第16話(最終話):『また、どこかで渚と』
あの惨劇と奇跡の密室劇から、さらに1年が過ぎた。
初夏の強い日差しが降り注ぐ、都内郊外の緑豊かな墓地。
刻まれた石碑の前には、色とりどりの鮮やかな花束と、彼が好きだった缶コーヒー、そして一作の戯曲本が供えられていた。
「相変わらず、派手な墓前ね」
黒いスーツに身を包んだアサミが、静かに墓石に手を合わせる。
彼女は芸能事務所のマネージャーを辞職した後、如月渚の遺作と著作権を管理する個人事務所を設立していた。彼の未公開映像や舞台アーカイヴの再評価運動を主導し、今や「名優・如月渚」の名は演技派スターとして映画史に刻まれつつある。
「あ、アサミさん! お久しぶりです!」
爽やかな声とともに現れたのは、短い黒髪をなびかせたひまりだった。
以前の清楚だが弱々しかった面影は消え、地元で子ども向けの劇団ワークショップを立ち上げたという彼女の瞳には、凛とした芯の強さが宿っていた。
「ひまりさん。故郷の調子はどう?」
「はい! 子どもたちに演劇を教えています。なぎくんが昔、私に見せてくれた『演じる楽しさ』を、今度は私が繋いでいきたくて」
ふたりが微笑み合っていると、ヒールの高い靴音が石畳を鳴らして近づいてきた。
「ちょっと〜! 先に来て始めちゃってんの〜?」
派手なサングラスを頭にのせたユカだ。彼女は有言実行を果たし、夜の街に「誰でも弱音を吐いていい」小さなバーを開業していた。店名は『オアシス』。酒に逃げ込む若者たちの駆け込み寺になっているという。
「ユカさん、また派手な格好で……渚も呆れていますよ」
「いいの! これが私のスタイルなんだから。ねえ、麗華さんは?」
「一番最初に来ていたわよ」
アサミが墓石の横を指差す。
麗華はファンサイトを閉鎖し、弟の遺志を継いで「若手俳優を支援する育成財団」を立ち上げていた。彼女はすでに墓参りを終え、静かに空を見上げていた。
「みんないるな」
不意に、低く澄んだ地声が響く。
カジュアルなシャツを羽織った青年——イチゴが、缶ビールを片手に歩いてきた。彼はゴスロリの衣装を完全に脱ぎ捨て、舞台の照明スタッフとして裏方の世界で生きている。
「イチゴさん……相変わらず昼間からお酒ですか?」
ひまりが苦笑する。イチゴは墓石の前に缶ビールを置くと、愛おしそうに石の表面を撫でた。
「あいつが『俺の分も飲め』って言ってる気がしたんだよ」
5人が揃う。
あの日、密室で殺し合い寸前まで化けの皮を剥がし合い、お互いの背負う最悪の罪を暴き立てた5人。
けれど今、彼らの間にあるのは過剰なベタベタした友情でも、悲壮感でもない。
「同じ男(推し)を愛し、殺し、そして救われた」という、世界で5人しか共有できない、強固で歪な絆だった。
「ねえ」
麗華が振り向き、全員を見渡した。
「あの子は……渚は、今頃どこで何をしているかしらね」
「決まってんだろ」
イチゴが笑い、青空を仰ぐ。
「どこか別の世界の舞台で、相変わらず下手くそな笑顔浮かべて『ライト』演じてんだよ。で、終演後に楽屋で『ファンが重い』って泣いてんだ」
「ふふ、目に浮かぶようですね」
アサミが微笑み、ひまりとユカも声を上げて笑った。
彼らはもう、勝手な理想を彼に押し付けたりはしない。
生身の「如月渚」が抱えていた弱さも、醜さも、そして最期に残してくれた圧倒的な愛も、すべて抱えて生きていく。
「さあ……帰りましょう」
麗華が静かに告げる。
「また来年、ここで。……あの子に胸を張って『今日も推し活を楽しんでるよ』って報告できるように」
「「「「うん/ええ」」」」
5人は背を向け、それぞれの戦場へと歩き出す。
見上げる空は、あの日見た密室の窓の外と同じ、どこまでも高く、どこまでも深い青色に染まっていた。
落ちていた一片の桜の花びらが風に舞い上がり、彼らの背中を追いかけるように、静かに空へと溶けていった。
『彼女たちの『推し』の殺し方』――完――




