三章三話[甘い町]
※挿絵あり
甘い匂いがした。
大通り、港町らしい潮風に混じって、砂糖が焼けるような香ばしい香りが鼻を通り抜けていく。
「ご主人ご主人! アレ、美味しそう!」
前を行くレイがはしゃぎながら指を指すのは、並ぶ屋台でこれ見よがしに焼かれているお菓子。
「バームクーヘン……か?」
鉄棒に巻き付けられた生地を回しながら焼いていくスタイル。俺が知っているそれと、ほぼ同じものに見える。
確かに、美味そうだな。
「おっと! 欲しいんなら、ここは俺に出させてくれや!」
と、気前良く言ってくれたのは、横を歩くギリアンだ。
「い、いいんですか?」
「あったりめーよ! 俺の命があんのは兄ちゃんらのお陰だろ? 恩義にゃ報いるのが商人の流儀よ!」
「にゃー、さっすが! 太っ腹にゃー!」
レイのおだてに笑いながら、ギリアンは屋台の店主に注文を伝える。
まあ、いいか。ここで遠慮すんのも逆に失礼だろうし。
「……待たせたな! ほらよっ! コイツがパラモン名物、“車輪焼き”だ!」
「ありがとにゃー!」
当然のことながら、知らない名前の料理。
手掴みで食べやすいように包装されていて、店の配慮を感じる。
厚めに切られた黄金色の生地に、これは……ハチミツか?
甘く、そそる香り。
高まる期待と好奇心に負けて、俺は受け取った傍からソイツを頬張った。
瞬間、
「うにゃぁぁぁぁん!」
俺の隣から幸せそうな悲鳴が上がったのも無理はない。
――甘い。
そして、
「美味い!」
焼き立ての生地、表面はキャラメリゼされた砂糖でカリッと。中はふんわり&しっとり食感で舌を喜ばせる。これは、絶妙な焼き加減の成せる技。多分、いい卵を使ってる。生地だけでも絶品だろうに、そこへ濃厚な味わいのハチミツがかかってるんだから……もはや卑怯だと思った。
「ハッハッハ! そりゃ美味えさ! パラモンっていやぁ“甘味の宝物庫”なんて呼ばれてるくれぇ、菓子職人が多い町だからな!」
「へぇ〜、菓子職人……」
それは意外だ。
港町っていったら新鮮な魚介とか、そっちのイメージなのにな。
でも確かに、歩く町並みの中に見えるのは、スイーツや果物を扱ってる店が多いように感じる。
「交易も盛んだからなぁ。材料が手に入りやすいんだろうよ。近くの村でも砂糖やら麦やら作ってるみてぇだし」
「なるほどね……」
良い食材があるから、良い料理人が集まる訳だ。
砂糖を作ってる村か……ちょっと興味あるな。
「そういや、兄ちゃん達。王都に行くんだったよな?」
「まあ、そうですけど」
「もしかして、アレに参加すんのか?」
アレ?
改まった様子で聞かれて、俺は一瞬返事に窮した。
「違えのか? 近々、“フレア”っつーでっけぇ料理大会が王都で開かれるって聞いたんだが……」
「ああ……」
そのことか。
大会の名前は今初めて聞いたけど、おっさんが出ろって言った料理大会は、多分それだろうな。
それなら、
「もちろん、そのつもりです」
他の目的もあるけど、一応はその為にここまで来たんだからな。
俺が答えると、ギリアンは満面の笑みで、
「おお、そりゃあいい! 兄ちゃんみたいな料理人なら、優勝間違いなしだぜ!」
「あはは。どうですかね? 俺より凄い料理人なんて沢山いるだろうし」
ヴァルドのおっさん、とかな。
話しながら、俺の頭には炎の料理人の背中が浮かんでいた。
「なに言ってんだ! 俺も長いこと料理人って連中は見てきたがよ。そん中でも兄ちゃんは逸材だと思うぜ!」
「そうにゃそうにゃ! ご主人は凄いにゃ!」
「そ、そうか? まあ、ありがとな」
社交辞令、ではない。
そんな二人の言葉が、素直に嬉しかった。
「しっかし、そうか。兄ちゃんがフレアに参加するとなりゃ……商会としても黙ってられねぇな!」
「え? それって……」
どういう意味だ?
とは聞くまでもなかった。
「だってそうだろ? もし兄ちゃんが優勝して有名になったらよ。料理の材料はウチの商品を贔屓にしてもらわねぇと」
「ああ〜……」
そういうことね。
ギリアンのとびきりの商人スマイルを見ながら、俺は一人納得した。
「まあ、そうでなくても恩人だ。協力は惜しまねぇぜ!」
「ギリアンさん……ありがとうございます!」
仁義。
損得を越えたようなその言葉が、胸に染みるようだった。
「つーことで、さっそく投資させてもらうぜ! ほれっ、あの店、見えるだろ?」
そう言ってギリアンが指差した方向には、なにやらお洒落な雰囲気の建物があった。
「カフェ……?」
少し、アトリエに似ている。
テラス席完備。都会の表通りにありそうな開放感のある店だ。
「この町一番の甘味処よ! なんでも、元王宮勤めの料理人がやってるとかなんとか……」
「王宮の……」
それって、おっさんと同じ……?
「気になるだろ?」
「それは、まあ……」
同じ料理人として、味を確かめたい気持ちはあるけど。
見た感じ人気店っぽいし、入れるのか?
「よし! なら、行ってこい! 安心しな! もう俺の部下に言って、店に話は通してあるからよ!」
「え? いつの間に……」
仕事がはえーよ。
俺が女だったら惚れてるとこだったわ。
「にゃにゃ!? 美味しいの食べれるにゃ! だったら、さっさと行くにゃー!」
ドタバタと。
レイに背中を押され、俺は店の前に立った。
「そんじゃ、俺ぁここまでだ!」
「にゃ? 一緒に食べていかないにゃ?」
「ちょいと野暮用があんでな。後は、若い二人でお楽しみくださいってなもんだ!」
そんなんじゃねぇよ。
と、言い切れなかったのは、優莉によく似たレイの笑顔を見たせいだ。
「ギリアンさん。本当に、お世話になりました」
「おいおい、これで終わりじゃねぇだろ? 今後とも、ポンタ商会をご贔屓にな!」
そう言い残して、ギリアンは町の雑踏に消えていった。
まあ、そうだよな。
これで終わりじゃない。
生きていれば、また会えるんだから。
「さて、それじゃ……」
「行くにゃー!」
別れの余韻を背に、店の方に向き直る。
店内から漂う香りだけで分かった。
――格が違う。
そこらの屋台なんかとは、明らかに。
なんとも言えない、最高級な料理の予感に胸を躍らせながら、俺は店の扉に手を掛けた。
次回「甘くない女」
乞うご期待!




