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比較不能 ―《比較解析》の少年と、正解のない世界  作者: たんぱくしつ
第二章 共有する少女

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中央から来た人

セレスがアルネアに来たのは、《共有》の発現から三日後だった。


その日の朝、シオンたちはエルナに呼ばれて祝紋院へ来ていた。


理由は聞いている。


中央から人が来る。


それだけだった。


 「偉い人?」


ティアが聞く。


 「たぶん」


シオンが答える。


 「たぶんって何だよ」


隣にいたレオが言う。


 「会ったことないから」


 「中央の人なんだろ?」


 「中央にもいろんな人がいる」


 「そういうとこだぞ」


何がそういうところなのかは分からなかった。


ガルドは少し離れた椅子に座っている。


今日は店を昼まで閉めてきた。


ティアの正式な発現が確認されてから、祝紋院での確認は増えていた。


頭痛はないか。


吐き気はないか。


急に見え方が変わることはないか。


眠れているか。


食事は取れているか。


今のところ、あの日ほど強い症状は出ていない。


《共有》も起きていなかった。


シオンは膝の上の帳面を見る。


ここしばらくで増えた記録。


分かったこと。


まだ分からないこと。


そうだと思っていること。


エルナに言われてから、できるだけ分けて書くようにしていた。


扉が開く。


最初に入ってきたのはエルナだった。


その後ろから、一人の女が入ってくる。


思っていたより若かった。


エルナより少し上。


二十代の後半くらいに見える。


濃い色の髪を後ろでまとめ、中央祝紋院の紋章が入った外套を羽織っていた。


派手ではない。


けれど、エルナの立ち方がいつもと少し違った。


 「お待たせしました」


エルナが言う。


 「中央祝紋院から来た、セレス・アインベルク監察官です」


監察官。


シオンはその言葉を覚えた。


女――セレスが軽く頭を下げる。


 「セレス・アインベルクです」


声は静かだった。


 「今日は、ティア・リーメルさんの件について確認に来ました」


ティアが少しだけガルドの方へ寄る。


セレスはそれを見た。


そのままティアの前まで来る。


立ったままではなく、少しかがんで目の高さを合わせた。


 「ティアさん」


 「……はい」


 「頭は痛くない?」


ティアが首を振る。


 「気持ち悪くなることは?」


 「いまはない」


 「眠れてる?」


 「うん」


 「ご飯は?」


 「食べてる」


 「昨日は何食べた?」


ティアが少し考える。


 「パンと、スープと……お肉」


 「ちゃんと食べてるね」


セレスはそれ以上続けなかった。


シオンは少し意外だった。


もっと、すぐ能力の話をすると思っていた。


 「今日は《共有》を使わせるんですか?」


シオンが聞く。


セレスがこちらを見る。


 「いいえ」


 「調べに来たんじゃないの?」


 「調べます」


 「じゃあ――」


 「分からないからといって、そのたび本人に負担をかける必要はありません」


言い方は柔らかい。


でも、迷いがなかった。


シオンは黙る。


 「まず、すでに起きたことを確認します」


セレスはエルナを見る。


 「記録をお願いします」


 「はい」


エルナが何冊かの書類を机に置いた。


いつもより少しだけ丁寧な返事だった。


     ◇


セレスは長い時間、書類を読んでいた。


エルナの報告。


ティアの体調記録。


一年前に鉛筆が落ちた時のこと。


レオの《加速》を見たらしい出来事。


再現実験。


そして、《比較解析》中のシオンとつながった時の記録。


途中で何度か質問した。


 「最初の視覚異常は約一年前?」


 「はい」


 「その後の頻度は?」


 「正確に確認できたものだけで数回です」


 「すべてシオンとの間?」


 「以前はそう考えていました。レオとの件で、別の対象にも起きる可能性が出ています」


セレスは短く書き込む。


シオンは横から見ていた。


字が小さい。


速い。


それでも乱れていない。


しばらくして、セレスの手が止まった。


机の端に置いてあったシオンの帳面を見ている。


 「これは?」


 「ぼくの」


シオンが答える。


 「見ても?」


少し考える。


 「いいよ」


セレスが帳面を手に取る。


最初から全部ではなく、最近の頁を中心に見ていく。


『分かったこと』


『そうだと思ってること』


『まだ分からないこと』


その三つが何度も出てくる。


 「これは誰に教わったの?」


 「エルナさん」


セレスがエルナを見る。


 「全部じゃありません」


エルナが言う。


 「分けることだけです」


セレスはもう一度、帳面を見る。


 「そう」


それだけだった。


けれど、少し長く頁を見ていた。


やがて帳面を閉じる。


表紙の名前を見る。


 「シオン・リーメル」


 「うん」


 「六歳で《比較解析》を発現した子ね」


シオンは少しだけ目を細めた。


 「知ってるの?」


 「記録では」


セレスは特別なことのようには言わなかった。


 「中央にも残っています。発現年齢がかなり早かったから」


 「能力も?」


 「概要は」


 「どう書いてある?」


 「二対象の比較。低危険度。直接的な攻撃性なし」


シオンは少し考える。


 「それだけ?」


 「今のところは」


セレスは帳面を返す。


 「今日は、あなたを調べに来たわけではありません」


 「分かってる」


ティアが横から言う。


 「兄ちゃん、ちょっと残念そう」


 「残念じゃない」


 「そう?」


 「そう」


