三章五話[冷菓のこだわり]
「……お口に合いませんでしたか? それは残念です」
冷え切った空気の中、少女に対して頭を下げる店長。
「私も……少し期待してたけど、残念。アナタの料理じゃ、私は満たされない……」
「左様ですか……力不足で申し訳ございません。お客様により良いものを提供できるよう、今後とも精進させていただきます」
頭を下げたまま言う店長。
真摯であり、紳士的な対応だ。
正しい。
味覚は人それぞれ。全人類が美味しいと思うものを作るなんてできない。
分かってる。
それは分かってるけど――
「――ちょっと待てよ」
気付いたら口が動いていた。
「なに……あなた?」
少女がこちらへ顔を向ける。
まるで氷柱の先でも向けられたかのような鋭い視線。それでも、俺は怯まず相対した。
「そっちこそなんだよ? まずいって……それ、本気で言ってんのか?」
「本気。私……料理に嘘はつかない」
即答する少女。
――なんなんだコイツ?
真剣な表情……ただのクレーマーじゃなさそうだな――
『――料理人スキル。食材鑑定Lv5、発動』
個体名:“レイカ・センスモール”
年齢:17
性別:女
職業:料理人
可食適性:✕
好味:甘味
嫌味:辛味
状態:良好
視界に浮かんだ文字列。そこへ記された事実に、俺は軽い衝撃を受けた。
「料理人……?」
「そう、私も……料理人。だから、認められない。こんな料理……」
「こんな、って……」
思わず自分のパンケーキに目を向けた。
黄金に輝く、焼き立ての生地。これ以上ないほどふんわり仕上がっていて、何度見ても芸術的な仕事だ。
「……これの、なにが駄目だってんだよ?」
納得できない。
そんな俺の問いに、少女――レイカはたった一言――
「熱いから」
と、答えた。
「は……?」
思わず、声が出た。
「私、猫舌だから……」
「はぁ!?」
思わず、叫んでいた。
「な、なんだよそりゃ!? そんなの、料理の問題じゃねぇだろ!?」
「違う」
いやなにがだよ?
言うに事欠いて猫舌とか……コイツの問題でしかない。
見倣えよ、ウチの猫を!
焼き立て熱々なのに、ずっとがっついてるだろ!
「うにゃ?」
一瞬レイと目が合ったが、すぐに逸らした。
今は、こっちだ。
「……もしかして、料理人? あなたも」
唐突な問い。
レイカの冷ややかな視線を、俺は真っ向から受け止めた。
「だったら……なんだよ?」
「……別に。あなたが料理人なら、分かると思って」
「なにが?」
食ってかかる俺をレイカはじっと見つめてくる。
その視線が、妙に気に触った。
「料理は……食べる人のためにある」
「……っ、それは……」
言葉に詰まる。
それは、背筋に氷でも入れられたかのような感覚。
目の前の少女が言わんとしていることを、その瞬間に理解した。
「熱い内にお召し上がりください、って言葉……私、キライなの」
「どういう、意味だよ?」
いや、分かってる。きっと店長も……分かってるから、なにも言わないんだ。
「食べる時間は、食べる人の自由……熱いのが苦手な人もいる。ゆっくり食べたい人もいる……」
その通り。
味の好みも、食べ方も、人それぞれなんだ。
なんで、俺は気付かなかった?
「……だから、“これ”は駄目なの」
改めて、レイカは自分のパンケーキを指差した。
そこで、
「あっ……!」
更に、気付く。
「萎んで、る……?」
レイカが食べていたのは、俺達と同じパンケーキだ。
その筈なのに、
「別物じゃねぇか……っ」
冷めただけ。ただそれだけで、あんなにふっくらとしていた生地が、見る影もないほど平坦なものになっている。
「そう……これが、この料理の限界」
「そうですね……おっしゃる通りです」
容赦ないレイカの言葉に、静かに頷く店長。
俺も、認めてしまっていた。
「最初の一口が美味しいのは当たり前……でも、それだけじゃ足りない。食べ終わるまでが……料理だから」
そうだな、確かに。
料理は、食べる人のために。
改めて、思い出した。
「……それじゃあ、どうする?」
「どういう意味……?」
これは、ほんの好奇心。
――面白い奴だ。
そう思ったから、聞いてみたくなったんだ。
「お前なら、作れるのか? って言ってんだ」
冷めても、ずっと美味しい。
食べる人を最後の一口まで感動させる、そんな料理を。
「できる」
即答だった
特に感情もなく、淡々と言ってのけるレイカ。
「にゃにゃ? ご主人、なんか楽しそうにゃ〜」
そう言われて、俺は自分が笑ってることに気付いた。
「じゃあ、見せてくれよ。お前の料理を」
「……私からも、お願いします。是非、参考にさせていただきたい」
俺と店長。二人の料理人の挑戦状のような言葉に――
「分かった。このパンケーキは、私が作り直す」
――レイカは臆することなく頷いた。
「……厨房と食材、借りていい?」
「ええ、どうぞお好きに」
店長に案内され、すたすたと歩くレイカ。
なにが始まったのかと、周囲の客達がざわめく。
「なんにゃなんにゃ? あの子、にゃんか楽しいことする?」
「さぁな。アイツ次第だろ」
あれだけ大口を叩いたんだ。
どんな料理をするのか、しっかり見せてもらうぞ!
店にいる全員から注目を受けながら、レイカは一切の緊張もなく準備を始めた。
相変わらずの、冷めた目で。
でも、その口元は少しだけ――笑ってるように見えた。
次回も乞うご期待!




