97.精霊王国の冬
最終改稿日2015/04/22
段々と日中の気温も下がり始め遠くの山々の頂きには冠雪が目立ち始めてきた。ミランダちゃんによればコッタンはもう都市部で積雪が始まる頃だという。ただ、今年は例年よりも早く雪が降り始めたといい王都カミュイ以北に広がる年間を通して消えることのない万年雪で覆われた雪原や、創造神様がいらっしゃると言われるオーロラ島の氷原では秋頃から雪が降り始め今は吹雪いているとの事。フェンリル大神殿では主神であらせらるナーシャ様が膝元の乱れを嘆いていらっしゃるのではないかとの噂がまことしとやかに流れているとガイウスおじさまが仰ってましたとミランダちゃんが教えてくれた。
『うーん、コッタン国内の情勢は思ったよりも不透明というか。何か良く分からない感じなんだね』
「私も詳しくは教えて貰えてないのですが、例の同意書は恐らく全員分貰えると思います。あくまでもお父様からの感触ですけれど」
なぜ不透明なのが私にも分かるのかというと、それは精霊王国コッタンの冬は他国とは違い一歩対応を誤れば大量の凍死者・氷結者を出してしまうくらいの寒さという特殊性にある。もちろんこれは耐寒の魔術結界を施されているはずの主要都市での話だ。結界外は基本的には専用の護符が必要でそういった護符は冒険者ギルドや騎士団、神殿騎士団などで管理しているのが普通だ。
コッタンの主要都市はウィシュメリアでいえばレイニームーンと同じタイプで厳冬期間を考慮して魔術結界を設置した高い城壁で生活関連設備や農地を囲い込んでいる。一般市民向けの都市間移動は専用の転移陣があり隣接する都市を結んでいる。転移陣が設置されていないような小さな町の場合は国民であれば生後手続きを経て国から与えられる護符で、外国からの旅行者であれば滞在期間に限って使うことが出来るようにした時限方式の簡易護符を装備しての徒歩移動になる。最近では導力機関を組み込んだ異世界日本でいうような自動車みたいな物の研究をしているそうだけど機関の小型化がうまくいかないとスノーティア先輩が苦笑していた。
「実はコッタン以外の冬は初めてなんです。こちらは比較的暖かいとは聞いているのですけれど」
『コッタンの寒さはナーシャ様の息吹きそのものだからね。護符無しじゃ生きていけないし』
その護符は賢者の学院カミュイ支部が基本的に作成しているのだけれど今年は簡易護符の発注数がどういうわけか予想以上に増加傾向にありウィシュメリア支部にも作成の応援要請が来て担当部門が大変な事になっているらしい。
この増加をどうみるかによって反応が別れるのだろうけれど私は傭兵の類が流入しているのではないかとみている。旅行者や巡礼者にしてはこんな混乱が起きるほど入国するというのは考え難い。フェンリル大神殿の大祭とかなら分からないでもないけれど今年はその年でもないし。依頼を受けている冒険者ならギルドが貸し出すので混乱が起きることはない。商人などの流通はこの時期逆に減る傾向にあるし。
『ガイウス様は何も?』
「はい。ただ、学業に励み異国の生活を楽しみなさいとしか……」
『フィナリアさんはどう?』
「こちらの生活に馴染み始めてくれていますけれど、ミーシャおばさまと会えないことが寂しいようです」
『そっか。でもそちらはミランダちゃんに任せるよ。付き合い長いでしょ?』
「もちろんです。じゃあ早速行ってきますね、お姉様。お邪魔いたしました」
ベッドの上からフィナリアさんが来てからより笑顔が溢れるようになったミランダちゃんを見送った私は主従関係という無意識が残るセレスちゃんたちとの関係とは違う、同郷の親友というフィナリアさんとの関係がもたらしている思った以上の成果に安堵している。フィナリアさんの方も落ち着いた環境と気心の知れたミランダちゃんと言う存在に異国ウィシュメリアでの生活というスパイスが効いて屋敷の中であれば一人で歩けるくらいには回復し、ミランダちゃんが自由になる放課後や週末が楽しみだと言う雰囲気にまでなっている。次の週末はマリア先輩と葉月ちゃんの案内にアイシャちゃんの護衛で王立地下図書館見学に行くそうだ。…………私の体調が万全じゃないのが恨めしい。
