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比較不能 ―《比較解析》の少年と、正解のない世界  作者: たんぱくしつ
第二章 共有する少女

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足りないもの

翌日。


シオンはまた、祝紋院に来ていた。


ティアとガルドも一緒だった。


セレスは昨日と同じ部屋にいる。


机の上には、中央から届いた書類が置かれたままだった。


原則三か月。


一か月ごとの見直し。


専門の職員による観察。


訓練。


緊急時の対応。


定期的な評価。


昨日聞いたことが、紙の上に並んでいる。


シオンはその書類を見ながら、何度も考えた。


中央へ行く。


ここに残る。


本当に、その二つしかないのか。


 「セレスさん」


シオンが呼ぶ。


 「なに?」


 「聞いていい?」


 「もちろん」


セレスは椅子に座ったまま、シオンを見る。


シオンは少し迷ってから、《比較解析》を使った。


左目の奥が熱を持つ。


祝紋が浮かぶ。


セレスの眉が、ほんの少し動いた。


 「能力を使うの?」


 「うん」


 「何を比べるつもり?」


 「まだ決めてない」


セレスは少しだけ不思議そうな顔をした。


それでも止めなかった。


シオンは書類を見る。


中央とアルネア。


その二つを、そのまま比べることはできない。


どちらが安全か。


どちらがいいか。


どちらがティアのためか。


そんなものは比べられない。


なら、分ける。


 「中央にいることが必要なの?」


セレスは少し考えた。


 「正確には、中央そのものが必要なわけではありません」


シオンは顔を上げる。


 「じゃあ、必要なのは?」


 「《共有》を安全に観察できること。何かあった時に対応できること。そして、定期的に状態を判断できること」


三つ。


シオンは帳面を開いた。


『観察』


『対応』


『評価』


そう書く。


それから、最初の一つを見る。


 「観察する人は、中央の人じゃないと駄目?」


 「いいえ」


 「エルナさんでも?」


 「必要な知識があって、記録を取れるなら」


シオンはエルナを見る。


次にセレスを見る。


 「今、ティアを見ることができる人は、中央の方が多い?」


 「ええ」


今度は比べられる。


今、この時点で。


中央祝紋院にいる、ティアの状態を確認できる職員。


アルネアの祝紋院にいる、同じことができる職員。


人数。


《比較解析》。


線が現れる。


中央の方へ傾いた。


 「中央の方が多い」


 「そうね」


 「でも、こっちにもいる」


 「います」


シオンは帳面に書く。


『観察する人』


『中央の方が多い』


その下。


『アルネアにもいる』


セレスは黙って見ている。


 「毎日ずっと見てないと駄目?」


 「そこまでは必要ありません」


 「夜も?」


 「夜に何か起きた時のための備えは必要です」


 「誰かがずっと起きてる必要は?」


 「いいえ」


 「じゃあ、すぐ呼べればいい?」


 「それだけでは足りません」


シオンの鉛筆が止まる。


 「何が足りない?」


 「呼ばれた人が、実際に対応できること。それから、間に合う距離にいること」


距離。


それも今そこにある。


中央の保護区画から、対応できる職員までの距離。


リーメル家から、アルネアの祝紋院までの距離。


《比較解析》。


線が動く。


中央。


はっきりと傾いた。


 「こっちの方が遠い」


 「そうね」


これは残る。


シオンは帳面に書いた。


『夜』


『家から祝紋院まで遠い』


さっきとは違う。


消せない差だった。


     ◇


 「次は?」


セレスが先に聞いた。


シオンは少しだけ驚く。


最初より、セレスがこちらを見る時間が長くなっていた。


 「訓練」


 「どうぞ」


 「中央じゃないとできない?」


 「内容によります」


 「今のティアなら?」


セレスは少し考えた。


 「発動した時の状態を記録すること。負担を見ること。発動後の体調を確かめること。その程度なら地方院でもできます」


 「じゃあ、今できることは?」


 「地方でも可能です」


 「中央じゃないとできないことは?」


 「能力の範囲が広がった場合の確認。複数の祝紋保持者を使った検証。それから、強い症状が出た場合の対応」


