96.先輩と後輩
「ふーん、なかなかに面白いわねぇ。ウィンテルとアイシャの前世世界の文明って。私の専門に生かせるかしら?」
『魔導工学でしたよね?先輩の専門は……』
「そ、いつかはウィシュメリアにも飛空戦艦飛ばせるくらいの導力機関を。が目標ね。今は遺失知識だけど同じ人間が作ったものなんだから不可能じゃないはずっ!」
ぐぐぐっと拳を握りしめて天井目がけて突き上げるスノーティア先輩。何もしていなければ優雅に見える貴族令嬢、なんだけれどもひとたび自分の専門分野の話に入ると周りが見えなくなってしまうことが度々あるような研究者モードになってしまい初対面のひとはそのギャップに良く引かれているらしい。
とは言うものの前学院長のようにやるべき事すら忘れて没頭するという事は滅多に無いそうで責任感をきちんと備えた“出来る”人間だから今回白羽の矢が刺さったらしい。
「そういえばアイシャ。頼んでおいたリストアップ、まだかかりそう?」
「女の子たちからの情報、纏めてますのでもう少し待ってくださいよ。あたしが動くと隠れてしまうので手間かかるんですよね」
「それはそうでしょう?“笑う魔女”に大事なところ踏み潰されたくないわよ、普通は」
リストアップするほどまだ不穏な男子生徒いるのかと、軽く眩暈を覚える。スノーティア先輩が次期学院長となった時点で多分アイシャちゃん使って選別するんだろうなぁって思っていたので目の前の飛び交う会話には驚かないけれど。
スノーティア先輩は私の誘拐監禁事件のあと、関与した男子生徒の実家を念入りに政治的・経済的に追い詰めて没落させてしまった“実績”を持っているからだ。それくらいの実力を先輩の実家は持っている。
「だいたいね、私たちの世代以降も女子生徒の地位が低かったのって学院の権力構造が男性社会だったていうのもあるわけ。だからウィンテルのお母さん、フェルリシア様は後継者に女性であることを指定したのよね」
男じゃ女の子の苦しみなんて理解できやしないし。ウィリアム様みたいな方は大抵重要な役職就いてたりするから。と先輩は苦笑している。それについては私も同意するしかない。だってそれがお爺ちゃんの時代までの事実なんだから。
「っと、もうこんな時間なのね。アイシャ、出来れば今週末までにある程度形にして出してちょうだいな。そしたら来週からは来年度入学予定者の方お願いね」
「ちょっ、先輩、人使い荒すぎ……」
「その代わり貴女の学内における個人制裁に目を瞑っているじゃない。一応、ある程度は苦情来てはいるのよ?“被害者”の家族から」
「うっ!……わかりましたよ、やりますってば」
「よろしい。じゃ、戸締まりと暖房の始末よろしくね。あと、寄り道しないで今日は真っ直ぐ帰りなさいよ?貴女たち」
スノーティア先輩を見送り学院書庫の戸締まりを終えた私たちは言われたとおりに帰宅の馬車に揺られるのだった。
***
ミランダちゃんにスノーティア先輩からの指示を伝えてそれから暫く何事もなく日々が過ぎた、その週末。私の部屋は久し振りに賑わっていたのだった。
「くそー、実技は得意なんだが筆記試験は苦手なんだよ……」
「エレンちゃん、ここ違うよ。年代はこっちが古いもの」
卒業試験を控えてエレンたちが試験勉強を何故か私の部屋でやっているのだ。まあ、困っている後輩たちの手助けするのは別に構わないし、私の試験勉強資料はとって置いてあるから私の部屋の方がいろいろと便利だし。
『貴方たち、人より一年間余計にやってるんだから無様な結果だけは出さないようにね。私とアイシャちゃんみたいに、とは言わないけれど』
「首席とか絶対無理だから。お姉ちゃんとかアイシャ先輩とかの得点超えられるようならここで唸ってないよぅ……」
とは言うもののエレンたちの成績は言うほど悪くないどころか実はかなりいい。お母さんが学院長代理の時に頼み込んでこっそり見せて貰ったのだけれど、四人とも常に二十位以内、ラミエルちゃんとリリーちゃんに至っては常に五位以内にいる。
エレンとドゥエルフ君が苦戦しているのは南方三国――つまり海上王国シャーキン、平地王国ユールシア、熱砂王国アスランに関する地理や近代の歴史、古代史などで、北方四国である古王国ウィシュメリア、精霊王国コッタン、森王国シェルファ、魔法王国ケイオスはほぼ完璧らしいので馴染みがあるかないかの違いだけなのかもしれない。
お昼の鐘が鳴り響く頃にはさすがに集中力も欠けてきたのかそわそわし始めるエレンとドゥエルフ君を見てラミエルちゃんとリリーちゃんは溜息を吐いてお昼休みにするようだった。
『四人とも手を洗って食堂行ってらっしゃい。今日は葉月ちゃんが私たちが前にいた世界の和食というものを準備してくれているからね』
私と葉月ちゃんとで少しずつ再現している“和食”は材料のうちお米や緑茶、お味噌や醤油などは平地王国ユールシアにしか今のところ生産地がないため私のお家でひっそりと作っている。以前は図書館食堂でも作って貰ったりはしたけれどもスノーティア先輩に忠告されてからは念のために止めているのだ。
「…………疲れた。死にそう。来週からもっと死にそうだけど」
嬉しそうに食堂に向かった四人と入れ違いに徹夜でもしたのかぐったりしたアイシャちゃんが入ってきて私のベッド脇にあるソファーに上半身を突っ伏すように預け倒れこむ。
『お疲れ様。在校生のリストアップは終わったんだね?』
「……終わった。いろいろ、終わった……」
『いろいろ?』
「体重も、睡眠も、お財布も…………」
ぐったりしているアイシャちゃんに詳しい話を聞いたところ、どうやら報告書自体は昨日の時点で出来上がり提出してきたそうだ。そして今日はというと、情報収集に協力してくれたアイシャちゃんのファンクラブの子たちと喫茶店デートをしてきたらしい。…………アイシャちゃんにファンクラブあったんだ。知らなかった……。
「ウィンちゃん、お昼ご飯持ってきたよ…………って何この魂抜けかけてるみたいなアイシャちゃん。どうしたの?」
『ファンクラブの子たちと午前中に感謝デートした結果の成れの果てだって』
「うっぷ。喉まで生クリームが……胃薬、頂戴……」
葉月ちゃんに私の部屋に備え付けてある薬品保管ボックスに胃薬あるからと水瓶の冷水と一緒に持ってきてもらいアイシャちゃんの事を頼むと私は葉月ちゃんが持ってきてくれた野菜味噌スープと少なめのご飯、それから少し失敗した感じの煮魚を食べ始める。
「アイシャちゃんのご飯は当分お預けだね。お薬のんだら少しここで休みなさい」
「うう……あーん攻撃、こわい。断ろうとすると泣きそうな顔するんだぜ?…………もう当分甘いもの見たくない……」
まるでアイシャちゃんのところだけスポットが降り注いでいるかのような錯覚を覚えるくらいに燃え尽きたような雰囲気になってしまったアイシャちゃんに葉月ちゃんは風邪だけは引かないようにと隣室から軽い毛布を持ってきてお腹から下に重ねると私の隣に座って一緒に持ってきたやはり失敗したらしい煮魚のご飯を食べ始めるのだった。




