》。


分かっていること。


まだ分からないこと。


起きたこと。


起きなかったこと。


頁は前より増えている。


今日は何も書かず、少し前の頁を開く。


『足りないもの』


その下には、たくさんの文字。


一番下には、


『ティアは、今はここにいたい』


シオンはその一行を見る。


店の奥から声がした。


 「兄ちゃん!」


 「なに?」


 「父さんがお風呂先入れって!」


 「分かった」


帳面を閉じる。


《共有》のことも。


これからのことも。


まだ分からない。


それでも、分からないまま選べることはある。


シオンは立ち上がる。


廊下の向こうでは、ティアがまだ何か言っている。


その声を聞きながら、いつもの場所へ戻っていった。

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