99.イーサニア侯爵家
本日2話目の投稿になります。ご注意ください。
マインツによれば最近行方を眩まして騎士団が捜索していた王太子の教育係の男が王宮内にも立派なフェンリル神殿があるにも拘らず、度々フェンリル大神殿の懺悔室に通っていたことに疑問を抱き内偵をしていたのだという。確かに懺悔をするだけなら王宮内の神殿で十分だろう。
「殿下になぜ我々騎士団の護衛ではなくウィンテル嬢の護衛でミランダを呼び戻そうとしたのかそれとなく聞いてみた。そうしたら教育係にそう奨められたとあっさり吐いたよ」
「ウィンテル嬢が病床に当時いらっしゃった事を伏せて、か?」
「ああ。それからうちのフィナが襲われた事件あったろ?クーデリア男爵令嬢の手の者に。あの日に居た場所はやはり教育係の男に自慢していたらしい、余の秘密の場所だと」
「…………目も当てられんな」
だが仮にも王太子に教育を施す者。適性や家族、交友関係。トラブルの有無。階級や宗教、一族の系譜も含めて十分に審査したはずの彼が何故敵対的な行動を取ったのか。第一、殿下が幼い頃からの担当だ。
「腑に落ちんな。なんだって急に。奴は敬虔なフェンリル信徒だったはずだ。娘も巫女見習いとして…………」
「それだ。大神殿の広報で巫女様方が神託の儀式をと言っているがそれはカモフラージュだ。実際のところ神託を行っても無意味だからな」
「……奥の院に押し込められたか。神殿騎士団はどうした?」
「何人か副神殿長派に付いたが今のところは機能している。だが、それも備蓄食糧次第かもしれん」
「…………奴らの要求は何だ?マインツ」
「第二のギルドギダンを起こす為の“器”だと思われる」
「……つまり、うちの血筋にいる少女か。だがそれでも降臨が成功するとは思えないがな」
我がイーサニア家の大元はレンシェ家だと言い伝えられている。フェルリシア様が直系であるのにたいして我々は傍系でありいくつかの種族間交配を経て男子も生まれるようになってしまい女系の血はかなり薄まってしまった。だが、稀にミランダのような濃い血を持つ娘が生まれて来ることがありその場合は時代と場所に応じて対処を行ってきたのだ。
「こうなるとフィナちゃんとうちのミランダ、それに一族の年頃の娘たちがウィシュメリアにいることは幸運だな」
「ああ、幼い弟妹たちも今、極秘にうちの屋敷に集めさせている。今夜にでもフェルリシア様に頼んであちらに送る腹積りだ」
と、マインツが通信が着たのでと補佐官の控える隣室へと席を立った。しばらく隣室にて会話をしていたようだがさほどの時間を経てずに戻って来たその顔は苦虫を噛み潰したようなものだった。
「……死体でもでたか?」
「教育係の凍死体がな」
「封じられたか」
「その上部位破壊された。蘇生も無理だ、フェンリル大神殿以外では」
どうにも後手に回っている感じがする。それにデービスは本当に降臨なんかで権力が手に入ると信じているのだろうか。直系でもなく寵愛を受けているわけでもない少女に降ろしたとてその時点で“器”は魂レベルで崩壊してしまうのは目に見えている。ミランダでさえ良くて廃人、というところだろう。そしてギルドギダンの再現と言うわけだ。権力以前の問題だな。
「ファリシェの連中としては望むところだろうがな。聖騎士団を滅ぼされた恨みは深い、そして多神教世界が憎いと」
「ただの逆恨みだろ、盛大な。だいたい仕掛けてきたのはあっちで勝手に返り討ちにされただけだしな」
いい迷惑だがいい加減ここらで幕引きを図りたいものだとおもう。狂信者に生活を脅かされ続けるのはうんざりだし、娘たちには曇り無い未来を生きてほしいのだ。
***
職務に戻る、と立ち去ったマインツを見送り再び執務机に戻って政務の続きを始めて数時間。マインツより無事に送ったとの報告を受けて少し安堵する。ウィリアムにはしばらく頭が上がりそうにないが不安の種は取り除かねばならない。これで少しは先手を打てただろうか。今日も吹雪が酷い、この辺にて切り上げるべきだろうか。
