95.学院書庫
最終改稿日2015/04/14
『精霊のブラウニーさんて本当に偉大だよねー、アイシャちゃん。もっと埃っぽいかと思ってたよ』
「特別に外出許可がでただけなんだからウィンちゃんは椅子に座ってて。探すのはあたしがするからさ」
私とアイシャちゃんは今、普段は許可が無いかぎり出入りを許されない賢者の学院に付随する学院書庫の中にいる。私が一緒に来ているのは許可が下りる基準に“学院導師の臨場”と“学院権限執行者(代理含む)の許可”があって普段なら入場許可がおりるのに結構時間がかかるんだけど、私が一緒に行けばすぐに入れるので、お医者様に無理を言って今日だけ、そして付き添いに移動は馬車と言う条件で朝早くからここにいる。
『初冬とはいえ寒いねぇ。早く暖まらないかなぁ、魔導ストーブ』
「……そんだけ着てまだ寒いならあたしの脱いだハーフコート重ねてあげようか?雪だるまみたいなウィンちゃん」
『大丈夫、だよ。部屋さえ暖まれば……』
「まぁいいや。さっさと見つけて帰るから。本当に二人とも無茶しやがって」
ミランダちゃんたちの転校問題はすぐにアイシャちゃんやマリア先輩に相談した。そして過去の記録閲覧なら図書館よりも学院書庫の方が調査には一番いいと言う話になって、二人とも転校そのものについては肯定的だった。そしてその話を聞いたミランダちゃんはわざわざ私の主治医の元に何度か訪ねて頭を下げまくりとうとう根負けしたお医者様が一日だけ、というさっきの条件を出したらしい。因みに本当はミランダちゃんも付き添うって聞かなかったのだけれど私とアイシャちゃんが勉強を優先しなさいときつく言ってしぶしぶ受け入れてくれたという経緯がある。
「あぁ、そうそう。ウィンちゃんずっと休んでたから知らないだろうけれど、地下図書館の境界結界、復活したよ。葉月ちゃんとマリアお姉ちゃんの結界術を併用した強化版になって」
『へっ?強化版…………て、何それ』
詳しく話を聞くと本来の境界結界は永続魔法付与に近いシステムらしいのだけれど強力な損傷を受ければやはり耐久力は落ちていき、復旧は可能だけれどもそれを行える人間はほんのごくごく僅かに過ぎない。
けれども葉月ちゃんとマリア先輩の夏海流弓術と秋川流結界術は習得に時間はかかっても素質さえあれば扱える人間は増やすことが出来るため基本的なスタンスとして併用する事が決定し、ひとまず図書館司書の女性陣のうち和弓が扱えそうなフェンリル神官に教えていくそうだ。
「たださー、葉月ちゃんとかマリアお姉ちゃんの唱えている刻止矢を放つ時の詔だっけ?あれって…………古代神霊語に発音似てるような気がするんだけど。気のせい、だよね?」
『似てるような気は私もしてたけれど、似てない部分もあるから多分気のせいじゃないかな』
詳しいことはお母さんに聞けば判明するとは思うけれど、ここは追求しちゃいけない予感がするので気のせいということにしておこう。……ああ、ようやく寒々しい書庫が暖まってきた。
アイシャちゃんはおしゃべりしながらも書棚の間を縫うように歩き回って転校に関係するような記録書を物色しては手に取り、ざっと流し読みを続けている。こういった作業は私たちみたいな高レベルな魔法使いにとってはお手の物。じゃないと研究なんかできやしないし。時間ばかりかかってね。
「ん。ない。ほとんど国内ばかりだね。ほかは交換留学とか、やむを得ない引越しくらいだよ。もうこうなったら前例を作るしかないんじゃない?」
『そっか。しょうがないね。取り敢えずお茶にしよう?“保温”の水筒に紅茶を淹れてきてあるから』
お疲れ様、ありがとうね。とアイシャちゃんに用意してきたカップに紅茶を注ぎおしぼりとお茶菓子とともに差し出して休憩を取りながら次の手を考えることにした。
「さて。最終的な手段は取り敢えずおいといて。不自然じゃない理由って何があるかなぁ?」
『んー。留学期間の延長ってだめなのかなぁ。双方が合意すれば……』
「カミュイの才媛だからどうだろう。関係者が難色示しそうな気がする」
『向こうのプライドとかありそうだしね』