『……ぁ。フラウちゃんたち、今年は山から降りてくるのが早い……今年は去年よりも雪降るのかなぁ』
窓の外をふよふよと私の方を心配そうに見てはふわりとした風に乗ってまるでダンスでもしているかのようにいく見慣れた、可愛らしい少女の姿をした氷の中位精霊たちを見ながら思わず呟く。とりあえず大丈夫、と彼女たちに小さく手を振って微笑み見送ってから私は身体をベッドに預けて毛布と羽毛布団を被り一眠りすることにした。
***
「フィナ、加減はどう?」
「うん、大体大丈夫かな。元々身体が弱いわけじゃないし古王国は精霊王国に比べたら暖かいもの」
ミランダは敬愛するウィンテルの部屋を辞した後にフィナリアの部屋を訪れていた。だいぶ顔色の良くなってきた親友は今日はベッドの上ではなく、寝間着の上にカーディガンを羽織って暖炉の側にやや近い椅子に腰掛けてお茶を飲んでいた。
「いつも来てくれてありがとうね、ミランダ。学業で疲れているのに」
「どーせ通り道だから気にしないで。それより退屈はしていない?コッタンで流行りの小型音楽記録盤とかガイウスおじさまから貰って来たのだけれど、どう?」
そういってミランダは数枚の銀色に光を反射する魔法金属製の薄い円盤状のディスクが収められた紙製のパッケージをカバンから取り出すと、同様に手元で音楽を再生できる小型の専用魔導再生機とともに差し出す。一昔前までは録音盤と大掛かりな再生装置が必要だったのだが、近年は色々な研究が実って小型化が進みまだ若干高価ではあるものの庶民でも買えるような値段で出回り始めていた。
「いつも悪いわね。次の外出のランチは私が持つわ」
「そんなの気にしなくていいのに……」
ひとしきりお喋りを楽しんだ後にミランダはフィナリアに少し暗い表情でカミュイの情勢を告げる。
「今年の冬はこっちで越す事になりそう。帰省は無理みたい……」
「そんなに……?」
「うん。お父様が帰ってくるな、って」
「宰相様が言うようじゃ相当だよね。でも、そこまで予想されているなら対応策も考えているんじゃないの?」
「うん。心配はしなくていいって言ってたよ、フィナのお父様も傭兵ギルドと協定を結んで治安維持を何とかしようとしてるみたいだし」
「……となると、あとは大神殿の筆頭巫女様の不在問題なのかな。エンシェ家から連なる直系の血筋が途絶えてからもう十数年。傍系の巫女様方で何とかしてきているけれど……」
「神殿内部の権力争いも激しさを増しているみたいだしね。ナーシャ様がお嘆きになりそうな状況よね」
巫女様方は外部の権力争いをよそに和気藹々と仲が非常に良いだけに迷惑な話だとミランダとフィナリアは思っていた。
「……っと、もうこんな時間。護衛の人たちに悪いしそろそろ帰るね、フィナ」
「うん、こっちは治安が良好とはいえ気を付けて?ミランダ」
「ありがとね、フィナ。また明日」
「うん。ばいばい」
最初のうちは色々警戒して集団行動していたミランダたちではあったが、やはり色々と不便や不都合も出て来たのでウィンテルからフェルリシアを通して特殊技術協会理事のスプリングフィールド家に協力を依頼し、移動時は基本的に馬車で護衛兼御者を派遣してもらいその他に必要最低限の身辺警護人を付けて貰える事に落ち着いていた。
伯爵家の屋敷を後にして自分たちが借りている学院の寮へ向かう間ミランダは今年の冬が何事もなく過ぎ去ってくれる事を祈らずにはいられなく、向こうに残してきた両親や幼い弟妹たち、セレスたちの家族たちの事が心配になっていたのだった。




