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比較不能 ―《比較解析》の少年と、正解のない世界  作者: たんぱくしつ
第一章 比較する少年

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祝紋院

祝紋院は、シオンが思っていたより静かな場所だった。


もっと大勢の人間がいて、騒がしいものだと思っていた。


けれど実際には、白い石造りの建物の中を行き交う人々は、みな声を抑えている。


壁には細い紋様が刻まれ、棚には書類や木箱、用途の分からない道具が並んでいた。


受付の女性がガルドの話を聞き、シオンを見る。


 「発現したのは今日ですか?」


 「ああ。ついさっきだ」


 「年齢は?」


 「六歳。なったばかりだ」


女性の手が止まった。


 「……六歳?」


今度はシオンの左目を見る。


ほんの少しだけ、表情が変わった。


 「こちらでお待ちください」


そう言って、女性は奥へ消えた。


シオンは長椅子に座り、足をぶらつかせる。


 「父さん」


 「ん?」


 「六歳って変なの?」


ガルドは少し考えた。


 「かなり早いな」


 「どれくらい?」


 「発現する子でも、だいたい十歳を過ぎた頃が多い」


 「みんな出るの?」


 「いや」


ガルドは首を振った。


 「出ない人の方が多い」


シオンは少し驚いた。


 「父さんは?」


 「俺は出なかった」


 「じゃあ、ぼくも出ないかもしれなかった?」


 「そうだな」


シオンは自分の手を見る。


六歳と十歳では、ずいぶん違う。


それがどれくらい珍しいのかまでは、まだよく分からなかった。


 「早いと、強い?」


 「知らん」


 「知らないの?」


 「俺は祝紋院じゃない」


その返事には、少しだけ納得できた。


しばらくして、奥の扉が開く。


 「シオン・リーメル君?」


若い女性だった。


栗色の髪を後ろでまとめ、白と紺を基調にした祝紋院の制服を着ている。


大人ではあるが、父よりはずっと若く見えた。


 「私が見るわ。エルナ・ヴァイス」


女性――エルナは、シオンの前にしゃがみ込んだ。


 「目、痛くない?」


 「痛くない」


 「見え方は?」


 「普通」


 「さっき、何か変なものは見えた?」


シオンは少し迷った。


 「……線」


エルナの眉がわずかに動く。


 「線?」


 「袋が二つあって、その間に線みたいなのが出た」


 「それで?」


 「左の方が重いって分かった」


 「持って確かめた?」


 「ううん」


エルナは少し黙り、それから立ち上がった。


 「奥で確認しましょう」


⸻


案内された部屋は、待合室よりずっと狭かった。


中央には小さな机と椅子があり、壁際には秤や重り、木片や石などが並んでいる。


シオンには、何に使うのか分からないものもあった。


 「ここに座って」


言われた通りに椅子へ座る。


エルナが左目を覗き込んだ。


近い。


シオンが少し顔を引く。


 「動かない」


 「近い」


 「我慢して」


エルナは目の色と、虹彩に浮かぶ模様をじっと見る。


やがて、自分の瞳にも薄い光が浮かんだ。


 「……やっぱり眼部祝紋ね」


ガルドが聞く。


 「珍しいのか?」


 「珍しいわ」


エルナはまだシオンの目を見ている。


 「しかも、虹彩そのものが変わってる」


ガルドの顔が少しだけ強張る。


 「まずいのか?」


 「そういう意味じゃない」


エルナは姿勢を戻した。


 「でも、珍しいことと強いことは同じじゃない」


ガルドが苦笑する。


 「先に言うなよ」


 「期待させてから落とす方がひどいでしょ」


シオンは二人を見る。


 「強い能力もあるの?」


 「あるわ」


エルナが答える。


 「眼に出る祝紋だと、《遠見》とか《真贋》とか。《鑑定》もそうね」


 「鑑定?」


 「物を見ると、その物について分かる能力」


 「何でも?」


 「何でもじゃない。でも便利よ」


エルナは近くにあった小箱を手に取った。


瞳の奥に、薄い光が浮かぶ。


 「樫で作られた箱。古い傷が三つ。中は空」


箱を開ける。


何も入っていない。


シオンは目を見開いた。


 「すごい」


 「そう?」


 「便利」


 「それはそうね」


ガルドも感心したように箱を見る。


 「商売じゃ引っ張りだこだろうな」


 「ええ。《鑑定》持ちなら、仕事には困りにくいでしょうね」


 「ずるい」


シオンが言う。


エルナが笑った。


 「まだ自分の能力も分かってないでしょ」


その通りだった。


シオンは自分の左目に触れる。


同じ眼の能力。


それなら、自分にも似たようなことができるのだろうか。


少し期待した。


⸻


エルナは机の上に、二つの金属片を置いた。


見た目はほとんど同じだった。


 「この二つを見て」


シオンは目を向ける。


何も起きない。


 「どっちが重い?」


その瞬間、二つの輪郭がはっきりと浮かんだ。


その間に、あの線が現れる。


右。


 「こっち」


シオンが右を指す。


エルナは二つを秤に載せた。


右の方が重い。


 「もう一回」


今度は小石を二つ置く。


 「どっちが大きい?」


左。


エルナが見比べ、頷く。


 「じゃあ、どっちが硬い?」


また線が出る。


今度は右だった。


エルナは二つの石を細い鉄片で擦り、傷の付き方を確かめる。


やはり右の方が硬い。


ガルドの顔が少し明るくなった。