シオンは書いていく。


『今の確認 アルネアでもできる』


『もっと広がったら 中央が必要かもしれない』


 「今できる範囲なら、中央じゃなくてもいい?」


 「その部分だけなら」


セレスの答えは短かった。


シオンはそこを間違えないように、そのまま書いた。


全部ではない。


その部分だけ。


次。


 「記録は?」


 「必要です」


 「エルナさんが書く?」


 「担当になれば」


 「ぼくの帳面は?」


 「参考にはできます」


 「父さんも?」


ガルドが少し驚いた顔をする。


セレスは頷く。


 「家で起きたことは、ご家族にしか分からない場合もありますから」


 「じゃあ、家でも記録できる」


 「ええ」


シオンは書く。


『記録』


『家でもできる』


『祝紋院でもできる』


ここには、大きな差がない。


でも、それを《比較解析》に聞くことはしなかった。


「記録できるか」は、セレスから答えを聞けばいい。


能力で分かることと、話して分かることは別だった。


     ◇


シオンは次の文字を見る。


『対応』


ここが一番難しい。


中央には、人が多い。


能力を見る人。


身体を見る人。


セレスのように、干渉そのものを止められる人もいる。


アルネアには、そこまで揃っていない。


 「ティアが倒れたら?」


 「地方院へ連絡します」


 「それで間に合わなかったら?」


 「状態によります」


 「中央にいた方が、対応する人まで近い?」


 「基本的には」


それはさっき比べた。


中央の方が近い。


 「じゃあ、ここは中央の方がいい」


セレスが少しだけ目を細める。


 「そうね」


シオンは帳面に書く。


『緊急時 中央の方が早い』


消さない。


都合の悪い答えでも、答えは答えだった。


 「でも」


シオンは続ける。


 「倒れる前に分かったら?」


 「何が?」


 「危なくなってるって」


 「どうやって?」


シオンは帳面をめくる。


これまでティアに出たもの。


頭痛。


吐き気。


見え方の混乱。


 「頭が痛くなる」


 「うん」


 「気持ち悪くなる」


 「うん」


 「どっちを見てるか分からなくなる」


 「そうね」


 「祝紋が出て、《共有》が始まったって分かったら?」


 「その時点で止められるなら、重くなる前に対応できる可能性はある」


シオンは少し考える。


 「どうしたら止まる?」


 「それは、まだ分かっていません」


そこは変わらない。


 「目を閉じるのは?」


 「試す価値はあります」


 「布で隠す?」


 「同じね」


 「それで切れる?」


 「そこまでは言えません」


 「なんで?」


 「シオンさんとつながった時、ティアさんが受け取ったのは、自分の目で見た景色だけではなかったでしょう?」


シオンは黙る。


線。


傾き。


《比較解析》を使っていた時の感覚。


ティアは、それまで見ていた。


 「目を閉じれば、入ってくるものを減らせるかもしれない」


セレスが続ける。


 「でも、《共有》そのものが切れるとは限りません」


 「じゃあ、応急処置」


 「そう考える方がいい」


シオンは書く。


『見え方がおかしい』


『目を閉じる』


『必要なら目を隠す』


その下。


『それだけで止まるとは限らない』


さらに考える。


 「近くで祝紋を使わない方がいい?」


 「発動中なら、その方が安全でしょうね」


 「じゃあ、それも」


『近くの人は祝紋を使わない』


 「それでも治らなかったら、すぐ連絡」


 「必要です」


 「何があったらすぐ?」


セレスが答える。


 「強い頭痛。繰り返す嘔吐。長く続く視覚の混乱。意識がおかしい時」


シオンが書いていく。


 「何人か同時に見えたら?」


セレスの目が少し変わる。


 「それは、まだ確認されていません」


 「だから、起きたら?」


セレスは一度考えた。


 「すぐ報告してください」


 「危ない?」


 「分かりません。だから確認が必要です」


シオンは書く。


『今までと違うことが起きたら すぐ地方院』


そして、その下。


『必要なら中央』


少し考えてから聞く。


 「そうなったら、中央に行くかもう一回決める?」


 「再評価は必要になります」


 「今と同じ?」


 「いいえ。その時の状態で判断し直します」


シオンは頷いた。


最初から決めておく必要はない。


