三章四話[甘くない女]
※挿絵あり!
「――いらっしゃいませ」
店内に入った俺達を穏やかな声が迎える。
奥のカウンター、静かに皿を拭いている男と目が合った。
あれが店長……かな? 白髪交じりの髪をしっかりと撫でつけていて、大人の余裕というか……落ち着いた雰囲気がある。
「シノ様……ですね? どうぞ、空いている席へ。ギリアン様から話は伺っておりますので」
「あ、はい、どうも」
促されて、俺は店内を見渡した。
全体的にレトロな雰囲気。テーブルも椅子も黒っぽい色の木材で揃えられていて、気分が落ち着く。
「人、多いにゃ〜」
「まぁな。さっすが人気店」
朝ご飯にはやや遅い時間……にも関わらず、それなりに客が入っている。
女性率が高いな。
そのせいで少しだけ場違い感があるけど、仕方がない。
上品なマダム達の間を抜けて、俺達は空いていた席についた。
「どうぞ。こちら、当店自家製の茶葉を使用した“黒茶”でございます」
そう言って俺達の前に優雅な所作でティーカップを置いたのは、店長らしき初老の男。
「あの……頼んでないですけど?」
「ええ。しかし、ギリアン様からアナタ方を丁重にもてなすようにと伺っておりますので」
「ギリアンさんが……?」
なに言ったんだよあの人。
まるでVIP客のような扱いを受け、俺は少し気恥ずかしくなった。
「メニューはこちらです。どうぞ好きなものをお頼みください。代金は既にポンタ商会の方からいただいておりますので」
「そ、そこまで……」
至れり尽くせりだ。
どこかの王侯貴族にでもなった気分だな。
「ご主人! レイ、これ食べたい!」
判断がはえーよ!
メニューを渡されて早々に叫んだレイに、心の中でツッコむ。
「さすが、お目が高い。そちらは当店で一番の人気メニューとなっております」
だろうな!
だって、表紙にデカデカと絵が載ってんだから。
「一番! 食べたいにゃ!」
「分かった分かった! じゃあ、とりあえずそれを二人前お願いします」
「かしこまりました。焼き上がりまで少々お時間いただきます。それまでごゆるりとお過ごしください」
丁寧なお辞儀をして去っていく店長。
結局、殆どメニュー見てないし。
でも……まあ、いいか。
実際、隣のお客さんもそれ以外も。皆同じものを頼んでるっぽいし。
「看板メニュー、ね……」
その事実に、俺の中で期待が高まる。
店長の気品ある背中を見送りながら、とりあえずとお茶を一口含んだ。
「む……っ!?」
香りの奔流。
まるで口の中に茶畑が広がったかのような。甘くて、渋くて、ほんのり苦い。舌に残る余韻は、まるで良い映画でも観終わったかのようだ。
「黒茶、か……」
見た目は完全にコーヒーだけど、味わいは紅茶に近い。それも、最高級の。淹れ方にかなりこだわっていそうだ。
「うにゃ〜、苦〜。ご主人よく飲めるにゃ〜」
「はは! お子様にゃ早かったな!」
いや年齢的にはコイツの方が上なんだけど。
などと……そんなやりとりをしていると、
「お待たせしました。こちらが、当店自慢の一品――」
皿を持って現れた店長。
『――料理人スキル、Lv向上。食材鑑定Lv5、発動』
アイテム名:太陽のパンケーキ
種別:料理
可食適性:〇
毒性:無
調味ランク:S-
効能:HP小回復、MP小回復、火耐性小向上、土耐性小向上、体力増強小、精神力増強小
主原料:黄金カムギ、コカトリスの玉子、一角牛の特濃ミルク、サニー糖、バンプル
ちゃっかりレベルが上がったことはさておき。
この皿……見ただけで分かる。
――これは、美味い。
太陽のパンケーキ。その名前の通り、黄金色に焼き上がった生地を見ながら、俺は息を漏らした。
「どうぞ、冷めない内にお召し上がりください」
言われるまでもない。
レイのやつなんか既にがっついてるしな。
「うにゃ〜」
幸せそうな顔しやがって。
よし。そんじゃ、俺も早速――
――パクリ。
口に運んだ瞬間、
「な、んだ……これ……っ!?」
溶けた。
ふわふわ、なんてもんじゃない。まるでわた飴だ。
噛む必要すらない柔らかさ。一体どんな焼き方をしたらこんな食感になるのか、意味が分からない。とんでもない技術だ。
そして、甘い。
麦と玉子と、砂糖。それ以外の食材も。タイプの違う全ての甘味が、達人の一閃みたいに口の中を通り過ぎていく。
極めつけは――
「是非、そちらの“果物”も一緒にお召し上がりください」
パンケーキの周り、太陽を象ったように並べられた、懐かしき果物――切り分けられた“バンプル”を、生地と一緒に口に放り込む。
すると、
「うおぉ……ッ!!」
爆発した。
生地のまろやかな甘さに、バンプルの弾けるような甘酸っぱさが加わって、全体の味を一段階引き上げる。
これは、凄い。
少なくとも、こんなお手軽に食べれていいものじゃねぇぞ。
色んなお店の味を再現するのが隠れた特技の俺だけど、これは……再現できないかもしれない。
スキルのレベルが違う
素直に、そう感じた。
「いかがでしょうか? お口に合えば幸いなのですが……」
「いや、これ……物凄く美味しいです!」
「ご主人の言う通り、うまうまにゃ〜!」
認めよう。負けた。
現代のものも含めて、これ以上のスイーツを、俺は知らない。
「それはよかった。将来有望な料理人の方にそう言っていただけたなら、私としても鼻が高いです」
「え? あ、俺の職業……それも、ギリアンさんから?」
「ええ、まあ……しかし、その装備を見れば分かりますよ。道具の手入れ……旅の中でもしっかりされているようですね」
成る程、流石はこの町一番のお店の店長……元宮廷勤めってのも伊達じゃねぇな。
「おっと、お食事の邪魔をして申し訳ございません。同じ料理人として、是非感想をお聞きしたかったものですから……」
「いえ、ありがとうございます。俺、正直こんなに美味しいパンケーキは――」
――食べたことがない。
そう言おうとした時だった。
「……まずい」
小さく、でも、はっきりと聞こえた。
少女の声で。
「……あなた、店長?」
隣の席からだった。
淡い水色の髪が特徴的な少女。
「これ、美味しくない……」
ソイツの冷たい目、冷たい声に、その場の空気が凍ったような気がした。
次回も乞うご期待!




