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比較不能 ―《比較解析》の少年と、正解のない世界  作者: たんぱくしつ
第二章 共有する少女

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作る

一度、休憩を挟むことになった。


ティアはガルドと飲み物を取りに行き、エルナも一度席を外した。


シオンは残った。


机の上には、中央の保護案。


その横に、自分の帳面。


新しい頁の一番上には、


『足りないもの』


とだけ書いてある。


シオンは、その下をしばらく見ていた。


夜。


エルナさんがいない時。


急に悪くなった時。


何人も同時につながった時。


中央が確認する方法。


家でできること。


思いつくたびに、一つずつ書いていく。


全部が正しいかは分からない。


でも、分からないなら聞けばいい。


     ◇


みんなが戻ってくる頃には、頁の半分ほどが埋まっていた。


セレスも席に着く。


シオンは帳面を机の真ん中へ出した。


 「じゃあ、家でできることからでいい?」


ガルドが頷く。


 「俺にできることならな」


 「体調を見る」


 「それはできる」


 「頭痛とか、吐き気とか」


 「毎日聞けばいいか?」


 「毎日じゃなくてもいいんじゃない?」


ティアが言う。


 「毎日聞かれたら嫌」


ガルドが少し困った顔をする。


 「じゃあ、どうする?」


ティアは考えた。


 「変だったら言う」


 「言わなかったら?」


シオンが聞く。


 「言うって」


 「忘れたら?」


 「忘れない」


 「本当に?」


 「兄ちゃん、うるさい」


セレスが小さく息を吐いた。


笑ったのかもしれない。


エルナが間に入る。


 「毎朝毎晩、決まったように聞く必要はないと思う」


 「じゃあ?」


 「普段の様子を家族に見てもらう。それと、ティアちゃん自身にも、変だったら言ってもらう」


 「それならできる」


ガルドが言う。


シオンは書く。


『家』


『いつもの様子を見る』


『変だったらティアが言う』


少し考えて、付け足す。


『言わない時もあるかもしれない』


ティアが横から見る。


 「それいらない」


 「いる」


 「なんで」


 「まだ分かんないから」


 「わたしは言う」


 「じゃあ、ちゃんと言ったら考える」


 「消さなくていい」


ガルドが笑う。


 「そこは残しとけ」


ティアが頬を膨らませた。


     ◇


次は、地方院でできること。


エルナが答える。


 「定期的な体調確認」


 「うん」


 「《共有》が起きた時の状態を確かめること」


 「うん」


 「発動後の負担を見ること」


シオンは書いていく。


 「毎日?」


 「必要ない」


 「週に何回?」


エルナは少し考えた。


 「最初は二、三回くらいからかな」


 「中央より少ない?」


 「中央でも毎日やるとは限らないわよ」


セレスが言う。


シオンは帳面を見る。


 「じゃあ、週三回くらい?」


 「最初の目安としてなら」


エルナが答える。


シオンは書いた。


『地方院』


『週三回くらい』


 「くらい、って書くの?」


セレスが聞く。


 「変えられる方がいいから」


 「そうね」


シオンが少しだけ顔を上げる。


褒められたような気がした。


でも、セレスはもう次の紙を見ていた。


 「ただし、確認する日は先に体調を見ること」


 「分かった」


 「本人が疲れている時も中止」


シオンが書こうとして、手を止める。


 「疲れてるって、どうやって決める?」


セレスがこちらを見る。


 「全部を決めるのは難しいわね」


 「じゃあ、決められない?」


 「全部は無理」


昨日から何度も出てきた言葉だった。


全部じゃなくていい。


シオンは少し考える。


 「頭痛」


 「うん」


 「吐き気」


 「うん」


 「眠れてない」


 「それも」


 「熱」


 「もちろん」


 「じゃあ、分かるやつだけ決める」


セレスが少しだけ目を細める。


 「またそれね」


 「だめ?」


 「いいえ」


シオンは書く。


『中止する条件』


『頭痛』


『吐き気』


『寝不足』


『発熱』


その下。


『ほかにも変なら担当の人が判断』


エルナが見る。


 「私じゃなくなった」


 「エルナさんがいない時もあるから」


エルナは少し驚いたあと、笑った。


 「ちゃんと覚えてたのね」


     ◇


話を続けるうちに、机の上の紙が増えていった。


家で見ること。


地方院でやること。


異常が出た時。


中央へ連絡する条件。


