三章八話[託された温もり]
「ビックリした……なんにゃ?」
「あ、あの……?」
恐る恐るゲン爺さんに声を掛ける俺。
次の瞬間――刺すような視線が飛んでくる。
「ヌシ……これを、どこで?」
「え?」
「どこで手に入れたか、と聞いとるんじゃ! 答えんか!」
なんだなんだ?
明らかに取り乱した様子のゲン爺さんに、俺まで動揺してしまった。
「えっと、貰ったんです。俺の……師匠みたいな人から」
「ほぉ、そうか……」
俺の答えを聞いて、ゲン爺さんは包丁に視線を戻す。
「ならば……感謝するべきじゃ。その師匠とやらに」
「へ?」
どういうことだ?
その疑問の答えは、すぐにもたらされた――
「――“マサムラ”。名くらいは知っとろうが?」
「え? えーっと……」
知らない。全く聞き覚えのない名前だった。
「誰にゃ? レイ、知らにゃい」
「な……っ! 貴様、本気で言っとるのか? あの名匠、マサムラじゃぞ?」
声を荒げるゲン爺さん。
名匠……ってことは、鍛冶師かなにかか?
顔に「?」を浮かべるレイに、ゲン爺さんは更にヒートアップする。
「マサムラ・ゴーセン! 稀代の刀匠にして国の誇りたる五極が一人、鋼の料理人マサムラじゃ! 知らん訳があるまい!?」
「な……それって」
今度は俺が驚く番だった。
――五極。
まさか、またその言葉を聞くことになるなんて。
しかも、
「……鋼の、料理人……」
俺の……いやロズレッドの包丁を作った人らしい。
とんでもない人脈だ。おっさん……アンタ、本当の本当に凄かったんだな。
「にゃ〜、ご主人! 助けて〜!」
金槌を持ったままのゲン爺さんに凄まれ、レイが俺の背中に逃げてくる。
「あ〜、すみません。実はコイツ霧患いで、記憶が……」
「な、んと……そりゃ不憫な……」
可哀想なものを見る目をレイに向けるゲン爺さん。
やれやれ、何度目だ? この言い訳するの。
ともあれ、
「いやすまぬ……どうにも、我が師を軽んじられた気がしてな」
そう呟きながら、ゲン爺さんは包丁に視線を落とす。
「皮鉄は、最上級の浄化鉄か……この極限まで研ぎ澄まされた刃……飾らない無骨な拵え……ふっ、久方ぶですのう……師匠の鍛えた作品を見るのは」
じっくり味わうように包丁を眺めるゲン爺さん。それは、まるで誰かと会話でもしているかのようだった。
「……ヌシ、これを貰ったと言ったな?」
「え、まあ……はい」
「余程優れた料理人なんじゃろう、その師匠とやらは。我が師が、これ程の包丁を授けるとは……」
ああ、そうだな。おっさんは、
「凄い人で、恩人です」
「うむ、良い心掛けよ。努々、そのあり方を忘れてはならんぞ」
そう言うゲン爺さんの表情は、心做しか柔らかくなったように見えた。
「……はてさて」
と、改まった様子でゲン爺さん。
「仕事の話じゃったな……無論、引き受けよう。ヌシの道具ら全部、新品同様に鍛え直してやるわい」
「あ、ありがとうございます!」
老人の目が光る。やる気を出した職人の気迫……頼もしい。
「夕餉の前には仕上げてやるわ。その頃また訪ねて来るがよい。それまでは、代わりの道具を貸しておくからのう」
「分かりました。よろしくお願いします」
ゲン爺さんから貸し出し用の調理道具一式を受け取り、俺は工房の出口へ。
そうして扉に手を掛けた時、
「おお、そういえば……」
背後から、ゲン爺さんの声。
俺は立ち止まり、顔だけで後ろを振り返った。
「すまんすまん。名を聞いておらなんだわ。ヌシ、名はなんという?」
「シノです。シノ・シルヴァーン」
「ふむ、良き名じゃ……して、コヤツの名は?」
そう言って、ゲン爺さんは俺の包丁を指す。
「えっと……っ」
言葉に詰まる。
包丁の名前? そういえば、知らない。
そもそも、あるのか?
そう思って、俺は咄嗟にスキルを発動した――
『――料理人スキル。食材鑑定Lv5、発動』
アイテム名:浄化鉄の包丁【赤浪】
種別:厨具(包丁)
可食適性:✕
毒性:無
厨具ランク:S
適属性:炎、光
主原料:浄化鉄、聖鋼
「赤浪……」
「ほう、それもまた良き名よ」
赤き波。燃え盛る炎を思わせる響き。
おっさんが、息子のロズレッドに託そうとしたものが、なんとなく分かる気がした。
そして――
『――アイツの魂も入ってんだからな!』
思い出す。
俺が受け取ったもの、受け継いだ想いを。
「どうか、よろしくお願いします」
「言われるまでもないわ。任せい!」
それ以上の言葉は不要。
なんだか楽しそうなゲン爺さんの顔。
いいね、仕上がりが今から楽しみだ。
期待に胸を躍らせながら、俺達は工房を後にした。
次回「再現の際限」
乞うご期待!