変わったら、また決める。


     ◇


どれくらい話していたのか分からなかった。


シオンの左目には、まだ祝紋が浮かんでいた。


ずっと同じものを比べていたわけではない。


質問をする。


答えを聞く。


比べられるものが出てきた時だけ、比べる。


人数。


距離。


今そこにあるもの。


そして、また質問する。


中央だから必要なのか。


必要なものが中央に多いだけなのか。


一つずつ分けていく。


 「定期的に中央が見るのは?」


シオンが聞く。


 「必要です」


 「毎日?」


 「いいえ」


 「毎週?」


 「現時点では、そこまでは必要ないと思います」


 「一か月?」


セレスが少し止まる。


 「最初は、そのくらいでもいいかもしれません」


 「中央にずっといなくても見られる?」


 「……見られます」


 「セレスさんじゃないと駄目?」


 「いいえ」


 「でも、セレスさんでもいい?」


 「必要なら」


 「毎月ここまで来れる?」


 「私は毎回は難しいでしょうね」


 「じゃあ、ほかの人は?」


 「中央から担当を出すことはできます」


シオンは帳面に書く。


『定期評価』


『中央から来てもらえる』


セレスがそれを見る。


 「簡単に書くわね」


 「できない?」


 「調整は必要です」


 「でも、できる?」


セレスは少し黙った。


 「条件が整えば」


シオンは書いた。


『できる』


セレスの目がその文字で止まる。


 「“条件が整えば”も書いて」


 「長い」


 「書きなさい」


シオンは少し不満そうに、その横へ小さく書き足した。


『条件が整えば』


エルナが横で笑う。


ガルドも、さっきより表情が柔らかくなっていた。


ティアは途中から、よく分からない顔で二人のやり取りを聞いている。


     ◇


シオンは帳面を最初から見返す。


観察。


訓練。


記録。


緊急時。


定期評価。


最初は全部、中央へ行かなければできないもののように見えていた。


でも、違った。


ここでもできることがある。


中央の方がいいこともある。


ここではまだ足りないものもある。


夜。


緊急時。


人が足りない時。


エルナがいない時。


《共有》が今までと違う動きをした時。


そこは残っている。


シオンは目を閉じた。


《比較解析》を止める。


左目の熱がゆっくり引いていった。


四年間。


ずっと比べてきた。


重さ。


速さ。


明るさ。


量。


割合。


能力が教えてくれるのは、いつもそれだけだった。


どちらが多いか。


どちらが少ないか。


同じか。


比べられないか。


今日も、それは変わっていない。


でも、聞き方は変えられる。


比べられないものなら、まず分ける。


今そこにある、比べられるものまで。


シオンは中央から届いた書類を見る。


次にエルナ。


ガルド。


ティア。


それから、もう一度書類を見る。


 「……中央じゃないと駄目なんじゃない」


セレスが顔を上げる。


 「何?」


 「中央にあるものが、こっちに足りないんだ」


部屋が静かになる。


シオンは帳面を指で追う。


 「見る人」


 「訓練」


 「記録」


 「何かあった時の人」


 「中央が状態を見ること」


ここでもできるものがある。


中央の方がいいものもある。


足りないものもある。


全部が同じではない。


でも、全部ができないわけでもない。


 「足りないなら……」


シオンはそこで止まる。


作ればいい。


そう言いかけた。


でも、まだ早い。


どう作るのかは分からない。


エルナにできること。


父にできること。


祝紋院が認められること。


ティアが嫌なこと。


まだ聞いていないことがある。


 「……まず、何が足りないか全部知りたい」


セレスはしばらくシオンを見ていた。


 「まだ聞くの?」


 「うん」


 「今日はもう、かなり聞いたと思うけど」


 「まだある」


セレスは小さく息を吐いた。


少し呆れたようにも見えた。


でも。


 「分かった」


そう答えた。


シオンは新しい頁を開く。


上に一つだけ書いた。


『足りないもの』


その下は、まだ空いている。


でも昨日までよりは、何を書けばいいのか分かっていた。

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