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比較不能 ―《比較解析》の少年と、正解のない世界  作者: たんぱくしつ
第二章 共有する少女

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基準

数日後。


シオンは店の奥で、二枚の銀貨を並べていた。


一枚は、父が仕入れの支払いに使う正規の銀貨。


もう一枚は、祝紋院から借りた偽物だった。


見た目だけなら、ほとんど同じだった。


刻印もある。


縁の削り方も似ている。


重さまで、本物に近づけてあるらしい。


 「そんなの、分かるの?」


ティアが机の反対側から覗き込む。


 「まだ分からない」


シオンはそう言って、本物の銀貨を左。


偽物を右に置いた。


片目の祝紋が浮かぶ。


《比較解析》。


まず比べる。


重さ。


細い線が二枚の銀貨をつなぐ。


ほとんど傾かない。


シオンは目を細めた。


 「やっぱり、重さじゃ分かりにくい」


 「同じなの?」


 「同じか、ほとんど同じ」


横で見ていたエルナが腕を組む。


 「だから偽物として使えるんでしょうね」


祝紋院には、流通上の問題品として回収された偽造貨幣が保管されていた。


シオンが以前から「本物と偽物を比べたら何が分かるか試したい」と話していたため、エルナが一枚だけ持ってきてくれたのだ。


 「でも、本物じゃないんだよね?」


ティアが言う。


 「うん」


 「じゃあ何が違うの?」


シオンは銀貨を見た。


重さではない。


形もほとんど同じ。


大きさ。


厚さ。


それだけでは、本物かどうかは決められない。


シオンは少し考える。


それから、エルナを見る。


 「これ、銀は入ってる?」


 「入ってるわよ」


 「どっちも?」


 「どっちも。ただし同じではない」


エルナはそこまで言って、口を閉じた。


答えを先に教えないつもりらしい。


シオンはもう一度、二枚を見る。


銀。


今ここにあるもの。


目に見えなくても、銀貨の中には存在している。


なら。


 「銀の量」


祝紋がわずかに強くなる。


二枚の輪郭が、シオンの視界の中で浮かび上がった。


細い線。


比較。


左。


本物の銀貨側へ、はっきり傾く。


 「違う」


 「何が?」


ティアが身を乗り出す。


 「銀の量。本物の方が多い」


エルナが少し目を見開いた。


 「量で比較したの?」


 「うん」


シオンは偽物を指で転がした。


重さは近い。


でも銀が少ない。


なら、銀ではない何かでその分を埋めている。


 「じゃあ……」


シオンは少し考える。


今度は、銀貨全体に占める銀の割合。


それも、今そこに存在する量だ。


 「銀の割合」


再び比較する。


結果は同じだった。


本物の方が高い。


シオンはすぐに帳面を開いた。


『重さ ほとんど同じ』


『銀の量 本物が多い』


『銀の割合 本物が高い』


少し考えて、その下に書く。


『基準があれば、一つだけ見るより分かる?』


 「兄ちゃん、それって鑑定みたい」


ティアが言った。


シオンは顔を上げる。


 「鑑定じゃない」


 「でも偽物って分かったじゃん」


 「本物がなかったら分からない」


 「じゃあ、本物があればいいんでしょ?」


シオンは止まった。


その言い方の方が、ずっと簡単だった。


 「……そうか」


一つだけ見ても分からない。


でも、分かっているものと比べるなら。


薬草。


貨幣。


金属。


布。


同じようなことが、ほかにもできるかもしれない。


片目の祝紋は、まだ消していなかった。


二枚の銀貨。


その間の線。


左へ傾く感覚。


銀の割合。


シオンはもう一度、確かめようとした。


そのときだった。


 「……なに、これ」


ティアの声がした。


シオンが振り向く。


ティアは机の向こうで、目を見開いていた。


 「ティア?」


 「線……」


シオンの手が止まる。


 「何?」


 「線がある」


ティアは銀貨を見ていない。


どこか、少しずれた場所を見ていた。


 「どっちが……」


額に手を当てる。


 「どっちが、わたしの目……?」


シオンの背中が冷たくなった。


 「ティア」


エルナもすぐに動いた。


 「シオン、能力を止めて」


シオンは《比較解析》を切る。


視界から、二つをつないでいた感覚が消える。


けれどティアは目を閉じなかった。


 「消えた……?」


 「ティア、私の声分かる?」


 「うん」


 「頭は?」


 「痛い」


 「どのくらい?」


 「……いっぱい」


ティアが額を押さえた。


 「気持ち悪い」


エルナが椅子を引き寄せる。


 「座って。目、閉じていいよ」


ティアは言われた通りにする。


シオンは動けなかった。


さっきまで普通に話していた。


いつもと同じだった。


なのに。


 「ティア、何が見えた?」


思わず聞く。


エルナがシオンを見る。


