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インバース・クロニクル ~逆転料理人は異世界を救ってとっとと帰る~  作者: 夜長月虹
第三章【光の大陸編】

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三章十話[その名の価値]

『――再現スキル、発動――』



 鉄の包丁:2000〜4000クロス


 家庭用の鉄鍋:2500〜4000クロス


 ロングソード:3000〜5000クロス



 ――視界へ次々に浮かぶ文字列。


 これは、ギリアンに教えてもらった商人のスキル――【勘定】。

 曰く、


『――視た物の市場価値がだいたい分かるって代物だ!』


 とのこと。


 成る程、こいつは便利だ。

 俺にはこの世界の物の相場が分からない。


「にゃ?」


 この間抜け顔……霧患いで記憶がないレイも、多分同じだろう。

 だから買い物には結構気を付けてたけど、これで不当な値段で買わされるとかの心配はなくなった訳だ。


「……他にも、色々使えそうだしな」


 呟きながら、俺は壁に飾ってある品々を眺めていた。



 名工の太刀【無銘】:90000〜120000



 おお……これは凄いな。なんだか日本刀みたいでかっこいいし……ちょっと欲しいかも。お金足りないけど。


「――おう、待たせたのぅ」


 嗄れた声と共に工房の奥から現れたのは、ゲン爺さん。


 日が傾き始めた頃――ポンタ商会を後にした俺達は預けた道具を回収するため、ゲン爺さんの工房に来ていた。


「もう終わったんですか?」

「うむ。久々に楽しい仕事じゃったでな。ほれ」


 そうして、俺は作業台に並べられた道具を受け取っていく。



 アトリエの鉄鍋:20000〜40000クロス


 アトリエの玉杓子:15000〜30000クロス



 おいおい、これこんなに高かったのかよ。確かにめっちゃ使いやすいとは思ってたけど。

 こんなの持たせてくれてたなんて……おっさん、本当にありがとうな。


 遠く、フォルムの村を思い出しながら、心の中で礼を言う。


「……ほれっ、包丁も。随分くたびれとったが、完璧に仕上げてやったわい」

「ありがとうございま――ッ」


 そこで言葉が詰まった。



 浄化鉄の包丁【赤浪】:1000000〜クロス



 一、十、百、千、万…………ひゃ、ひゃくまんえん!?

 嘘っ……私の包丁、高過ぎ……!?


「ご主人、どうしたにゃ?」

「い、いや……っ」


 思わず叫びそうになったのをなんとか堪えた。

 あまりにも予想外の額に、包丁を受け取る手が思わず震える。


 おいおいおいおい、おっさん……なんてもん渡してくれてんだよ。いい加減泣くぞ俺。


 どこかで、豪快に笑う声が聞こえたような気がした。


「本っ当に、ありがとうございました! また、是非お願いします!」

「うむ、儂も久方ぶりに師匠《せんせい》と話ができたようで楽しかったわ! またいつでも、なにかあれば持って来い」


 フッと笑うゲン爺に代金を渡す。

 良い人脈ができたな。

 お言葉に甘えて、今後も利用させてもらおう。


「……ところで、お主」

「はい?」


 ゲン爺が、俺の手元――赤浪を指差して言った。


「その包丁……名を呼んでやったことはないのか?」

「え? 名前……?」


 まあ、一回もないな。というか、今日初めて知ったくらいだし。


「やはりそうか……ならば、呼んでやれ。それでこそ、真に道具は応えてくれるというもんじゃ」

「は、はぁ……」


 そういうもんか。

 まあ、道具に愛着を持つって意味では一理あるかもな。


 改めて包丁の刀身を眺める。

 鏡のように磨き上げられた表面に、俺の姿が反射して見えた。

 俺だけど、俺じゃない顔。そんな自分自身に呼び掛けるように、俺は――


「――赤浪《せきろう》」


 その瞬間だった。


 ――ドクン。


 脈打つ。

 刀身が、震えたように感じた。


「な……な……ッ?」


 熱い。

 刃の先端から赤い光の波紋が走り、刀身が赤熱したように輝きを放つ。


「うむ、思った通りよ」

「あ、あの……これは……ッ!?」


 一人で納得している様子のゲン爺に、俺は疑問を投げる。


「なんじゃお主……“響銘《きょうめい》”も知らんのか?」

「響、銘……?」


 なんだそれ、知るか!

