三章六話[温度を極めし者]
すみません! 遅くなりました!
「……できた」
それは、あっという間の出来事。
料理というよりは、まるで舞台でも観ているかのような感覚だった。
『――料理人スキル。食材鑑定Lv5、発動』
目に映る文字列。
太陽のパンケーキから、“白夜のパンケーキ”へと名前を変えた一皿。
「こ、これは……貴方は、一体……?」
店長も、完全に圧倒されている様子だ。
目の前の皿――そこに作られた至高の芸術品のような料理。その調理工程は――
――美しい。
の一言だった。
萎んだパンケーキを温め直して再生させた時の、火入れの完璧さ。ミルクや砂糖、各種食材を混ぜ合わせた時の手際の素早さと丁寧さ。
何を作っているのか注目していた時、それが短時間でアイスに変わった時にはかなり驚いた。
さらに驚いたのは――
――魔法調理。
元々付け合わせだったバンプルを、おそらく風の魔法で切り刻みジュースみたいに。それを氷の魔法かなにかで瞬時に氷結させ、花びらのような姿へと変貌させた。その工程。
料理と魔法の融合。
こんなことができるのは、この世界で今まで過ごしてきて、一人しかいなかった。
――炎の料理人。
その時、何故か俺の頭には、おっさんの姿が浮かんでいた。
「……どうしたの?」
そんな俺達の動揺など露知らず、当のレイカは平然とした表情で首を傾げて、こちらを眺めていた。
「にゃー、綺麗! ねぇねぇ! これ、食べていいにゃ?」
「食べたいなら、好きにして……」
無邪気なレイに、無愛想な対応をするレイカ。
それじゃ遠慮なくと、レイはフォークでパンケーキを取り、パクリと頬張った。
そして――
――固まった。
「おい、どうした……?」
返事はない。
レイは、フォークを口に入れたままの姿勢で、まるで凍ったように固まってしまっていた。
「……とりあえず、いただきましょうか」
「は、はい」
店長に促されて、俺もフォークを取った。
まずは、目で食べるのが流儀。
「これは……」
薄く切ったパンケーキの間に、ミルクアイスが挟んであるのか……? アイスサンドに似てるな。
その周りに氷の花びらみたいなものが散りばめられてて、色合い的にひまわりに見える。
何度見ても、綺麗だ。
「さて……」
味はどうか?
俺は丁寧にフォークを使って、パンケーキを切り取る。
その感触に、驚いた。
――凍ってる?
パンケーキが、生地が、いつの間にか冷凍されて固まっている。
さっきまでのふんわり感と比べて、凄まじいギャップだ。
その瞬間、俺と店長は、無言で目を合わせた。
「……では、失礼して」
そう言うと、店長はおもむろにパンケーキを口に運んだ。
それを見て、俺もまたパンケーキを口に入れる。
そして――
――固まった。
「……どう、美味しい?」
次に動けたのは、そうやってレイカに声を掛けられた時だった。
「あ、ああ……」
ようやく動いた口からは、そんな……言葉にならない声しか出てこなかった。
「……素晴らしい、と言う他ありませんね」
店長が、ようやく絞り出したように言う。
俺も、同じ気持ちだった。
――甘い。
それは当然として、この食感は……なんだ?
凍ってサックリ感のある生地、それに挟まれたミルクアイスのふんわり感。口の中の温度ですぐに溶けて、濃厚な味わいが癖になる。
それに加えて、この花びらみたいなシャーベットの清涼感……パンケーキの甘さがくどくならないように、酸味が調整されてるみたいだ。
後味までちゃんと計算している。完璧な仕事だ。
「いや……」
それだけじゃない。
「っ、これは……?」
店長も、気付いたみたいだ。
この料理が、まだ……終わっていないことに。
「変わった……」
柔らかい。
一口目から、今……時間が経って溶け始めたんだ。
サックリから、しっとりへ。二口目のパンケーキは、今度は優しく甘さを口の中へ広げてくれる。
かと思えば、次の一口では溶けた花びら達がソースとなって生地に染み込み、甘すぎない、スッキリした味わいへ。
「白夜のパンケーキ……ね」
零度から常温。時間が経つほどに、味が高みに上っていく。
それは、まさに沈まない太陽のように。
白夜とはよく言ったもんだ。
「うにゃ〜、冷たい! でも美味し〜!」
「そう……」
相変わらず冷めた態度のレイカ。
でもその口元は、少しだけ笑っているように見えた。
「何者だよ、お前……?」
技術も、発想も常軌を逸している。これだけの料理を平然と作ってのける料理人……しかも、この若さで。
明らかに只者じゃない雰囲気に、その場の全員がレイカに注目した。
凍えるような静寂。
次にレイカが口を開こうとしたその時――
「――見つけた〜〜っ!!」
地の底から響くような大声。
それが聞こえた瞬間、レイカが嫌そうな顔をしたのを、俺は見逃さなかった。
――っていうか、誰ッ!?
振り向くと、店の入口に大柄な人影があった。
「もぉ! 探したわよレイカちゃん! す〜ぐ一人でどっか行っちゃうんだからぁ!」
「……ごめんなさい」
ざわつく店内に構わず、ドカドカと中に入ってくる人物。
派手な服装、スラッとした体型に桃色の髪をなびかせて歩くその姿は、まるでトップモデルみたいな雰囲気だ。
大人びた顔立ちも美女と言って差し支えないけど――
「ほ〜ら、帰るわよぉ! 遊びに来たんじゃないんだからね!」
――声、低ッ!?
