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インバース・クロニクル ~逆転料理人は異世界を救ってとっとと帰る~  作者: 夜長月虹
第二章【甚雨の邂逅編】

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二章三十四話[蛇を喰らえ]

「は、ははは……っ」


 乾いた笑い。

 笑うしか、なかった。


「おい爺さんッ! そ、速度ッ! 速度上げろッ!!」

「分かっとるわい!」


 壁だ。

 壁が来る。

 津波――なんて生易しいもんじゃない。

 まるで海がひっくり返ったかのように馬鹿げたそれが、島に存在する全てを呑み込みながら、俺達を追いかけて来る。


「そんな……し、島が……っ」

「カンにゃ……」


 壊れる、全てが。

 沈む、全てが。

 例外はない。

 あらゆる景色が、あらゆる思い出が、あらゆる命が。

 なにもかもが、水の底へ。

 台無しだ。もう取り返しがつかない。

 この場にいる誰もが、絶望に顔を沈ませていた。

 分かってる。当然だ。

 失ったものが、余りにも多い。

 残った皆だって、心身共に消耗し切ってる。

 分かってるんだ。そんなこと。

 でも、それでも――


「――まだ、だ……」

「シノ、さん……?」


 終わってやしない。

 生きてる。

 ここに、まだある。火は、まだ消えちゃいない。

 俺達は……まだ生きてるんだから。


 力なくへたり込むカンナへ、精一杯の笑顔を向ける。


「まだ沈むには早いぜ。顔、上げろよ。言われたろ? お前が――」


 父に、姉に。

 託されたもの。


「――守れ、って」


 諦めてる場合じゃねぇ。

 例え今日ここで世界が終わると言われても、俺は……俺達は、まだ諦めねぇ!