一応、自分の立場を利用して考えている方策もあるにはあるんだけど。問題はミランダちゃんに素質があるかどうかなんだよね。とアイシャちゃんに私がミランダちゃんを弟子にとって教授するというプランを話していると、
「あら、いい匂い。久し振りね、二人とも。新歓コンペ以来かしら?」
「『スノー先輩?!お久し振りです!』」
私たちはあわてて立ち上がりいつの間にか書庫に入って来られていたスノーティア学院長代理にして、私たちが学院一年生の時にお世話になった、新歓コンペのパーティーリーダーに挨拶する。
「私にもそれ、貰えるかしら?ウィンテルのことだから予備のカップ、持ち歩いているでしょ?」
『はい。…………どうぞ』
「ありがとう。んー、相変わらず美味しいわね、貴女の淹れる紅茶」
「先輩はどうしてここに?ウィリアム様からの引き継ぎでお忙しいと……」
「そのウィリアム先輩から私たちの大切な後輩たちが書庫で何が悩んでいるからアドバイスしてやれって言われてね。首席と次席が悩んでいるなんて珍しいのもあるんだけど」
無理に言えとは言わないわ、とスノーティア先輩は華奢に見える身体をうんと背伸びして、そして疲れたというように溜息を吐いている。半分くらいは休憩にきたようなものなのだろう。くせのない腰までのばした黒い艶やかな髪の毛先をくるくると人差し指に絡めて弄りながら私たちを見つめて来ている。
「ウィンちゃん、どーせ最終的はスノー先輩に言わなきゃいけないし、先輩は信頼できるのはあの“事件”で証明されてるでしょう?言っちゃいなよ」
『…………そだね。すみません、今から言う内容は他言無用になるのですけと、それでもいいですか?』
「ウィンテルの立場や環境は分かっているつもりよ?今回、こっちに来る気になったのも貴女のことがあったからだものね。出来る限りの支援をするわよ」
それならば、と話しても大丈夫な内情も含めてなるべく丁寧に詳しく今までの状況をスノーティア先輩に説明してみると、しばらくの間黙って思案していた先輩は、
「協力するにあたって条件が二つあるわ。まず、ミランダさんやお付きの方々の親御さん全員の転校に関する許諾を“書面”にて早いうちに確保してちょうだい。向こうの学院に知られないように。もう一つは来年度からの彼女たちの住む場所の確保。こっちはまあウィンテルのことだから貴女の屋敷にしちゃうんだろうけど」
無駄に貴女のところのお屋敷って一代で成った伯爵家のわりにやたらと大きいのよね。とスノーティア先輩が苦笑している。まさかこうなることを見越して建てたんじゃないわよね?とも仰るので、さすがにそればかりは無いと思いますと答えておいたものの実際のところは何とも言えないのが本音だ。お父さんやお母さんみたいな人が無駄にお金を掛けて広い二階建ての設備がやたら整った屋敷を建てるとは思えないからだ。きっとなんらかの思惑と確信があったに違いない。それが何かは分からない…………いや、何となくわかり掛けているような。……やっぱり分からない、かな。
『二つ目に関しては問題は無いと思います。一つ目に関しては早速ミランダちゃんに伝えてみますね。ありがとうございます』
「うん。お礼はそうね、貴女の知っている知識で私の知らない知識をいくつか教えるって事でどうかしら?」
『それって、どういう意味……』
「もう少し周りに気をつけなさいな。ウィンテル。前世の記憶持っている事を宗教関係者にばれたら厄介なことになるわよ?……もう始末付けてあるけど」
『え…………?』
「おしゃべりする時は周囲の耳に気を付けて。どこに貴女たちに害意を持つようになる人間がいるのか分からないでしょ?…………私はね、あの時みたいに貴女がどうにかなりそうになってしまうのはイヤなのよ。これはあの時一緒にパーティー組んでいたみんなも一緒。だから……」
油断はもう二度としないようにしなさい。貴女と貴女が守りたい子たちの幸せを考えるならば。そう、スノーティア先輩は真剣な表情で私にきちんと覚悟を決めるようにと私をじっと見つめて、私がそれに応えるようにしっかりと頷き返事をするのを満足そうに笑うのだった。