レオが笑う。


セレスは一瞬だけ、そのやり取りを見ていた。


     ◇


少し休憩を挟んでから、セレスがティアを呼んだ。


 「ティアさん。少し聞いてもいい?」


 「うん」


 「嫌になったら言って」


ティアが頷く。


 「シオンの目を見た時のこと、覚えてる?」


 「ちょっと」


 「銀貨が見えた?」


 「見えた」


 「それ以外は?」


ティアは眉を寄せる。


 「線」


 「線?」


 「二つの間にあった」


 「色は?」


 「分かんない」


 「文字は?」


 「なかった」


セレスが記録する。


 「どちらが本物か分かった?」


ティアが首を振る。


 「どちらに銀が多いかは?」


 「分かんない」


 「でも、どちらかが多い感じはした?」


 「うん」


 「どうして?」


ティアが困った顔をする。


 「分かんない」


セレスはすぐに答えた。


 「分からないで大丈夫」


次の質問。


 「シオンが何を考えているか分かった?」


 「分かんない」


 「声みたいに聞こえた?」


 「聞こえてない」


 「シオンの記憶は?」


 「見てない」


 「《比較解析》を自分で動かせた?」


 「できない」


ティアが少しむっとする。


 「使い方知らないもん」


 「そうね」


セレスは初めて少し笑う。


 「そこは大事」


シオンは聞いていた。


セレスが確かめていることが少し分かってきた。


視界だけなのか。


考えまで流れるのか。


記憶まで届くのか。


能力そのものを使えるのか。


一つずつ、境目を見ている。


 「最後」


セレスが言う。


 「その時、自分で《共有》を止められた?」


ティアは少し考えた。


 「……分かんない」


 「止めようとはした?」


 「頭痛くて、それどころじゃなかった」


 「そう」


セレスはそれ以上聞かなかった。


     ◇


確認が終わると、セレスはしばらくエルナと小さな声で話した。


シオンには全部聞こえなかった。


ただ、


複数対象。


無意識。


認識。


負荷。


そんな言葉がいくつか聞こえた。


やがてセレスがティアを見る。


 「一つだけ、試していい?」


ガルドが先に聞く。


 「何をです?」


 「私の能力です」


セレスは自分の胸元に触れた。


 「《隔離》」


シオンがすぐに聞く。


 「何をする能力?」


 「指定したものを、特定の干渉から一時的に切り離します」


 「ティアの能力を消す?」


 「消しません」


 「止める?」


 「今回は、周囲との能力的な接続だけを一時的に切ります」


 「どれくらい?」


 「数秒」


 「危なくない?」


 「この使い方なら」


セレスはガルドを見る。


 「許可をいただけますか?」


ガルドはティアを見る。


 「ティアは?」


 「痛くない?」


 「痛くない」


 「じゃあ、やる」


セレスが頷く。


 「嫌だったらすぐ言って」


ティアの前に立つ。


目立った光はなかった。


音もない。


けれど、シオンには空気が少し遠くなったように感じた。


ほんの数秒。


 「どう?」


セレスが聞く。


ティアは首を傾げる。


 「……静か」


シオンが反応する。


 「静か?」


 「うん」


 「何が?」


 「分かんない」


ティアは困ったように言う。


 「なんか、静かになった感じ」


セレスはすぐ《隔離》を解いた。


 「今は?」


 「戻った」


セレスは何も言わず、記録する。


シオンはティアを見る。


ティア本人にも、何が違ったのかは分かっていない。


それでも、違いはあった。


     ◇


確認が終わる頃には、窓の外が少し赤くなっていた。


セレスは書類をまとめる。


ガルドが聞いた。


 「それで……ティアは、どうなるんでしょうか」


少し間があった。


セレスはガルドを見る。


 「まず、一つ」


書類を机に置く。


 「家庭環境に問題があるとは考えていません」


ガルドは黙って聞いている。


 「これまでの記録も確認しました。エルナからの報告もあります。ティアさんの生活環境や、ご家族の対応に問題があるとは判断していません」


シオンは少しだけ力を抜いた。


でも、その後に何か続くのは分かった。


 「ただし」


やっぱり。


 「《共有》は、現時点で地方院だけで管理する能力ではないと判断します」


部屋の空気が少し変わった。


ガルドが眉を寄せる。


 「どういう意味ですか?」


 「今日確認した内容も含めて、中央で保護方針を協議します」


シオンが聞く。


 「ティアを連れていくの?」


ティアがこちらを見る。


セレスはすぐには答えなかった。


 「その可能性も含めて、です」


 「決まってる?」


 「まだ決まっていません」


 「じゃあ、決めるのは誰?」


 「中央祝紋院です」


シオンは黙る。


セレスも目を逸らさない。


 「ただ」


少しだけ声が柔らかくなる。


 「ティアさん本人と、ご家族の意思を無視して決めるつもりはありません」


ティアは、まだよく分かっていない顔をしていた。


ガルドは考え込んでいる。


シオンは帳面を開かなかった。


今は、書くより先に考えたかった。


中央。


保護。


方針。


可能性。


まだ何も決まっていない。


でも、今までティアの《共有》について考えていたのは、


何が起きるのか。


どうして起きるのか。


どうすれば止められるのか。


それだけだった。


これからは、違うことも考えないといけないらしい。


ティアが、どこで暮らすのか。


誰が決めるのか。


そして、ティア自身はどうしたいのか。


挿絵(By みてみん)


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