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比較不能 ―《比較解析》の少年と、正解のない世界  作者: たんぱくしつ
第二章 共有する少女

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用意された選択

セレスがアルネアに来てから、二日が経った。


その間、ティアの《共有》は一度も起きていない。


セレスは中央へ戻らず、アルネアの祝紋院に滞在していた。


エルナと一緒に、これまでの記録を整理している。


何度かリーメル家にも来た。


ティアの体調を見るため。


ガルドから普段の生活について聞くため。


それから、シオンの帳面に書かれていることを確かめるため。


けれど、《共有》を使わせることはなかった。


そして二日目の午後。


シオンたちは、また祝紋院に呼ばれた。


今度はレオはいない。


ティアとシオン。


ガルド。


エルナ。


そして、セレス。


机の上には、前にはなかった書類が置かれていた。


何枚も重ねられた紙。


中央祝紋院の印。


その下には、シオンの知らない印も押されている。


 「それ、中央から?」


シオンが聞く。


 「ええ」


セレスが答えた。


 「昨夜、回答が届きました」


 「もう決まったの?」


 「方針案が決まりました」


案。


シオンは、その言葉を覚える。


まだ決定ではない。


セレスはガルドを見る。


 「まず、中央へ送った内容から説明します」


ガルドが頷いた。


セレスは書類を開く。


 「ティアさんが八歳で《共有》を発現したこと」


一つ。


 「本人の意思とは関係なく発動したと考えられる事例が複数あること」


二つ。


 「シオンさん、レオさんと、少なくとも二人を対象にした可能性があること」


三つ。


 「発動時に頭痛、吐き気、視覚の混乱が確認されていること」


四つ。


少し間を置く。


 「そして、他者が祝紋を使用している時の認識まで共有した可能性があること」


シオンは黙って聞いた。


どれも、ここ数日で自分たちが見てきたことだった。


それでも、セレスの口から一つずつ並べられると、少し重く聞こえる。


 「これらを踏まえて、中央では《共有》を特別保護の対象として扱うのが妥当だと判断しました」


ティアが首を傾げる。


 「特別保護?」


 「普通より少し慎重に、安全を見ていくということ」


 「病気なの?」


 「違うよ」


セレスはすぐに答えた。


 「ティアさんが悪いわけでもない」


ティアは少し安心したようだった。


ガルドが書類を見る。


 「それで、具体的には?」


セレスが一枚めくる。


 「中央から提示された案は、一時的な保護です」


部屋が静かになる。


 「目安は三か月」


ガルドの眉がわずかに動いた。


 「ティアさんに中央祝紋院の保護区画で暮らしてもらい、《共有》の状態と体調を確認します」


ティアがセレスを見る。


セレスは続ける。


 「ただし、三か月間必ずそこにいるという意味ではありません」


 「違うの?」


シオンが聞く。


 「一か月ごとに見直します」


セレスは紙の一か所を指で押さえた。


 「状態が安定して、地方でも安全に対応できると判断されれば、三か月より前に戻れる可能性もあります」


 「逆は?」


 「必要なら延びることもあります」


シオンは、そこだけ覚えた。


三か月。


でも、三か月とは限らない。


     ◇


セレスは、中央での生活について説明した。


ティアには一人で休める部屋が用意される。


朝と夜に体調を見る。


頭痛。


吐き気。


眠れているか。


見え方に変なところはないか。


それ以外の時間まで、ずっと能力を調べるわけではない。


読み書きや算術をする時間もある。


遊ぶ時間もある。


同じくらいの年齢の子もいるらしい。


 「毎日ずっと《共有》を使うの?」


ティアが聞く。


 「使わないよ」


 「じゃあ、いつ?」


 「体調を見ながら。本当に必要な時だけ」


 「嫌な日は?」


セレスは少し考える。


 「無理にはやらない」


 「絶対?」


シオンが聞く。


セレスがこちらを見る。


 「研究のためだけに、本人が嫌がっているのに使わせることはありません」


 「じゃあ、安全のためなら?」


 「緊急に確認が必要な場合は別です。その時は、できるだけ理由を説明します」


シオンは少し考えてから、それ以上は聞かなかった。


セレスは続ける。


家族とは定期的に会える。


手紙も送れる。


状態に問題がなければ、外へ出ることもできる。


ただし、その場合は職員が付き添う。


祝紋を持つほかの人との接触も、最初は様子を見ながらになる。


 「レオに会うのも?」


ティアが聞く。


 「中央にいる間は、最初から自由には会えないと思う」


 「なんで?」


 「レオさんの《加速》とつながった可能性があるから」


ティアは少し不満そうな顔をした。


 「でも、会えないと決まってるわけじゃない」


セレスが付け加える。


 「安全に会えると分かれば、会えるようにする」


ティアは、


 「ふうん」


と答えた。


納得しているようには見えなかった。


     ◇


ガルドは長い間、黙って説明を聞いていた。


 「王国には、この話を?」