「守る……ワタシが……」


 カンナの瞳に、少しだけ光が戻ったように見えた。


「にゃははー! さっすがご主人! 諦めが悪いにゃ!」

「つっても、どうすんだよあんちゃん!? あんなもん!?」


 笑うレイと対照的に、ギリアンが悲鳴じみた声をあげて後ろの絶望を指差す。


「どうもしねぇよ! とにかく、逃げんぞ!」

「そうしたいのは山々じゃがな……これ以上、速度は上げられん! すまぬ!」


 その言葉に、数人が顔を引き攣らせる。

 決して、遅いわけじゃない。

 俺達が乗ってる屋根船も、常識外れな速度で水上を滑っている。

 それでも、迫り来る水の壁の方が早い。

 後何回か呼吸をする頃には、俺達もアレに呑み込まれるだろう。


「……このままなら、な」


 歩く。

 船の後ろへ。

 騎士達に手当てをしてもらったお陰で、傷は殆ど治ってる。体力も、少し戻った。魔力は……心許ないけど、ゼロじゃない。少しくらいなら、また無理ができる筈だ。

 そんな俺の気持ちを察したのか、レイが後を付いてくる。


「ご主人、なにかやるにゃ?」

「ああ……魔力、あんまねぇけどな」


 ガス欠間近。でも、やるしかない。


「ん~……だったら、これ使える?」

「なんだ……って、は!? おま、これ……っ」


 レイが懐から差し出してきたものを見て、俺は目を見開いた。


 ――蛇だ。


 それも、ただの蛇じゃない。

 黒い鱗の死神――サイレントスネーク。

 その茹で上がった死骸が、何故かそこにあった。


「なんで持って来てんだよ!?」

「だって、熱々でにゃんか……美味しそうな匂いしたから」

「美味しそう、って…………っ!」


 そこで、脳内に電流が走った。


「待てよ……食える、蛇……?」


 蛇といったら、滋養強壮――


「――それだッ! レイ、ナイスッ!」

「にゃにゃ!?」


 そうして鍋と包丁を手にした俺のことを、全員がポカンとした表情で見ていた。


「お、おいあんちゃん! なにやってんだ!?」

「見りゃ分かんだろ? 料理だッ!!」

「いや分かんねぇよ!?」


 騒ぎながら、俺は素早く蛇の腹を切り裂き、内臓を取り除く。

 既に茹で上がってるからか、皮も肉も柔らかい。

 作業がスムーズに進む。


「あらよっと!」


 肉をぶつ切りに。その過程で出てきた蛇の血は――


「――ギリアンさん! アンタ、強い酒とか持ってねぇか?」

「はぁ!? どうすんだそんなもん!? まさか呑むってんじゃ……」

「いいから! 持ってんのか!?」

「まあ、持ってるけどよ……」


 そう言うと、ギリアンは背負っている鞄から見るからに高級そうな酒瓶を取り出した。


 さっすが商人!

 まあ、だから聞いたんだけどな!


「それ、貸して……いや、買うから、くれ!」

「待っ……っ」


 時間がない。

 返事を待たず、俺はギリアンの手からそれをひったくった。


「よし、そしたらこれに……」


 瓶の蓋を開封。

 その瞬間、芳醇なアルコールの匂いが鼻を満たす。

 そこへ、俺は蛇から採取した血液を大雑把に入れ、混ぜ合わせた。


「ぅおおい!? そりゃ最高級品だぞ!? なにしてんだあんちゃん!?」

「蛇の血酒だよ! 体に良いぜ! 多分な!」


 話しながら手は止めない。

 今度は肉。

 手持ちの塩、生姜やニンニク(みたいな香味野菜)で下味を付ける。

 そうしたら鍋に多量の油を敷き、



『――再現スキル、【憤怒の境地】発動』



 白炎を纏った体で、一気に温める。

 その滾った油へ、蛇肉を豪快に投入。火力全開で、瞬時に揚げた。


「よっしゃ!」


 完成!



『――料理人スキル。食材鑑定Lv4、発動』



 アイテム名:沈黙の血酒

 種別:料理

 可食適性:〇

 毒性:無

 調味ランク:A−

 効能:HP中回復、MP中回復、身体能力ALL小向上、毒耐性中向上


 アイテム名:沈黙蛇の素揚げ

 種別:料理

 可食適性:〇

 毒性:無

 調味ランク:A

 効能:HP中回復、筋力小向上、毒耐性中向上



 味は二の次。

 とりあえず、これで食えるようになった。


「んじゃ、早速……」


 揚がった蛇肉をひと思いに口へ運んだ。

 バリバリと、皮と鱗が衣のような音を立てる。続けて、鶏の胸肉のような、弾力のある食感と旨味が口内に広がった。


「っ……意外と、いけるな」

「ホント!? レイも、レイも食べる!」


 がっついてくるレイに蛇肉を渡しながら、俺は口内の油を流すように血酒を煽った。


「くぅ~……キッツいなコレ」


 喉が焼けるようだ。

 蛇血の独特な風味も相まって、とても美味しいとは言えない。

 だけど――


「う、おおぉ……っ!?」


 力が漲る。熱が上がる。

 まるで蛇のように、活力が全身を駆け巡っていくのを感じた。


「っしゃ! 全快!」


 レイ以外の全員が俺のことを変な目で見ている気がするが、そんなことはどうでもいい。


 今は――動け!


 俺はダッシュで屋根船の最後尾へ。

 水の中へ飛び込み、ビート板の要領で船の端を掴む。


「飛ばすぜ! 皆、掴まってろよ!」


 その瞬間――両足からジェット機みたいに白炎を噴射。

 その推進力で、船の速度を爆発的に引き上げた。


「にゃーー!! はやい、はやーい!! にゃはははーー!!」

「す、凄い……波が、離れて……っ」


 楽しそうなレイと、唖然としているカンナ。


 ――よし、いける!


 この速度なら、皆生き残れる。

 その場に安堵の色が浮かんだ――その時だった。


『――アハはっ!』


 嗤い声がした。

次回「波風は彼方へ」

乞うご期待!

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