見た目に合わない重低音。
もしかして、男……なのかこの人?
全てがチグハグな存在に、俺もレイもすっかり目を奪われてしまった。
一方で、
「そんな、まさか……! あ、貴方は……っ!」
目に見えて慄いた様子の店長。
その声を聞いて、男(?)はこちらに視線を向けた。
「ん〜? あんらぁ? 貴方……“ソルディ”ちゃん? ソルディちゃんじゃない! お久しぶり〜!」
馴れ馴れしく店長の名前を呼ぶ男(?)。
なんだ? 知り合いか?
「え、ええ。お久しぶりです、“料理長”」
「なによ〜、他人行儀ねぇん! 貴方、もう宮廷勤めじゃないんだから、そんなにかしこまらなくてもいいじゃない」
料理長――そう呼ばれた男(?)は、微笑みながら店長、もといソルディさんの背をポンと叩く。
「な、何故こちらに? 今、王宮は“フレア”の準備で忙しいと聞いておりますが……」
「そのフレアの準備できたのよん! 食材を集めるなら、世界でここが一番、でしょ?」
「しかし、貴方が直々に来なくても……」
終始たじたじな様子のソルディさん。
なんだかよく分かんないけど、偉い立場の人みたいだな。
「そ・れ・よ・り! ちょっと! そこの貴方!」
「へ? お、俺?」
いきなりだった。
見た目も声もうるさいソイツに突然指を差されて、俺はビクリと震えた。
「見てたでしょ?」
「えっと……?」
なんだ? ま、まさか……鑑定しようとしてたのがバレたのか?
だとしたら、とんでもない――
「――私の胸、見てたわね?」
「はぁ!? いやいやいやいや、見てない! 見てませんッ!」
というか無いじゃん、胸!
胸筋はありそうだけど!
「ご主人……」
「えっち……」
残念そうな目で俺を見るレイとレイカ。
お前らいつの間にそんな息ぴったりになった!?
いや、違う! 冤罪だ!
「待て! 俺は別に……!」
「冗談よん」
悪戯っぽく笑う男(?)。
やられた。
本当になんなんだよこの人。
「うふふ、ごめんなさい。私好みの男子だったからつい」
「相変わらずですね、料理長……」
マジかよ……なんだかヤバい人に目をつけられた気がする。
レイカとはまた違う寒気を感じて、俺は一歩下がった。
「……ところで」
男(?)は店内を見渡して言った。
「あ〜……うちのレイカちゃんがご迷惑をお掛けしたみたいねぇ。営業妨害して申し訳ないわぁ」
「いえいえ、そんなことは……私としても、色々学びがありましたので」
「私は、本当のことを言っただけ……」
それぞれの温度差が凄くて風邪を引きそうだ。
俺はなるべく目立たないよう、人知れずレイの後ろに立った。
「んもぅ! こういう時は素直に謝るの! 愛嬌は大事よ? せっかく可愛いお顔してるんだからぁ!」
「別に……どうでもいい……」
そんなレイカにやれやれと溜め息をつく男(?)。
空気が濃すぎて、胃もたれしそうだ。
「それじゃあ、そろそろお暇するわね。ソルディちゃん、貴方、フレアには参加するのかしら?」
「ええ。一応、そのつもりです」
「へぇ、そう……」
一瞬、男(?)の目が光ったように見えた。
そして――
「――ねぇ、そこの貴方」
「へ? お、俺?」
またこの流れかよ!
鋭い視線を感じて、俺は固まった。
「料理人、でしょう?」
「あ……なんで……」
鑑定された、のか?
「なんでって……いやねぇ、見れば分かるじゃない! ちゃんと道具が手入れされてる。偉いわぁ!」
そう言ってキャッキャと笑う男(?)に、俺は底知れないものを感じた。
「貴方も、参加するのよね?」
フレア――王都で行われる料理の大会。
言われた意味を理解するまで、一瞬時間が掛かった。
「は、はい、勿論!」
「そう……そうなの! うふっ、いいわねぇ熱くって! なら、頑張りなさい二人共! 私、期待してるわぁ!」
そう言ってポンポンとソルディさんの肩を叩くと、男(?)はレイカを連れて店の外に歩いていった。
「……ねぇ」
手を引かれるレイカと目が合う――
「――次はアナタの番……」
「ん?」
どういう意味だ? と問おうとした時、
「……今度は、アナタの料理を食べさせて……」
それだけを言い残して、レイカ達は去っていった。
――嵐が去った。
その表現がぴったりな静けさの中に、俺は置いていかれたような気分だった。
「ねぇねぇ、ご主人。あの大きい人、誰だったにゃ?」
「さ、さぁな……」
結局、鑑定はできず終い。名前すら分からなかった。
あの佇まいは只者じゃないだろうけど……色んな意味で。
「なっ……お二人共、ご存知ないのですか?」
「え? ま、まぁ……田舎の出なので」
信じられないものを見る目で俺を見るソルディさん。
なんだ? ひょっとして、有名人? 確かに、あらゆる面で派手だったけど……そんなに?
「あの方は……あの方こそ――“大地の料理人”」
大地の? 待て待て。それって、なんだか――
「――宮廷の筆頭厨師【五極】の一人にも数えられる、“コーマッツ・スタンダー”様ですよ」
――五極。
その瞬間、全身を電流が走ったみたいに感じた。
次回「己を知る」
乞うご期待!




