三章一話[夢であるように]
『――沿岸部を襲った大規模な津波により、市街地を中心に甚大な被害が発生しています。死者・行方不明者は現在も確認中であり……』
無機質な声が聞こえて、目が覚めた。
――ここは……どこだ?
意識が、ゆっくりと浮上する。
これは……覚えのある感覚だ。
妙な浮遊感に包まれながら、俺は辺りを見渡した。
――ああ、またか。
知っている景色だ。
真っ白な天井に、真っ白な壁……現代的な病室。
窓際、真っ白なベッドの上には、無数のモニターとチューブに繋がれた“俺”の――“金田凌平”の姿があった。
――よぉ、俺。生きてるか?
夢のような浮遊感の中、俯瞰した視点で俺は俺のことを眺める。
なんなんだ、この状況?
そんな疑問に思考を持っていかれそうになった時――
――ガラリと。
突然ドアが開く。
その音に釣られて振り向くと、ちょうど一人の女性が病室に入ってくる所だった。
――“レイ”?
いや、違う――“優莉”だった。
――痩せてんな。
なんだか、随分とやつれて見える。目の下の隈が痛々しい。
――優莉!
疲れ切った顔でベッドの側の椅子に腰掛ける彼女へ呼び掛ける。
でも、届かない。
その肩に触れようと伸ばした手は、当然のように彼女をすり抜け、空を切った。
――くそっ、またかよ……!
会いたかった人。会わなきゃいけない人が、今そこにいる。
それなのに……触れられない。話すことも、叶わない。
「りょうちゃん……」
ポツリと、優莉が呟いた。
「今日も、来たよ……私、諦めないから」
そう言って、彼女はベッドで眠る俺の手をそっと掴む。
「少しだけ、容態も安定してきたって、看護師さん言ってた……ねぇ、覚えてる? “眞雪ちゃん”、ここの看護師なんだよ」
ああ、覚えてるよ。
懐かしいな。高校時代の思い出……優莉と眞雪。よくつるんでたよな。
ちゃんと、覚えてる。
そう答えてやりたい。
でも、できない。
――これは……夢なのか? それとも……。
分からない。
いや、なんでもいい。
優莉に会えるなら、なんだって。
「あ、そうそう。“アンちゃん”ね。今、私の家で預かってるから。猫飼ったことなくて不安だったけど、すごくいい子で……ご飯もいっぱい食べるのよ?」
そっか、そりゃよかった。
ありがとな。
帰ったら、ちゃんとお礼するよ。沢山、美味いもん作ってやる。
だから――
「――だから、安心して。いつでも、帰ってきてね?」
うん、待っててくれ。
伝わらない言葉を、それでも伝えた。
触れられないけど、優莉の手を握って。
そうしていようと思った。
せめて、夢が覚めるまでは――
――ガラリと。
ふいに、ドアが開いた。
二度目の音。それと共に病室に入ってきたのは――
「“たっ君”……」
――“巧実”だった。
羽黒巧実。
あの日、あの瞬間、トラックに轢かれて意識も絶え絶えな俺の傍にいてくれた親友。
――心配かけたな、こいつにも。
コンビニ袋を提げて突っ立っているそいつの顔を見て、俺は思った。
「優莉、来てたのか……」
「……たっ君もね」
巧実はベッドの傍に近付き、コンビニ袋からおにぎりを出すと、それを優莉に手渡した。
「お腹、空いてないか? 全然食べてないだろ?」
「いいよ。それ、たっ君のでしょ? 私なら平気だから」
全然平気そうじゃない顔で微笑む優莉。
「ちゃんと休めよ? お前まで倒れたら……」
「大丈夫よ。知ってるでしょ? 私、体だけは頑丈なんだから」
立ち上がって胸を張って見せる優莉。
それが強がりだと分からないほど、俺は馬鹿じゃない。
多分、巧実のやつも。
「やめろよ」
低い声で言う巧実。
「もう、やめろ……あれから、何ヶ月経った? その間、毎日毎日ここに来て……そんなんで、大丈夫な訳ないだろ!」
声を荒げる親友。その余裕のない姿に、俺の胸まで痛んだ。
「なあ、優莉」
「たっ――」
そこで優莉の声が途切れたのは……巧実が、彼女を強く抱き寄せたからだ。
「え? あの……た、たっ君?」
戸惑う優莉の声。
――へ?
あれ、なんだ……これ?
ちょ、ちょっと、待て。待ってくれよ。
巧実? お前、なにしてんだ?
「お前の気持ちは知ってる。俺だって、凌平には帰ってきてほしい。でも……」
でも、なんだよ?
「コイツがいつ帰ってくるかなんて、保証はない。このままじゃ、全部壊れる」
否定、できなかった。
「そんなの、見せたくない」
見たくない。
「だから、やめよう」
「な、にを……?」
今、優莉がどんな顔をしているか。俺には分からなかった。
意識が、薄れ始める。
ここじゃない何処かへ引っ張られる感覚。抗えない。
――おい、待てよ! まだだ。まだ俺は……。
もがく俺を尻目に、巧実は優莉の体をより強く抱き締める。
「無理しなくていい。俺も……俺だって、隣にいるから」
やめろ、取るな。俺の、台詞を。そこは、俺、の……!
黒く、遠くなっていく意識。
そのさなかで――
『――勇者を探せ』
そんな声を聞いたような気がした。
第三章開幕!
次回「荒波を越えて」
乞うご期待!