 「結構すごいじゃないか」


シオンもそう思った。


少なくとも、何の役にも立たない能力には見えない。


エルナが次の質問をする。


 「じゃあ、この二つ。どっちの方が高価?」


シオンは見る。


何も起きない。


しばらく待つ。


 「……分からない」


 「どっちが良い品?」


やはり何も起きない。


 「分からない」


エルナは頷き、最初の金属片をもう一度置く。


 「じゃあ、こっちの方がどれくらい重い?」


シオンは右を見たまま止まった。


 「……どれくらい?」


 「うん」


 「分からない」


今度は金属片を一つだけ残す。


 「これの重さは?」


何も起きない。


 「分からない」


 「硬さは?」


 「分からない」


 「じゃあ、これは良い金属?」


 「分からない」


シオンの声が少しずつ小さくなった。


エルナは机に置いた紙へ、確認したことを書き込んでいく。


しばらく考えたあと、もう一度シオンの左目を見る。


その瞳に薄い光が浮かんだ。


 「固有能力――《比較解析》」


 「比較解析」


シオンは口に出した。


妙な感じがした。


初めて聞く言葉なのに、どこか引っかかる。


 「今のところ分かるのは、二つの対象について、一つの性質を比べる能力ってことね」


エルナは机の上の金属片を指す。


 「どちらが重いかは分かる。でも、どれくらい重いかは分からない。一つだけでは比べられないし、『良い』みたいに基準がはっきりしないものも難しい」


ガルドが腕を組む。


 「つまり……?」


エルナは少し考えた。


 「便利ではあるわ」


 「その言い方は、便利じゃない時の言い方だな」


 「秤があれば済む場面も多い」


 「やっぱりか」


ガルドが肩を落とす。


シオンは机の上の金属片を見る。


《鑑定》なら、一つを見るだけでいくつも分かる。


自分は二つないと使えない。


しかも、どれくらい違うのかは分からない。


 「鑑定より弱い?」


シオンが聞くと、エルナはすぐには答えなかった。


 「少なくとも、今分かっている使い方なら」


嘘はつかなかった。


シオンは少しだけ、左目が重くなった気がした。


⸻


検査が終わる頃、エルナはガルドに一枚の紙を渡した。


 「これが登録の控え。しばらくは無理に使わせないで。痛みが出たり、見え方がおかしくなったりしたら連れてきて」


 「ああ」


 「それと、発現がかなり早いから、しばらく私が担当する」


シオンが顔を上げる。


 「担当?」


 「祝紋が出た人には、基本的に祝紋院から担当がつくの」


 「ずっと?」


 「能力によるわ。最初は定期的に様子を見る。危ない使い方をしていないか、変化がないかとかね」


ガルドが紙を見る。


 「珍しい能力じゃなくても?」


 「発現したら基本はね。祝紋自体が珍しいから」


 「大変そうだな」


 「仕事だから」


エルナはそう言ってから、シオンを見る。


 「あなたは特に早いし、眼部祝紋だから、少し多めに見ることになると思う」


シオンは自分の左目に触れる。


 「学校も行くの?」


 「学院はまだ先」


 「いつ?」


 「原則は十二歳から」


 「遠い」


 「六歳なんだから当たり前でしょ」


エルナは少し笑った。


 「それまでは祝紋院で、最低限の扱い方や危ないことを教えるの。本格的に学ぶのは学院に入ってから」


 「能力のこと、教えてくれる?」


 「教えられることはね」


 「《比較解析》の使い方も?」


エルナが少し困った顔をする。


 「それは、あなたの方が詳しくなるかもしれない」


 「なんで?」


 「珍しい能力は、教える側にも分からないことが多いから」


その言葉に、シオンは少しだけ興味を持った。


 「じゃあ、自分で調べてもいい?」


 「危ないことをしないなら」


 「危ないことって?」


 「それを探すところから始めないで」


ガルドが横で笑った。


 「無理そうだな」


 「でしょうね」


エルナまで笑う。


シオンだけが納得していなかった。


⸻


帰り道。


ガルドは妙に明るく振る舞っていた。


 「店じゃ使えるぞ」


 「どうやって?」


 「重い方を選ぶ」


 「秤ある」


 「……じゃあ、魔力の多い方を選ぶ」


 「鑑定の人ならもっと分かる」


 「お前、今日はやけに刺してくるな」


 「本当のこと言ってるだけ」


ガルドは頭を掻いた。


しばらく歩いてから言う。


 「まあ、別にいいだろ」


 「何が?」


 「強いとか弱いとか」


シオンが父を見る。


 「お前はお前だし、目が変わったからって飯の量が増えるわけでもない」


 「増えないの?」


 「増やすな」


シオンは少し笑った。


ガルドも笑う。


けれど、家に着いてからも気になった。


鏡の中の左目。


《鑑定》よりも目の変化は大きい。


祝紋院の人も珍しいと言った。


なのに、できることは二つを比べるだけ。


それで終わりなのだろうか。


六歳のシオンには、まだ何をどう調べればいいのかも分からない。


その疑問はすぐに日々の中へ沈んでいったが、完全には消えなかった。


鏡を見るたび。


何か二つを見比べるたび。


胸の奥に、小さく残った。


――本当に、これだけなんだろうか。


その答えを探し始めるのは、もう少し先のことだった。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


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