「何かを忘れているような気がするな……」
「失礼します、閣下。陛下が執務室にて待つとの御言葉です」
「分かった。ご苦労」
このタイミングでの呼び出しに良い感触はあまりない。どちらかというと悪い予感しかしないのだが。
「陛下。お呼びと伺いまして参上致しました」
「うむ。……そなたで最後じゃ、参ろうかの」
陛下の執務室にある重厚な書棚にある一部に手をかざし合言葉を呟けば一瞬にして隔離された別室へと転移する。確かに私が最後のようだった。乙女と戦士が揃っている。
「さて始めるとするかの。アリス、説明を頼む」
「はい。大神殿長から救援要請が届きました。内容は巫女見習いの少女の奪還です」
「……教育係の娘か?」
「その通りです、ディアス」
「大神殿長と神殿騎士団、巫女様方は見習いも含めて奥の院に軟禁されています。外部へのルートは雇われた傭兵に封鎖されたとの事」
この状況下で弱みを握る少女に何かを強要するとしたら何だ?大神殿長自らが救援を求めるような内容とすれば影響力が大きいものとなる。ファリシェの連中が第二のギルドギダンを求めるとするならば……
「虚偽の神託公表か。この極限状態にてイーサニアの血筋を暴露し生け贄でも求めるかのような」
「可能性は高いのぅ。シャルロットよ、未だ監禁場所は判明せぬか?」
「申し訳ありません。ただ、地上では無い可能性が高いかと」
大神殿の地下には古い時代からの地下室があることが分かっている。ダナン帝国時代には南方の蛮族たちを捕えて拷問を行ったとされる曰く付きの地下室もある。外に通じる今は忘れ去られた避難通路もあったはずだ。
「ともあれ我が王国はギルドギダンの教訓に伴い、過去に制定した人身御供禁止法を遵守する考えに異存はない。従ってそのような神託であれば余は即座に反対するでの」
「陛下。そもそもとしてこの異常な天候はたかが権力闘争くらいでナーシャ様はお怒りになりますでしょうか?」
「む?」
「何かを見落としている気がしてならないのです。この異常天候がナーシャ様のお怒りなのであれば救出対象は暴発のきっかけ程度に他ならないはず」
「ふむ。ディアスの意見も最もだの」
異変の始まりを突き詰めれば“狩り”のシーズンオフ手前から吹雪始めた雪原だろうか。夏場においても溶ける事が無い雪原には昔から最上位精霊、氷属性のフェンリルが住まうとも聞いている。
「陛下、雪原には何か遺跡のようなものはございましたか?」
「む……確か伝承に《夜の虹に至る塔》と言う幻の塔があるんじゃが、あの雪原に構造物はないぞ?」
以前サーレントの奴と小型飛空艇にて調査したことがあるからの、と陛下は仰るが長い年月で雪の下に転移陣が隠れてしまった可能性もある。それに、狩りのシーズンオフ手前からと言うのも気になる。
「陛下、やはり私はその遺跡が怪しいと考えます」
「ふむ。ならばディアスよ、根拠を述べよ」
「今年の狩りは非常に異質で非常識な規模でした。そしてその発生源は人為的なものであったと報告を受けています。次に遺跡の伝承ですが“夜の虹”とはオーロラ、そこに至るとなれば創造神様がいらっしゃいますオーロラ島ではないかと推測できます」
「なるほどの。続けよ」
「はい。通常であればあの時期に雪原に行く人間などほとんどいませんのでそんな人間がいれば否が応でも我々の耳に入りますが、我々は狩りに気を取られていましたから誰かが向かっていても気にしなかったと思われます。従って、私は今回の狩り騒動は陽動だと考えます」
「次に大量に流入した傭兵ですが、王都にいるとされる推定人数と発行されている簡易護符の枚数に開きがある可能性が高いと考えています。これらは恐らく“塔”の攻略に向かったのではないかと」
「ではディアスよ、結論を述べよ」
「“塔”は“聖域”に通じるものであり、“ファリシェの右手”は大神殿を囮に、精霊神さま方の安寧を破壊せんがために現在攻略を進めている最中で、この異常天候はフェンリル神ナーシャ様からの警告と受け取るべきだと思います」




