第15話:『推しの殺し方』
――カチャ。
重厚な金属音が響き、玄関のドアの鍵が開け放たれた。
麗華の手から落ちた電波妨害装置のスイッチが切られ、5人のスマホが一斉に震え始める。
大量の通知音とバイブレーション。途絶えていた外の世界の時間が、一気に室内に流れ込んできた。
「ハハ……すごい勢い。圏外から戻った途端、これだよ」
ユカが涙を拭いながら、歪んだ笑顔でスマホの画面を眺める。
外はすっかり日が落ち、夕闇が室内を茜色と群青色に染め上げていた。
「麗華さん……」
アサミが静かに声をかける。
「警察に……自首するつもりかしら? 監禁と脅迫の容疑で」
「いいえ」
床から立ち上がった麗華は、すでに元の気品ある佇まいを取り戻していた。
けれど、その目元には隠しきれない赤みと、確固たる決意が宿っている。
「自首なんてしないわ。警察に捕まって刑務所に入るなんて……そんなの、あの子に対する一番の『逃げ』だもの」
麗華は落ちていたナイフを拾い上げ、安全装置をかけてバッグに仕舞った。
「私たちは、これからも生きていくのよ。……あの子を殺してしまったという、消えない罪を背負ったまま」
「生きていく……か」
イチゴは脱ぎ捨てていたウィッグを拾い上げ、乱暴にバッグの中に押し込んだ。
男の顔のまま、イチゴは窓の外の東京の夜景を見つめる。
「そうだな。あいつは手紙で『誰も自分を責めないで』なんて綺麗事を抜かした。……だったら俺たちは、あいつの望み通り、自分を責めずに……だけど一生あいつの影に怯えて、後悔しながら生きてやるのが一番の嫌がらせだ」
「嫌がらせって……イチゴさんらしいですね」
ひまりが小さく微笑む。その瞳からは、幼馴染としての「お姫様気取り」の甘えは消えていた。
「私、地元に帰ります。……なぎくんが愛してくれた故郷で、ちゃんと自分の足で立って、生きていきます」
「私は……芸能界を辞めるわ」
アサミが眼鏡を外し、丁寧にクロスで拭いた。
「これからは公式のマネージャーではなく……一人の『如月渚』のファンとして、彼の残した作品と権利を死ぬまで守り続ける。……二度と、あんな悲劇を繰り返させないために」
「私はさ〜」
ユカが派手な爪を眺めながら、フッと鼻で笑った。
「コンカフェの店長とケンカして、自分の店でも作ろっかな。……あいつみたいに息が詰まった奴らが、いつでも泥酔して愚痴れるような、居心地のいい店」
全員が、自分の足で前を向こうとしていた。
推しを愛し、推しに囚われ、そして身勝手な愛で推しを死に追いやった5人の女(狂信者)たち。
『彼女たちの『推し』の殺し方』。
それは、刃物で刺すことでも、毒を盛ることでもなかった。
自分の都合のいい「理想」を押し付け、生身の人間としての彼を殺すこと。
そして——その罪を背負いながら、彼の遺した愛と共に生き続けること。
「さあ……行きましょう」
麗華が優雅にドアノブに手をかけた。
「私たちの、『推し活』の続きへ」
密室の扉が大きく開かれ、夕暮れの冷たい風が5人の頬を撫でた。




