100.フェンリル大神殿
《パチパチパチパチパチパチパチパチ》
突然部屋の隅の方から軽やかな拍手が響きわたる。
『すごいわね、よくもまあ少ない材料で導きだせたものよね』
「な、ナーシャ様?!」
『あー、いいよそのままで。ディアスは流石ね。ご名答よ』
「では我らは塔を掃除というわけかのぅ」
『そうなるわね。一応私の化身が“至る”間の門番してるけど異教の神々は何をしてくるかわからないから早めに何とかしてちょうだい?サービスで入口への転移陣をここに作るわ』
久しぶりのアリスは良い匂いしてるわね、とナーシャ様がまとわりついているのを半ば無視しつつ攻略に必要と思える人員や装備、物資をリストアップしていく。
『あぁそうそう。愛し子に頼まれたから大神殿の方は気にしなくていいわ。悪い子にはしっかり反省してもらうから』
「…………ほどほどに頼む。これ以上私の仕事を増やさないでいただきたい」
『ディアスは苦労性よね。風通し良くしてあげるんだから再来年までには大神殿のお掃除もしっかり頼むわよ?じゃあ、塔のお掃除よろしくね』
「やれやれ相変わらずじゃの、あの方は…………王宮の方は余に任せて塔はお主等に任せる。アリス、シャルロット、ミーシャ、マインツ、そしてディアスよ。死ぬでないぞ?」
「「「「「御意」」」」」
***
相も変わらずこの異教徒たちは昔も今も変わらない、とナーシャは眼下の忌々しい光景を醒めた眼差しで眺めながら思っていた。
自分に仕えるはずの見習い巫女の少女はすでに意識が無いのか群がる複数の男たちにされるがままに蹂躙され続けている。とっとと終わらせよう、ナーシャは溜息を吐いて大神殿の地下、かつては封印されていたはずのとある地下室へと姿を顕わした。
『大の大人がそんな年端もいかない少女に群がるとか異教徒はよほどもてないのね?』
「な、なんだてめぇは!どこから入りやがった!?」
『ここは私の庭みたいなものよ?どこからでも入れるわ』
異様な熱気に包まれていた室内が一気に冷えていく。惨状を陰部丸出しのまま眺めながら酒を飲み下品に少女を嗤っていた数人の男たちが突然顕れたナーシャに驚いて向き直る。
『汚らしいもの見せないでくれるかしら?ファリシェが嘆くわよ。ま、いいわ。そこの猿みたいに貪っているのも含めて今すぐにその娘から離れなさい。そうすれば殺さないであげるわ』
「あぁん?何をふざけたことを……てめえもこいつみたいに可愛がって」
「な、なんだ?足が氷に覆われ?!」
「ば、ばかな!護符の効果が消えているだと?」
『バカはどっち?どうして私が異教徒で私の大事な可愛い子に害為す貴男たちを守護しなくてはならないのかしら?』
ナーシャの放った言葉の意味に気が付いた男たちは少女を、既に白く霜が付き始めた床のうえに放り出すと手に手に武器を掴みナーシャに襲い掛かろうとするのだが。
『私はファリシェほど優しくも慈悲深くもないの。……さよなら?』
にっこりと見る者全てを絶望のドン底に突き落とすような威圧感を放つとてもいい笑顔でナーシャはパチンと指を鳴らし一瞬にして少女以外の全てを厚い氷に閉ざすと、僅かに胸を上下させている少女を抱き抱えてそのまま奥の院はナーシャが本来降りる場所へと転移する。
『大神殿長、とんだ大失態じゃない?ファリシェの狂信者を大神殿に入れたばかりか私の巫女を犠牲にされるとかさ?』
《ナーシャ様?!》
ナーシャの腕の中で異臭を放つ汚れに塗れた見習い巫女の少女に気が付いた巫女たちがあわてて駆け寄り少女を引き取ると治療に取り掛かり体内外の洗浄などを泣きそうになりながら始めていく。
『その子は良く理不尽な責めに耐えたわ。だから私の寝所にて休ませなさいな。それからファリシェの信徒が持つ加護は剥奪した、あとの掃除はよろしく』
ナーシャの言葉に奥の院を守っていた神殿騎士団の半分が神殿騎士団長に率いられて副神殿長と加護を失い身動き取れなくなった者たちの拘束に出発し、奥の院にて務める巫女は総出でナーシャの寝所にて少女の世話を開始する。
『リーシャ。時には非情になることも大事。いいわね?……挽回のチャンスはあげる。三年以内に隙の無い体制を作りなさい』
「はぃ、ナーシャ様。申し訳ございませんでした……」
『あとは任せるわ。私は寝所にしばらくいる。“神託”は必要かしら?』
「いいえ。ごゆるりとお過ごしくださいませ、ナーシャ様」
ナーシャの為だけに造られた寝所の非常に寝心地の良さそうなベッドには本来筆頭巫女だけが身に付ける事を許される衣装を身に付けた先ほどの少女、セレナ・ランシェが全てを清められた状態で寝かされている。このベッドに入れるのはナーシャと筆頭巫女ただ二人だけ。だから巫女たちは主の言葉に躊躇う事無くそして長年不在だった筆頭巫女に就くことになる少女がいきなり身に浴びた不幸に我が身のように嘆き悲しみ、そして安らぎをと未だ昏々と眠り続ける少女のために働いていた。
『…………ランの、か。普通に出逢いたかったわ』
ナーシャは眠るセレナに残る懐かしい面影に安堵を覚える反面、大切な友人の、姉妹の、娘たちの想いが再び踏み躙られた事にやるせなさを感じていた。
『メインヒロインは私じゃないもの。歴史を紡いでいくのは貴女たち。脇役はこの辺で退場かしらね……ま、エレンに少しは借りを返せたかしらね』
くすっと小さく少し寂しげに微笑むと側に控えていた馴染みの巫女たちに後を頼んだナーシャは少しずつ輪郭をぼやけさせながら消えていったのだった。
***
『ただいまーエレン』
「おかえりなさい、ナーシャ。首尾はどうなの?」
『予想外が一つ。悪くはないけど……』
「ふぅん。ま、仕方ないんじゃない?ナーシャたちって全能じゃないんでしょう?」
『ん、お父さんだったらそうだけどね』
降臨中は基本的に張られている結界の中でエレンはナーシャの為にお茶を入れて差し出す。
「それで予想外、って?」
『救出した子がラン・エンシェの末裔だった』
「あら。……筆頭巫女さんになるのね、その子。良かったじゃない……少し寂しくなるけど」
その子に寵愛、移すのでしょう?とエレンはナーシャに微笑む。
『移せないわよ?』
「へ?」
『寵愛はね、基本的には対象が死ぬか子供を産まない限りはそのままよ?エレンはリリーと同性婚するのでしょう?だからあたしの寵愛は貴女が死ぬまでずっとよ』
エリスも移せないというか移す気はなさそうだけどね。そう言うナーシャはにこりとエレンに笑いかけると、
『貴女だってフェルリシアの子供なんだからちゃんと由緒は正しいのよ。それに、さ。いくら事情が変わったからってコロコロ対象変えたりしたら私の大好きなエレンに失礼でしょ?』




