第11話:『無垢なるナイフ』
「嫌……嫌あぁぁっ!!」
頭を抱えて泣き叫ぶひまりの声が、密室に虚しく響き渡る。
アサミは冷徹な手つきでタブレットを操作し、通信キャリアのデータサーバーから復元されたひまりの返信画面を、壁のプロジェクターへと映し出した。
「隠しても無駄よ、ひまりさん。ログはすべてここにあるわ」
壁に巨大な文字で投影された、22時30分の返信テキスト。
そこに刻まれていたのは、あまりにも残酷で、けれど無垢な「エール」だった。
『ダメだよ、なぎくん。田舎に帰るなんて言わないで』
『私が好きになったのは、東京で輝いているカッコいい「ライトくん」だよ』
『私の知ってるなぎくんは、そんな弱虫じゃない。みんなの王子様でいて』
「あ……」
ユカが息を呑み、絶句した。
麗華は目を見開いたまま、崩れ落ちたひまりを呆然と見つめている。
「これが……あなたの『救い』だったのね」
アサミの声が、刃のように冷たくひまりに突き刺さる。
「彼はすべてを失い、最後に本名の『如月渚』として、生まれ育った故郷のあなたに逃げ込もうとした。……けれどあなたは、彼の『最後の逃げ場』だったはずの素顔を拒絶し、再び『ライト』という過酷な舞台へと押し戻したのよ」
「違う……違います……っ!」
ひまりは涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、必死に手を振った。
「私は……私はただ、なぎくんに誇りを持ってほしかっただけなんです! 田舎でくすぶっていた頃の地味な彼じゃなくて、みんなに愛されるスターになった彼を……応援したかっただけなんです!」
「応援、か」
イチゴがドスの効いた声で吐き捨て、ひまりのすぐそばまで歩み寄った。
「純粋なファンを気取ってたお前が、一番グロテスクだな。お前はただ、『東京のスターの幼馴染』っていう特別なポジションに酔いしれてただけだろ。あいつが『ただの田舎者』に戻ったら、お前の価値がなくなるからな」
「そんなこと……そんなこと……っ!!」
「いいや、事実だ」
イチゴは冷たく言い放ち、密室の全員を見回した。
「お前が送ったその『綺麗なナイフ』が……あいつに『如月渚の居場所は、もうどこにもない』って確信させたんだよ。それが、あいつの背中をベランダの手すりへ押し飛ばした『最後の一押し』だ」
「ああぁぁぁっ……!」
ひまりは床に伏し、絞り出すような悲鳴を上げて泣き伏した。
沈黙。
耐え難いほどの重圧と絶望が、密室を支配した。
実の姉・麗華は「完璧な弟」を求め、ファンサイトの檻に閉じ込めた。
元マネージャー・アサミは「プロ」として追い詰め、最後の着信を無視した。
コンカフェ店員・ユカは生々しいSOSを「ビジネスのノリ」で笑い飛ばした。
親友・イチゴは歪んだ愛の末に「勝手に死ね」と呪いの言葉を吐き捨てた。
そして幼馴染・ひまりは無垢な期待で「最後の逃げ道」を塞いだ。
誰か一人の殺意ではない。
全員がライトを狂おしいほど愛し、そして全員がそれぞれの方法で引き金を引いていた。
「……そうか」
ユカが力なく笑った。
「全員じゃん。犯人は……ここにいる全員じゃんか……」
全員が抱えていた後ろめたさがタイムライン上で一つに繋がり、密室の空気は完全な絶望へと落ちていった。
しかしその時、それまで静かに壁のメモを見つめていたアサミが、ふと眉をひそめて呟いた。
「……いいえ、まだ一つの謎が残されているわ」
「謎……?」
麗華が弱々しく顔を上げる。アサミは指先で、あのダイイングメッセージを指し示した。
「全員のタイムラインは繋がった。でも……なぜ彼は最後のメモに、わざわざ『キサラギ』なんて言葉を残したの? 私たちの中に『キサラギ』なんて名前の人間は一人もいないわ」
あの子を死に追いやった最後のピース――『キサラギ』の真実が、ついに解き明かされようとしていた。




