表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インバース・クロニクル ~逆転料理人は異世界を救ってとっとと帰る~  作者: 夜長月虹
第二章【甚雨の邂逅編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/83

二章三十六話[全ては水の底]

***シノ視点***



 次に目を開けた時――そこにあった光景を、俺はきっと……生涯忘れることはない。


「カン、ナ……っ……」


 波が、止まっていた。

 海がひっくり返ったかのような水流が。

 島を飲み込もうとしていた災厄が。

 まるで、見えない壁にでもぶつかったみたいに。

 そこで、その場所で、完全に制止していた。


「す、凄い……」

「巫女、様……っ!」


 震える声。呆然と空を見上げている島民達。

 俺も、同じだった。


 ――風が、吹いている。


 荒々しく、でも優しい風。

 その向こうに見える――少女の背中。

 どんどん遠ざかって、小さくなっていく。

 それなのに。


 ――どうしてだろう?


 今は、その背中が誰よりも……海よりも、大きく見えた。


「ご主人……っ」


 泣きそうな声で。


「行、こう……」

「レイ……?」


 真っ直ぐな瞳が、俺を貫く。


「行くにゃ……行か、にゃいとッ!」

「ま、待てよ……っ! それじゃカンナが――」

「――カンにゃはッ!!」


 爆発したような声。俺は、喉が詰まった。


「カンにゃは……っ」


 レイの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。


「カンにゃ……笑ってたにゃ」

「っ……ああ……」


 そうだな。俺も、見てた。

 震えてたくせに、泣きそうだったくせに。

 それでも、アイツは――


「――なんで、だよ……っ」


 伸ばした手は、もう届かない。

 屋根にへばりつきながら、俺は項垂れた。


 ――風は、まだ吹いている。


 温かな風が、俺達の乗った屋根船を少しずつ港へ運んでいく。


『――後は、お願いします』


 そう言われているみたいだった。


「馬鹿、野郎ォ……っ」


 騎士達が光を打ち上げる。

 それはまるで、別れを告げる花火のようで……


「総員! 巫女……いや、カンナ殿に、敬礼ッ!!」


 乗り合わせた騎士達。島民。ギリアンや船長……それにレイまで。

 そこにいる全員が姿勢を正し、もはや彼方の少女へ礼を尽くす。

 太陽のような輝きが、夜の闇を照らしてくれていた。

 俺達の、行くべき道を。


「……レイ」

「……なんにゃ?」


 状況は、分かってる。

 もう……腹は決まったから。


「しっかり、掴まってろよ」

「っ……うん!」


 だから、カンナ……後は任せろ。

 せめて、ここにある命だけは、俺が――



『――再現スキル、【憤怒の境地】発動』



 噴出する白炎。船は再び、水上を駆け出した。


「うおおおおおおおおおおおおお――!!」


 水飛沫。

 景色が流れる。流れる。流れる。

 悲しいのも、悔しいのも、なにもかもを置き去りにして。

 振り返るな。前だけ見てろ。

 自分に言い聞かせて、俺は進む。

 そして――


「――着いた、着いたぞッ!」


 船長が叫ぶ。

 港は、まだ災厄に呑まれてはいなかった。

 白炎が消える。ガス欠。

 俺達の乗る屋根船は、水のない地面を勢いよく滑り――遂に波止場まで到達した。


「皆、船へ! 早うッ!」


 全員が船長の指示に従い、目の前の船に向かって疾走する。


あんちゃん達! なにボーッとしてんだ! 行くぞ!」

「ご主人……」

「……行こう」


 人の波。

 重い足を引きずりながら、ギリアンの後を追う。

 揺れるタラップ。一息に渡り切った。

 海が、文句有りげに波を立てている。


「生きろよ……」


 呟いた言葉は、風に溶けて消えた。 


「――全員乗っとるな! よし、帆を張れぇ! 出航ォーーッ!!」


 雨が降り始めた。

 嵐が、船の進行を遅らせる。

 まるで、俺達に『逃がさない』とでも言うかのように。


「邪魔すんじゃねぇ――」


 ――風が吹いた。


 追い風が、俺達の背中を押すかのように。


「カンナ……?」


 突風を帆いっぱいに受け止め、船は島を旅立った。


「――船長! 皆様も、よくご無事で……!」


 そう声をかけてくれたのは、船医イレーネ。


「うむ、どうにかのう……この者らのお陰じゃ。これだけの命を拾えたのは……」

「そ、そんなこと……っ」


 ない。やめてくれ。


「流石は、“フォルムの英雄”じゃな」

「……っ!? 知って、たんですか?」

「いや、知らんかったよ……じゃが、さっきまでのお主を見れば自ずと知れる。噂に聞く、フォルムの英雄……それが事実なら、その者はきっと……お主のような人間じゃろうよ」

「それは……っ」


 違う。

 俺は、そんな――


「――さあ、怪我をしている方は私の所へ! 船長、ハンナさんは……」

「む? ああ……」


 言葉を濁す船長。

 その肩に担がれているハンナ。眠り続ける少女の姿を見て、イレーネは一瞬目を見開く。


「っ……そう……ですか……」


 それ以上は、なにも言わなかった。


「後で、送ってやらねばな……儂らの流儀で」

「はい……」

「さあ、止まっとる暇はないぞ! 儂らの出番は、ここからじゃ!」


 それだけの会話を交わし、船長とイレーネはそれぞれの持ち場へ走っていった。


「皆……強えな……」


 俺は、こんなにも弱いのに。

 今にも、崩れてしまいそうなのに。


「英雄……ね」


 そんな訳、ないだろ。

 だって、俺は……俺には、誰も救えなかった。守れなかったんだ。

 救われただけ。守ってもらったんだ。

 たった一人の、女の子に。


「――ご主人! 後ろっ!」


 叫んだのはレイ。

 鋭い声に、俺は――島を振り返った。


「あ……っ……」


 風が、止んだ。

 災厄を受け止めていた、風が。


「カンナ……っ!!」


 もはや遠い景色。

 波が、島を呑み込んだ。

 容赦なく。全ての思い出が、全ての命が。水の底へ連れていかれる。

 なにも残らない。


 ――終焉。


 その中心で、天を突くような大蛇が、嗤っているように見えた。


「……ち、くしょお……っ」

「ご主人……っ……!」


 レイが、たまらず俺に抱きついてくる。

 その涙を受け止めながら、俺はその光景を目に焼き付け続けた。


 ――俺は、無力だ。


 その日、きっとこの世界の地図から、一つの島が消えた。

次回、第二章最終話

「止まない雨はないから」

乞うご期待!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