第14話:『死の夜のピース』
「ハッ……相変わらずおめでたい頭だな、お姉さんよ」
ナイフを構える麗華の目の前で、イチゴが鼻で笑った。
刃先を向けられているというのに、その瞳には恐怖など微塵もない。あるのは、呆れと深い冷酷さだけだった。
「何がおかしいの……!? あなただって、あの子に呪いを吐いて逃げた加害者でしょう!」
「そうだよ。俺は最低の加害者だ」
イチゴはポケットから手を出すと、胸元から一枚の折りたたまれた小さな紙切れを取り出した。
使い古され、何度も開かれた痕跡のある、小さなメモ用紙。
「でもな、お前がやってるその『みんなで一緒にお仕置き心中〜』なんてパフォーマンス、あいつが一番嫌がることなんだよ」
「……え?」
麗華の手が、微かに震える。
「それ……何なの……?」
ひまりが小さく声を漏らす。
イチゴは静かに紙を開き、全員に見えるように掲げた。
そこに書かれていたのは、整った、けれどどこか温かみのある文字。
事件の夜、ベランダの手すりのすぐ横、小さな灰皿の下にそっと挟まれていたという、渚の直筆のメッセージだった。
『みんな、ごめんね。
俺を「ライト」にしてくれて、ありがとう。
俺を「渚」でいさせてくれて、ありがとう。
誰も悪くないよ。全部、俺が勝手に選んだことだから。
だからお願いだから、誰も自分を責めないで』
「な……っ……」
アサミが息を呑み、メガネの奥の目を大きく見開いた。
ユカが口を押さえ、ポロポロと涙をこぼし始める。
「嘘……嘘よ……!」
麗華が首を振り、ナイフを握る手に力を込めた。
「そんなの……渚がそんな遺書を残すはずがないわ! 私たちを庇うような、そんな都合のいい言葉……!」
「都合がいい? あいつはそういう奴なんだよ!」
イチゴが怒号を飛ばした。地声の低い声が、部屋の隅々まで響き渡る。
「お前らが身勝手な愛をぶつけて、泥沼で身動きが取れなくなっても……あいつは最後の最後まで、お前ら全員のことを愛してたんだよ!」
イチゴは麗華に向かって一歩踏み出した。
「お前が作ったファンサイトも、浅見さんが取ってきた過酷な仕事も、ユカちゃんの店での愚痴も、ひまりちゃんの眩しい応援も……あいつにとっては全部、苦しくて、愛おしい『自分の人生』だったんだよ!」
「渚……っ……ああっ……渚ぁ……!」
麗華の膝から力が抜け、カチャンと甲高い音を立ててナイフが床に落ちた。
麗華は両手で顔を覆い、子どものように声を上げて泣き崩れた。
自分たちが引き金を引いたと思っていた。
けれど、当の渚は、自分を殺しかけた全員を最後まで赦し、愛そうとしていた。
その優しさと残酷さが、5人の胸を激しく抉り出す。
「誰も悪くない……か」
アサミが自嘲気味に呟き、壁に背を預けて天井を仰いだ。
「そんな風に赦されたら……余計に、一生逃げられないじゃないの……」
「本当だよ……バカ……バカ渚……っ!」
ユカが床に突っ伏して泣きじゃくる。ひまりも声を殺して泣き続けた。
事件当夜の最後のピース——それは、被害者である如月渚からの、あまりにも重く、歪で、温かい「赦し」だった。
涙と静寂が満ちる中、イチゴが静かに麗華の前にしゃがみ込み、ポケットから鍵を取り出した。
「お姉さん。ドア、開けろよ。……あいつの最後の手紙の通りにするなら、ここで死ぬことじゃない」




