第9話:『水槽の生活』
「お前ら全員があいつを殺した……」
イチゴの吐き捨てるような言葉が、密室に重く響き渡る。
誰も言い返すことができない。
実の姉(麗華)も、元マネージャー(アサミ)も、コンカフェ店員も、ただ息を呑んでイチゴを見つめるだけだった。
「でも……」
沈黙を破ったのは、アサミだった。彼女は震える手で眼鏡を掛け直し、必死に理性を保とうとイチゴを睨みつけた。
「あなたが彼とどれだけ深い関係だったとしても、事件の夜、あなたが彼の部屋にいたという事実は変わらないわ。……警察の現場検証で、ベランダの手すりから検出された『男の足跡』。あれはあなたのものね?」
アサミの指摘に、ひまりがハッと息を呑む。
「ベランダの……足跡……?」
「そうよ」
アサミは手元のタブレットを提示した。
「事件当夜、マンションの防犯カメラには誰も映っていなかった。けれど、7階のベランダの壁面と手すりには、靴底の摩擦痕が残されていたのよ。侵入経路は正面玄関じゃない……ベランダからだわ。イチゴ、あなたがベランダから侵入し、彼をベランダへ追い詰めて突き落としたんじゃないの!?」
アサミの追及に、イチゴは嘲笑うかのように鼻で鳴らした。
「追い詰めた? 突き落とした? ハッ……おめでたい頭だな、マネージャーさんよ」
イチゴはポケットに両手を突っ込み、天井を見上げた。その瞳に、隠しきれない痛烈な後悔の色が揺れる。
「あの夜、俺がベランダにいたのは確かだよ。……あいつに、部屋から追い出されたからな」
「追い出された……?」
麗華が不審そうに眉をひそめる。
「あの日、あいつは部屋で震えてたんだよ」
イチゴの声から凶暴さが抜け、どこか哀愁を帯びた低音へと変わっていく。
「芸能界っていう陸の上で息が作れなくなったあいつにとって、あの狭いアパートは二人だけで息を吸うための『水槽』だった。でも、あいつが売れれば売れるほど、俺の存在自体が『爆弾』になった」
イチゴは己の拳を強く握りしめた。
「『お前と一緒にいると、いつか全部バレる』『お前のせいで俺の人生がめちゃくちゃになる、もう来ないでくれ』……あいつは泣きながら、俺にそう叫んだよ。鍵を奪われて、ドアを閉められた」
「……っ」
「俺は頭に血が上ってさ。ベランダ側の非常階段から無理やりベランダに回って、ガラス窓を叩いたんだ。『開けろよ! 俺を見捨てるのかよ!』ってな」
イチゴの目から、一筋の涙が頬を伝って落ちた。
「でも、窓は開かなかった。俺は怒りと悲しさで……最後になんて言い捨てたと思う?」
全員が息を止めてイチゴの言葉を待つ。
「『じゃあ勝手に輝けばいいだろ! 1人で寂しく死ねよ!』って……吐き捨てて、ベランダから飛び降りて逃げたんだよ」
イチゴは自分の顔を両手で覆い、肩を激しく震わせた。
「あいつが手すりの向こう側に立つ直前、最後に聞いたのは……俺の残酷な呪いの言葉だったんだ。あいつを絶望の底に突き落として、引き金を引いたのは……他の誰でもない、俺なんだよ……っ!」
男の悲痛な叫びが、密室に冷たくこだました。
イチゴのアリバイと後ろめたさが暴かれ、事件は再び深い闇へと落ちていく。
その時だった。
これまで部屋の隅で存在感を消し、ひたすら怯えていた清楚な女子大生――ひまりが、ゆっくりと立ち上がったのは。
「違います……」
ひまりの声は小さかったが、不思議なほどハッキリと全員の耳に届いた。
「イチゴさん……あなたが最後じゃありません」
ひまりは涙を拭い、静かに自分のスマホをテーブルの上に置いた。
「ライトくんが……『なぎくん』が、死ぬ直前に本当に縋りたかったのは……あなたたちじゃない。私です」
画面に浮かび上がっていたのは、事件のわずか1時間前に送信された、ライトからの「最後のDM」だった。