一か月ごとの確認。


シオンは一つずつ並べていく。


けれど、セレスはまだ頷かなかった。


 「エルナがいない日は?」


シオンの手が止まる。


 「休み?」


 「休みもあるし、別の仕事で町を離れることもある」


シオンはエルナを見る。


 「あるの?」


 「あるよ」


 「じゃあ、その日は訓練しない」


 「日常で《共有》が起きたら?」


止まる。


 「地方院に連絡」


 「誰が受けるの?」


 「……エルナさんじゃない人」


 「誰?」


シオンは答えられない。


セレスは急かさなかった。


少しして、エルナが言う。


 「代理の担当を決めることはできると思う」


シオンが顔を上げる。


 「できる?」


 「一人だけじゃなくて、何人かに必要なことを覚えてもらった方がいいでしょうね」


 「《共有》のことを全部?」


 「必要な範囲だけ」


シオンはすぐに書く。


『エルナさんがいない時』


『代わりの人』


セレスが口を開く。


 「それだけでは足りません」


 「まだ?」


 「夜」


シオンが少し嫌そうな顔をする。


 「昨日も夜だった」


 「だから今日も」


ガルドが苦笑する。


 「夜中に何かあったら、俺が地方院まで走ります」


 「それでは遅い場合があります」


セレスが言う。


ガルドの顔が少し固くなる。


 「じゃあ、どうすれば?」


今度はエルナも少し考えた。


 「最初の間だけ、夜に動ける担当を近くへ置くのは?」


セレスがエルナを見る。


 「近く?」


 「リーメル家まで、すぐ行ける場所に一人。地方院の職員を交代で」


 「毎晩?」


 「ずっとじゃない。少なくとも最初の経過を見る間」


セレスはすぐには答えなかった。


シオンが聞く。


 「できる?」


 「人を回せるか確認が必要です」


 「できない?」


 「まだ、できないとは言っていません」


シオンは帳面へ書く。


『夜』


『近くに担当の人』


少し考えて、その横に付け足した。


『できるか確認』


セレスがそれを見る。


 「今回はちゃんと書いたのね」


 「まだ決まってないから」


     ◇


話は続いた。


《共有》が起きた時は、まずティアに目を閉じてもらう。


必要なら目を覆う。


近くで祝紋を使っている人がいれば、できる限り止めてもらう。


それでも続くなら、すぐ地方院へ知らせる。


強い頭痛。


繰り返す嘔吐。


意識の混乱。


複数人への同時共有。


これまでにない感覚。


そういうものが出た場合は、中央にもすぐ報告する。


一定の条件を超えた場合は、その時点で改めて方針を見直す。


そして、経過をまとめて中央へ送る。


 「ここまでなら?」


シオンが聞く。


セレスは紙を見る。


 「まだ」


シオンが少しだけ眉を寄せる。


 「何が?」


 「中央への報告」


 「一か月ごとじゃ駄目?」


 「最初のうちは、もっと短い間隔で欲しい」


 「どれくらい?」


 「最初の一か月は、週ごと」


 「毎週、中央から誰か来る?」


 「来ません」


 「じゃあ?」


 「記録を送ってもらえばいい」


シオンはすぐに書く。


『最初の一か月』


『週ごとに報告』


 「そのあと?」


 「状態が安定していれば、月ごとでもいい」


 「中央の人が来るのは?」


 「一か月後を最初の目安にしましょう」


シオンが書く。


セレスはそれを見て、少し考えた。


 「そこまで整えられるなら、現実的にはなってきます」


シオンの鉛筆が止まる。


また。


そこまでなら。


でも、その時は何も言わなかった。


     ◇


午後もだいぶ過ぎた。


ティアは途中から、ガルドに寄りかかるように座っていた。


シオンはまだ帳面を見ている。


少し前まで『足りないもの』としか書かれていなかった頁は、今では文字で埋まっていた。


家。


地方院。


担当。


代理。


夜。


報告。


見直し。


中央確認。


 「まだ足りない?」


シオンがセレスに聞く。


セレスはすぐには答えなかった。


 「かなり減った」


 「じゃあ、あと少し?」


 「そうね」


その答えを聞いて、シオンは少しだけ安心した。


     ◇


夕方。


最後に、みんなで紙を囲んだ。


シオンが書いたものを、エルナが順番に読み上げる。


 「日常の観察は家族」


 「定期的な確認は地方院」


 「エルナ不在時には代理の担当」


 「夜間は、すぐ動ける担当を近くに置けるか確認」


 「異常時の初期対応」


 「中央への報告条件」


 「一定の条件を超えた場合は方針を再検討」


 「最初の一か月は週ごとの経過報告」


 「一か月後に中央による再評価」


ガルドが聞く。


 「これなら、家にいてもいいってことですか?」


