93.再会と決断
少し時間を戻して昼過ぎのウィンター伯爵家。
フェルリシアに支えられてフィナリアが旅行カバンを携え転移門を潜り抜けるとそこには偶々訪れて来ていたミランダの姿があった。
「ヨハンさん、お姉様にお会いし…………あれ?」
「おや、奥様のお帰りですね」
「…………フィナ?」
「おひさ、ミランダ」
「ただいま。ヨハン、悪いけどフィナリアさんのお部屋、準備してくれる?あと荷物も運んであげて」
「畏まりました。フィナリア様、ようこそいらっしゃいました。どうぞご自宅のようにお寛ぎくださいませ」
思わずフィナリアに駆け寄り飛び付く勢いで抱きついたミランダは大袈裟ねぇと呆れながらもまんざらではない笑みのフィナリアに頭を撫でられてお互いの無事を充分に確かめあっていた。二人が再会を喜びあっているうちにフェルリシアはウィンテルとエレンに声を掛けて応接間にお茶とお菓子の準備を手際よく済ませてウィンテルに呼びに行かせるのだった。
『ミランダちゃん、フィナリアさんはまだ立ちっぱなしは厳しいわ。応接間にお茶の用意をしたからお茶にしましょう』
「はーい、お姉様。フィナちゃん行こう?」
フィナリアさんはお母さんの話によると精霊王国コッタン王太子の再教育?が一通りの目処を迎え、それから治安の改善を迎えるくらいまではこの屋敷にて療養するらしくて、この大陸の宗教では最大規模にもなる主神、フェンリル様の大神殿がある王都カミュイはそんなにも問題があるのかとびっくりしてしまった。
そりゃそんな状況で自分の婚約者候補の権力者が事態を重くも見ずに自分にべったりしていたら私でもキレると思う。フィナリアさんもそうだったみたいで殿下の左頬に立派な紅葉を付けてしまったらしい。
そういう状況で好きな人の為に敢えて離れる覚悟を決めたフィナリアさんは立派だと思う。うん。この屋敷にいるかぎりはまず安心だとは思うけれど引きこもってばかりでも身体はおかしくなっちゃうからたまには外へ連れ出すこともあるだろうし、その時は私もしっかりと守ってあげなくちゃ。
『あ、そうだ。こっちにしばらくいるならあとでミランダちゃんとセレスちゃんとでフィナリアさん連れてショッピングしてきたら?コッタンの普段着はウィシュメリアでいうドレスだしね。エレンも行っておいで。リリーちゃんとの婚約も近いから新しく仕立ててきなさいな。お代は持つから』
「あ、それはいいですねお姉様」
「いいの?お姉ちゃんありがとう♪」
「あの、エレン様のお相手は、その……女性なのですか?フェルリシア様」
やっぱりウィシュメリア以外での同性婚はあまりないみたいでフィナリアちゃんが困惑している。けれども別に認められないモノでもないし、本人たちが真剣に悩んだ末の決断なら家族一同、それから異世界日本組全員で応援するのが私たちの流儀だ。
「お互いに覚悟を決めて愛し合うと言うなら何の問題もないわ。それにウィシュメリアの貴族制度は世継がいなくても問題ないし」
血が途絶えたら王家に爵位返上すればいいだけだからとお母さんは微笑む。
『そういえばミランダちゃん。今日は何か用事があったんじゃないの?』
「あ、はい。でも急ぎじゃないので後日伺い直します」
『そう?…………お母さん、ちょっと席外してもいーい?』
「いいわよ。行ってらっしゃい」
『うん。あ、ミランダちゃん。ちょっと肩貸してもらってもいーい?私の部屋まで』
「え、あ、はいっ」
エレンはセレスちゃんに連絡しておくようにと頼んで私はミランダちゃんに支えられて応接間を辞す。実際問題、私が一人で問題なく出歩ける状態ではないのは事実で、誰か側に居てくれないとダメなのだけれどそれをエレンではなくミランダちゃんに指名したのは二人きりになるためだ。
「すみませんお姉様。気を遣わせてしまいまして」
『いーの、いーの。フィナリアちゃんには話せない事なのでしょう?まだ』
「はい。まだフィナには知られたくないというか、知らない方が良いと判断しますので」
『ん。分かった。私以外だとはどこまで?』
「アイシャお姉様とマリアお姉様、あとはハヅキお姉様まででしょうか。ご両親様方には必要になった時にお話し致しますし」
『了解。ありがとうね。適当に座って?』
何か飲み物をと思い最近部屋備え付けにしてもらった魔導コンロでお湯を沸かして紅茶を淹れる。昔はお茶が飲みたければ食堂に行けばいいと思っていたのだけれど、最近は葉月ちゃんたちが住み込んだり、ミランダちゃんとかが頻繁に訪れるようになったし、私も寝込みやすくなったのでお母さんにお願いして部屋に買って貰ったのだ。お湯を沸かすだけなので小さなタイプだけど十分満足している。その隣には茶葉類を入れた容器やティーセットを収めた可愛らしい戸棚。それから飲料用の水を貯めておく、“保存”と“解毒”の永続魔法付与された専用の水瓶がおいてある。さすがに水道を部屋まで引くのはお金がかかりすぎるから。永続魔法付与はお母さんがしてくれたので心から感謝している。
準備をしながら窓の外を見ればヨハンが馬車の準備をしはじめていたから、セレスちゃんを迎えにいくのだろう。エレンのことだからきっとリリーちゃんも誘うのだろうし馬車が戻って来るまでにはもう少し時間がかかるだろう。
『はいどうぞ。それでどうしたの?』
「はい。サンドラの件で昨日、ガイウスおじさまから情報を貰いました」
『確かまだ王都騎士団地下牢にいるのよね?』
「…………正確には、いました。です。先々週頃に地下牢の中で何者かに殺害されたとのことだそうです」
『殺された?あの厳重なセキュリティのあそこで?』
「ガイウスおじさまは情報伝達が遅すぎると抗議なさったそうなのですが、捜査上の問題でと謝罪されて終わったそうです」
『そう……。となると、今回の事件はまだ続くかもしれないって事ね。ガイウス様は何か仰ってました?』
「お父様とウィリアム様とで協議したいと」
『お父さんと?』
はい、とミランダちゃんは小さく頷いてやや俯く。単純な実力では向こうのほうが上で、今回何とか勝てたのは考え抜いた作戦と珍しく舞い降りた幸運に他ならない。相手が不意打ちに失敗していなければ最低でも一人は大怪我をしていたに違いないから。それくらいにベテランのレンジャーや盗賊みたいな犯罪者の攻撃は恐怖の対象だ。やっぱりなんだかんだ言って女の子だらけという状況は厳しいものはある。どんなに鍛えても同じ年頃の男の子に比べたら体力や防御力に不安が残るから。
『ミランダちゃんの事だから今後の対策をセレスちゃんたちにはしてきたのでしょう?』
「はい。とは言っても取れる方策はあまりありませんけれど……今後の学院外への外出は基本的に集団で、場合によっては馬車を使わせます。あとは……私だけでは判断出来ないのでお姉様に相談しようと思って……」
そういうミランダちゃんはその相談事にかなり悩んできたようで今その表情も曇っている。なんだろう。
「一応、この件は私だけの考えではありません。セレスたち全員で悩みぬきました。その上で私に任せると言われています」
『ということはミランダちゃんだけじゃなく全員に関係するんだね?』
「はい。その、私たちは本当であれば一年間の留学です。ですが、現在の本国は治安がかなり悪化しています」
「…………私たちは可能であればウィシュメリア校に転校したいと考えています」