強くはない。


でも、今は待てという目だった。


シオンは口を閉じた。


ティアはしばらく額を押さえていた。


呼吸が落ち着いてから、ゆっくり目を開ける。


 「兄ちゃんが見てたの」


 「ぼくが?」


 「たぶん」


 「銀貨?」


ティアは首を振った。


 「銀貨もあった。でも、それだけじゃない」


シオンは黙る。


 「二つあって……つながってて」


ティアはうまく言葉にできないようだった。


 「こっちの方が……多いっていうか」


 「銀が?」


 「分かんない」


ティアは眉を寄せる。


 「何が多いかは、分かんなかった」


その言葉に、エルナの表情が変わった。


シオンも気づく。


ティアは銀の量を知らない。


比較軸を聞いていなかった。


それでも、どちらかに傾いていたことだけは見えていた。


 「ぼくの《比較解析》を使った?」


シオンが聞く。


 「分かんない」


ティアはすぐ答えた。


 「使い方も分かんない」


 「じゃあ――」


 「シオン」


エルナが止める。


 「まだ決めない」


第9章で聞いた言葉だった。


シオンは一度、息を吐いた。


 「……うん」


そのとき。


エルナの視線が、ティアの顔で止まった。


 「ティアちゃん」


 「なに?」


 「そのまま動かないで」


ティアが不安そうにする。


シオンも見る。


額。


前髪の隙間。


そこに、さっきまではなかったものが浮かんでいた。


細い紋様。


淡く光っている。


シオンは息を止めた。


 「……祝紋」


ティアが自分の額に触れようとする。


 「待って」


エルナが優しく手を止めた。


すぐに《鑑定》を使う。


部屋が静かになる。


シオンはエルナの顔を見ていた。


ほんの数秒。


それなのに、長く感じた。


やがてエルナが目を開く。


 「確認した」


声が少しだけ低かった。


 「固有能力――《共有》」


ティアが瞬きをする。


 「きょうゆう?」


 「うん」


 「何するやつ?」


エルナはすぐには答えなかった。


 「まだ、全部は分からない」


シオンを見る。


それから、二枚の銀貨を見る。


 「ただ……」


少し間を置く。


 「視界だけを共有してるんじゃないかもしれない」


シオンは片目に触れた。


さっきティアが言った。


線がある。


どっちかが多い。


でも、何が多いのかは分からない。


シオンの《比較解析》そのものを使ったわけではない。


それでも。


自分が能力を使って見ていたものの一部を、ティアも見ていた。


 「ぼくの見え方を?」


 「可能性はある」


エルナは慎重に答えた。


 「でも、“能力を共有した”とはまだ言わない」


 「じゃあ?」


 「シオンが能力を使って認識していたものまで、ティアちゃんに流れた可能性がある」


ティアが顔をしかめる。


 「難しい」


 「今は分からなくていいよ」


エルナはそう言ってから、もう一度ティアの状態を確認した。


頭痛。


吐き気。


視界。


意識。


シオンはその横で黙っていた。


帳面は開いたままだった。


さっきまで書いていたのは、銀貨のことだった。


『基準があれば、一つだけ見るより分かる?』


その下には、まだ何もない。


シオンは鉛筆を持った。


少し考える。


書く。


『ティア 祝紋発現』


『《共有》』


さらに、その下。


『見るだけじゃない?』


手が止まる。


昨日も、その前の日も書いていた言葉。


でも今は、前より少し意味が違って見えた。


エルナが立ち上がる。


 「今日のことは、すぐ中央に追加で報告する」


シオンが顔を上げる。


 「昨日までと違う?」


 「違う」


エルナは迷わなかった。


 「祝紋が正式に発現したこと」


一つ。


 「《共有》が複数の相手に起きている可能性が高いこと」


二つ。


 「本人に強い負担が出ていること」


三つ。


そして、少しだけ間を置いた。


 「他人が祝紋を使っている時の認識まで、共有した可能性があること」


部屋が静かになった。


ティアだけが、その意味をよく分かっていない顔をしている。


 「それ、すごいの?」


ティアが聞いた。


エルナは少し考えた。


 「珍しいと思う」


 「強い?」


 「それはまだ分からない」


ティアは、


 「そっか」


とだけ言った。


シオンはティアの額を見る。


そこには、まだ淡く祝紋が残っていた。


一年前。


鉛筆が落ちたとき。


自分とは違う場所から見えた。


あの瞬間から続いていた何かに、ようやく名前がついた。


《共有》。


けれど。


名前が分かっただけだった。


何を共有するのか。


どこまで共有できるのか。


どうして起きるのか。


どうやって止めるのか。


分からないことは、まだ残っている。


むしろ。


名前がついたことで、前より大きくなったように見えた。


挿絵(By みてみん)

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