セレスは紙を見る。


 「まだ正式には認められません」


ガルドの表情が少し固くなる。


 「でも」


セレスが続けた。


 「最初に比べれば、かなり現実的になっています」


エルナが笑う。


 「最初って、今日の朝?」


 「そう」


 「早いね」


 「早すぎるくらい」


セレスの目が、少しだけシオンに向く。


ティアが紙を覗き込んだ。


 「わたし、何するの?」


シオンが答える。


 「変だったら言う」


 「それだけ?」


 「確認もする」


 「週三回?」


 「たぶん」


 「多い」


 「中央に行ったら、もっとあるかもしれない」


 「じゃあ三回でいい」


ガルドが笑う。


エルナも笑った。


セレスだけは、まだ紙を見ていた。


     ◇


その日の確認が終わったあと。


ガルドとティアは先に帰った。


シオンも玄関まで行ったところで、帳面を一冊置き忘れたことに気づく。


来た道を戻ると、廊下の先の部屋からエルナとセレスの声が聞こえた。


入ろうとして、足が止まる。


 「……私、今日何回『それなら』って言った?」


セレスの声だった。


少し間がある。


 「数えてたの?」


エルナが聞く。


 「そういう問題じゃない」


 「じゃあ何?」


 「最初は、中央の案を説明していただけだったの」


 「うん」


 「途中から、私がどこまで認められるか答える話になってた」


エルナが少し笑う。


 「気づくの遅くない?」


 「あなたは気づいてたの?」


 「途中で」


 「言って」


 「必要だった?」


セレスは答えなかった。


シオンは扉の外で首を傾げる。


何の話をしているんだろう。


 「あの子、最初からこの形を考えてた?」


セレスが聞く。


 「たぶん違う」


エルナが答える。


 「最初は本当に、何が足りないか知りたかっただけだと思う」


 「途中から?」


 「見つけたんじゃない?」


少し静かになる。


 「ここに残れる形を?」


 「うん」


 「それで、一つずつ聞いてた?」


 「たぶん」


セレスが息を吐く。


 「……誘導されたのかしら」


エルナは少し考えた。


 「嫌な答えを言わされた?」


 「それはない」


 「言ってないことを、言ったことにされた?」


 「されてない」


 「じゃあ、いいんじゃない?」


また沈黙。


セレスが言う。


 「六歳の時の記録と、印象が違う」


 「《比較解析》?」


 「ええ」


 「能力は、たぶんそんなに変わってないよ」


 「じゃあ、変わったのは?」


エルナの答えは早かった。


 「使ってる方」


シオンは自分の左目に触れた。


扉の向こうで、セレスが小さく息を吐く。


 「頭がいい、だけじゃない」


 「うん」


 「考え方が……」


少し間があった。


 「変?」


エルナが言う。


 「その言い方でいいの?」


 「私はずっとそう思ってる」


セレスが小さく笑った気配がした。


シオンは少しだけ足音を立ててから、部屋へ入った。


 「帳面、忘れた」


二人がこちらを見る。


エルナはいつも通りだった。


セレスだけが、少し長くシオンを見た。


 「これ?」


エルナが机の端にあった帳面を持ち上げる。


 「うん」


シオンは受け取る。


 「じゃあ帰る」


 「気をつけて」


扉へ向かおうとした時だった。


 「待って」


セレスが言う。


シオンが振り返る。


セレスは机の上に残った紙を見ていた。


 「一つ、足りない」


シオンの足が止まる。


 「なに?」


セレスは紙を指で追う。


 「家族が見る」


一つ。


 「地方院が見る」


二つ。


 「中央が判断する」


三つ。


その指が止まった。


 「でも、ティアさん本人がどうするかが入っていない」


シオンは紙を見る。


 「ティアが?」


 「訓練をやめたい時」


セレスが言う。


 「今日は嫌だと言った時。怖いと言った時。誰かとつながりたくないと言った時」


シオンは黙る。


今まで決めたことを思い返す。


見る。


確認する。


止める。


連絡する。


全部、周りがティアにすることだった。


ティアが決めることは、


変だったら言う。


それだけ。


 「それも決める?」


 「決めた方がいい」


 「どうやって?」


セレスは少し考えた。


 「それは、本人に聞かないと」


シオンは帳面を開く。


『足りないもの』


文字で埋まった頁の一番下。


そこに、一つだけ書き足した。


『ティアの気持ち』


鉛筆を止める。


まだ、何を書くかは決まっていない。


でも。


今度はティアに聞く番だった。

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