三章七話[己を知る]
「……五極、か」
店を出てからも、その言葉が頭から離れなかった。
ソルディさん曰く――
『――王国が誇る宮廷料理人。その中でも突出した技術と功績を持った方々……王がお認めになった、極みの境地に至りし五人を称え、そう呼んでおります』
つまり――最強。
この国における、料理人の頂点。
「どうしたにゃご主人?」
「いや、なんでも……」
空返事。
レイの顔も、通り過ぎる街並みも見えない。今の俺の目には、ソイツらの姿しか浮かんでいなかった。
「おっさん……凄かったんだな……」
元、炎の料理人――その肩書きの重さをこんな所で……今更になって知ることになるとは。
「コーマッツ・スタンダー……」
大地の料理人――色んな意味でオーラが凄い人だったな。あの圧倒的な存在感、底が知れない。
そして――
「――レイカ……」
アイツも、同じだ。
極致に立った人間が放つ凄み……まるで馬鹿でかい山を前にしてるようなそれが、アイツにもあった。
「料理……美味かったな……」
「うん、パンケーキ! おいしかったにゃ〜!」
呑気なもんだ。
でも、それでいい。
これは俺の……一人の料理人としての問題だ。
――ありがてぇ。
世界を知れたから。上を知れたから。俺の現在地を知れたから。このままじゃ駄目だと、そう思えたから。
この出会いに、ただ感謝を。
――登っていこう。
そのために、まずは――
「――ねぇねぇご主人。レイたち、今どこ向かってるにゃ?」
「ん? まあ……ちょいとな」
近づく熱気。やって来たのは――町の市場だ。
わいわいと賑わう大通り。そこかしこに魚屋やら果物屋やらが軒を連ねて、客を呼んだり待ったりしている。
「さて……やるか」
視点を合わせて、
『――料理人スキル。食材鑑定Lv5、発動』
まずは、把握。自分ができることを、正しく理解するんだ。
「すごい! お魚いっぱいにゃ!」
「勝手に食うなよ?」
釘を刺しつつ、俺は視界に入った全ての食材を鑑定していく。
肉も魚も、野菜も果物も。
当然、殆ど知らないものばかりだ。でも、スキルのおかげで良し悪しはある程度分かる。レベルが上がったおかげか、食材の“鮮度”まで視えるようになっていたのは、かなりデカい。
人の職業も視えるから、勇者探しにも最適だ。
改めて、料理人でよかったと思う。
「アレと、コレと……ソレもだな」
「にゃにゃ!? こんなに買ってどうするにゃ? 食べる?」
店から店へ、次々と食材を購入していく俺の姿に、目を丸くするレイ。
期待と好奇心に染まった顔が、優莉にそっくりだった。
「ああ。お前には後で味見役頼むからな」
「にゃーん、やった! まっかせるにゃー!」
ある意味、コイツがいてくれてよかったな。
今からやることに、俺一人の胃袋じゃ限界がある。
「さて……と」
材料が揃ったなら、次だ。
買い物をしながら、俺はとある場所について町の人に尋ねた。
何人かに聞いてみた結果、一番評判が良かった場所へと向かう。
「ここ、なんにゃ?」
首を傾げるレイ。
町を歩き回って辿り着いたのは、人通りの少ない路地にひっそりと佇む建物――
――【ゲン爺の工房】。
なんて文字が入り口に書かれた鍛冶場だ。
「お邪魔しま〜す……」
熱を含んだ空気と金属の匂い。
その中で黙々と腕を振るっている老人が一人、俺の声に反応して顔を上げた。
「……何奴か?」
しゃがれた低音。
鋭い眼光に貫かれた俺は、全身の筋肉が緊張するのを感じた。
「すみません、お仕事中に。俺……料理人で、シノっていいます」
「料理人? ほぉ……ヌシがか? 随分な若造だが」
値踏みするような視線。でも、怯んでばかりもいられない。
「貴方が、ゲン爺さんですよね? 鍛冶師の」
「如何にもそうじゃが……何用か?」
厳つい顔の皺を更に深くしてこちらを見るゲン爺さん。
怖い。
「道具の手入れを依頼したくて来ました。お願いできますか?」
「なんじゃい、自分ではできぬか? 料理人の癖に」
呆れたような鼻息。
成る程、これは噂通りの偏屈者らしい。
それなら、ここは、
「そうですね。本職の方には及びません。俺みたいな半端者がやるより、貴方のような熟練者に手入れされた方が、道具達も喜ぶと思って」
「ほぉ……そいつは、殊勝な心掛けじゃな」
そう言って髭を撫でるゲン爺さん。心做しか、表情が柔らかくなった気がする。
よっしゃ、うまくいった!
これぞ対偏屈親父用、ソルディさんの対人スキルを元に再現した――大人の対応だ! なんつって。
「どれ、見せてみぃ。後はヌシの道具共に聞くわ」
「お願いします!」
言われるがまま、俺は調理道具をゲン爺さんの前に並べた。
「……ふむ、大事にしておるな」
「分かるんですか?」
「見ればの……道具らも喜んどるわ。良い持ち主を得たな」
「ありがとうございます!」
こういう職人気質の人に褒められると素直に嬉しいもんだ。
――料理人たる者、使う道具に愛を持つべし。
昔、町中華で修行してた時の教えが役に立ったぜ。
「……いい鍋じゃな。熱が伝わりやすいように鍛えてある。こっちの玉杓子も、かなり質の良い鋼が使われておるわ」
へぇ、そうなのか。
おっさんに感謝だな。そんな良いものを持たせてくれてたなんて。
旅立ちの日――この道具達を用意してくれたおっさんのことを思い出し、俺は人知れず胸が熱くなった。
「ねぇご主人、ひま〜」
「ばか、黙れっ! 今大事なとこなんだよ」
まるで空気を読まないレイを、俺は嗜める――
「――なっ……なんじゃあ、こいつはぁ……ッ!?」
突然、ゲン爺さんが叫ぶ。
その声量に驚いた俺達が振り返ると、そこには――俺の“包丁”を握ったまま固まってるゲン爺さんの姿があった。