 「必要な範囲では伝えています」


セレスが答える。


 「ただし、ティアさんの能力の詳しい内容まで、すべて伝えているわけではありません」


 「そこまで伝えないんですか?」


 「本人を守るために、広げない方がいい情報もあります」


セレスは書類の端を押さえる。


 「王国側からは、年齢と今の状態を考えれば、専門の職員がいる場所で一度保護すること自体には異論はない、という返答を受けています」


ガルドが少し俯く。


 「ただし」


セレスが続けた。


 「ティアさんはオルセリアで暮らす一人の子どもでもあります。本人とご家族の意思を十分に確認することも求められています」


ガルドが顔を上げる。


 「じゃあ、俺たちが嫌だと言えば?」


セレスはすぐには答えなかった。


 「それだけで、何もせず終わりにはできません」


シオンがセレスを見る。


 「どうして?」


 「まだティアさん自身が《共有》を止められないから」


静かな答えだった。


 「いつ起きるか分からない。誰につながるかも、どこまでつながるかも分からない。そして、ティアさん本人にも負担が出ています」


否定しにくかった。


全部、シオン自身も記録してきたことだった。


 「だから、祝紋院には安全を確認する責任があります」


セレスはそう言った。


無理に連れていく。


そうは言わなかった。


でも、何もしなくてもいいとも言わなかった。


     ◇


シオンは机の上の書類を見る。


一人で休める部屋。


専門の職員。


体調の確認。


何かあれば、すぐ対応できる。


一か月ごとの見直し。


思っていたより、悪くなかった。


むしろ、《共有》のことだけを考えるなら、ここにいるより安全なのかもしれない。


少なくとも、分からないから閉じ込めるという話ではない。


どうすれば負担を減らせるか。


どうすれば安全に暮らせるか。


それを確かめるための場所だった。


ティアも、最初ほど嫌そうな顔はしていなかった。


 「ご飯、おいしい?」


突然、ティアが聞いた。


エルナが少しだけ笑う。


セレスは真面目な顔のまま答えた。


 「私は食べたことがあるけど、悪くなかったよ」


 「お肉ある?」


 「ある」


 「甘いのは?」


 「たぶん」


 「たぶん?」


 「毎日の献立までは知らないから」


ティアが少し笑う。


ガルドも、ほんの少しだけ表情を緩めた。


そのままティアは、机の上の紙を見る。


文字はほとんど読んでいない。


しばらくして、聞いた。


 「三か月たったら帰ってくるの?」


セレスの表情は変わらなかった。


 「三か月を目安にはしてる」


 「目安?」


 「一か月ずつ、状態を見ながら決めるから」


ティアが首を傾げる。


 「じゃあ、いつ帰れるの?」


今度は、誰もすぐには答えなかった。


セレスがティアを見る。


 「それは、今は約束できない」


ティアの顔から、少しだけ笑いが消える。


 「どうして?」


 「《共有》がどんな能力なのか、まだ全部分かっていないから」


 「じゃあ、分かるまで?」


 「安全に暮らせると判断できるまで」


ティアは黙った。


シオンも黙る。


さっきまでは、良さそうに見えた。


一人で休める部屋。


勉強。


遊ぶ時間。


専門の職員。


安全。


でも、一つだけ。


ティアには決められないものがあった。


帰る日。


ティアがガルドを見る。


次にシオンを見る。


 「兄ちゃんは一緒に来る?」


 「ぼく?」


シオンは書類を見る。


そこに、自分の名前はない。


 「たぶん、行かない」


 「父さんは?」


ガルドも黙った。


セレスが静かに答える。


 「一緒に暮らすことは、今の案には入っていません」


ティアは机に視線を落とした。


指先で、紙の端を触る。


 「……そっか」


さっきまで聞いていた、ご飯のことも。


甘いもののことも。


もう聞かなかった。


     ◇


しばらく、誰も話さなかった。


最初に口を開いたのはガルドだった。


 「ティア」


ティアが顔を上げる。


 「どうしたい?」


セレスは止めなかった。


ティアは少し考える。


長くはなかった。


 「……行きたくない」


声は小さかった。


ガルドが聞く。


 「怖い?」


ティアは首を横に振る。


それから、少し迷って言った。


 「よく分かんない」


 「うん」


 「でも、今はここがいい」


シオンはティアを見る。


今は。


その言葉が残った。


セレスも聞いていた。


 「分かりました」


あっさり言った。


ティアが少し驚いた顔をする。


 「いいの?」


 「あなたがそう思っていることは、きちんと記録します」


セレスは書類を閉じる。


 「ただし」


シオンが顔を上げる。


 「今のまま、何も変えずに生活を続けることもできません」


ティアの表情が曇る。


シオンが聞く。


 「じゃあ、どうするの?」


 「それを決める必要があります」


セレスの答えは、それだけだった。


シオンは机の上の書類をもう一度見る。


中央へ行く。


ここに残る。


今は、その二つに見える。


でも、本当に二つしかないのか。


シオンの視線が、紙の上で止まった。

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