 名前読んだだけでこんな風になるとか、どこの死神だ!


「やれやれ……鍛冶師がなんのために作品へ名を付けると思っとるんじゃ。そこに己が技術の全てを、魂を込めるためじゃろうが」

「それってつまり……道具に、スキルを?」

「分かり易く言えば、そうじゃな……まあ、皆が出来る訳ではない。限られた、極一部の者だけじゃ。儂とて、狙ってはできん」


 それは、なんというか……凄いな。

 感動と感心。

 この世界の職人の技術には、頭が下がってばかりだ。


 ――赤浪。


 その名の通り、刀身を紅く染めたその包丁は、今は静かに次なる己の役目を待っているようだった。


「ちょいと、振ってみぃ。そこに試し切り用の人形があるでな」

「は、はい……それじゃあ」


 何が起きるか分からない。

 おっかなびっくり、俺は人形の前に立ち、そして腕を振るった。

 固い、木材の感触。人形に僅かな傷ができた。


「…………?」


 何も起こらない。

 そう思った直後だ――


 ――バキバキッ。


 音が連続して響く。

 驚いて人形を見ると、今付けた傷から紅い光が走り、広範囲へ伝わっているようだった。


「わわっ! 凄いにゃ! お人形、腕取れちゃった!」

「お、おう……」


 それはまるで、ヒビが広がり崩壊していくような有り様。


 ――これは……なんだ?


 どういうスキルだろう?

 分からない。

 俺は、ただ呆然と起きた事実に目を奪われていた。


「ふむ……成る程のう」


 頷くゲン爺。


「なにか、分かったんですか?」

「いや、確信はないが……お主、一歩下がってみぃ」

「えっと……はい、下がりましたけど……」


 今度はなんだ?

 ゲン爺の意図が分からず、俺はとりあえず次の言葉を待った。


「そこから、もう一度振ってみるんじゃ」

「……? 分かりました」


 ものは試し。ゲン爺に言われるがまま、俺は再び人形に向けて刃を振るった。

 当然、その刀身は空を切る。


 それは無意味な行動――かと思われた。


「――うおッ!?」


 風切音と共に赤い閃光が空間を走る。それは凄まじい速度で人形にぶち当たり、その頭部を切り飛ばした。


「にゃにゃ!? 凄い、なにそれ!? 弓矢みたいにゃ!」

「マジかよ……!」


 漫画みたいな光景に、再び俺は呆然となった。


「飛ぶ斬撃……いや、ちょっと違う?」


 今のは、飛んでいったというより――


「――伝う斬撃、といった所かのう」


 それだ。

 傷を伝い、空間を伝う。まるで波紋のように広がる斬撃。

 それがこの【赤浪】、本来の性能。


「……流石、百万の包丁……だな」


 戦闘にも、料理にも使えそうな力に、今から想像が膨らむ。

 もっと早く知っていればとも思うけど…………いや、止めよう。今更だ。


「ふふふ、これぞマサムラ・ゴーセンの包丁よな。儂も、まだまだか……」


 言葉とは裏腹に少し嬉しそうなゲン爺さん。

 頂きに登ろうとする者の強い眼差し……俺も、負けてはいられないな。

 人知れず決意し、俺は包丁を鞘に納めた。


「……行くのか?」

「はい。この後、ちょっと仕事を頼まれているので」

「そうか……まあ、気を付けてゆけ。近くで凶暴な捕食者《プレデター》が出たなどと、妙な噂もあるでな」


 そうして簡単な別れを済ませ、俺達は工房を後にした。


「――さ〜て、そんじゃ、次はお仕事の時間だな」

「にゃっ! レイ、頑張るにゃ〜!」


 準備は整った。

 ここで得られた全てを持って、俺達は次なる目的地へと向かった。

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