第3話:『キサラギの警告』
「全員、化けの皮を被った嘘つき……?」
ユカが不快そうに眉をひそめ、アサミを睨みつける。
「ちょっとアサミさん、さっきから黙って聞いてれば上から目線で何なの!? あんただってただのデータオタクでしょ!?」
「ただのデータオタク、ね」
アサミはメガネの奥の瞳を冷たく光らせ、タブレットの画面をトントンと指で叩いた。
「甘いわね。私は彼――ライトくんのスケジュール、発言、SNSの更新時間、果ては彼が立ち寄ったお店の目撃情報まで、すべてを秒単位で記録・分析してきたの。警察の捜査資料より、私のデータベースの方がよっぽど正確よ」
アサミは画面を操作し、グラフやタイムラインがびっしりと並んだ画面を全員に見せつけた。
「彼の死亡推定時刻は、1年前の7月15日、深夜23時00分から23時30分の間。そして、彼が死の直前に最後に閲覧していたのは、ファンサイトの『個別DM機能』だったわ」
「個別……DM……?」
ひまりが息を呑み、思わず自分のバッグを強く抱きしめた。
アサミの鋭い視線が、逃さずひまりを捉える。
「ええ。その夜、ライトくんのアカウントにメッセージを送信していたIPアドレスは、全部で4つ。――今、この部屋にいる人間の端末と完全に一致するわ」
「嘘……」
ひまりの唇が震える。
「全員が、あの夜、彼にメッセージを送っていたのよ。彼を励ますため? 応援するため? いいえ……本当は彼を追い詰め、ベランダの手すりへと向かわせる『毒』を送っていたんじゃないの?」
アサミの言葉が、密室に重く突き刺さる。
部屋の隅に座るゴスロリ服のイチゴが、カプチーノのカップをソーサーに戻した。カチャン、と乾いた小さな音が静寂に響く。
「……ねえ、お姉さん」
不意に、イチゴが口を開いた。
小さく透き通った、少女のような裏声。
「『キサラギ』って言葉……本当に、人名なのかな?」
麗華がゆっくりとイチゴへと視線を向ける。
「どういう意味かしら、イチゴさん」
「だって、『キサラギに、すべてを奪われる』でしょ? もしかしたら、人名じゃなくて……場所とか、組織とか、もっと別の『何か』かもしれないじゃない」
イチゴは首を少し傾げ、不気味なほど無垢な笑顔を浮かべた。
「例えば……このファンサイトそのもの、とかね」
その言葉に、麗華の表情が一瞬だけピクリと硬直した。
「ファンサイトそのもの……?」
ユカが混乱したように呟く。
「そう。ライトくんは、ファンサイトという巨大な存在に、自分の人生を『奪われる』って怯えてたんじゃないの? だから、管理人の麗華さんが一番怪しいんじゃない?」
イチゴの静かな指摘に、室内が一気に張り詰める。
しかし、麗華はフッと小さく鼻で笑うと、テーブルの上のダイイングメッセージを指先でなぞった。
「面白い推理ね、イチゴさん。でも残念だけど、それは違うわ。なぜなら……このメモの裏には、もう一行、血のようなインクで書き殴られた文字があるからよ」
麗華がゆっくりとメモを裏返した。
そこには、先ほどの筆跡よりもさらに乱れた、狂気を感じさせる文字が並んでいた。
『キサラギが、ドアの前にいる』
「ヒッ……!」
ひまりが短い悲鳴を上げて後退る。
「ドアの前に……いる……?」
「そう。事件の夜、あの子の部屋のドアの前に立っていた人間……それが『キサラギ』よ」
麗華は立ち上がり、ゆっくりと全員の顔を見つめた。
「電波は遮断したわ。鍵も私が持っている。外部からの邪魔は一切入らない」
麗華の瞳に、宿っていた狂気が燃え上がる。
「さあ……白状しなさい。あの日、あの子の部屋のドアの前にいた『キサラギ』は、あなたたちのうちの誰なの!?」
閉じられた密室で、狂信者たちの本格的な「化けの皮の剥がし合い」の火蓋が切って落とされた。




