92.盟約の乙女たち
王妃は呆然として固まっている王太子を尻目に次々と矢継ぎ早に指示を出していく。
「フローリス侯爵家に配置されている近衛小隊は解除の手続きを。それから国内の転移陣使用権限を王太子からしばらく剥奪します。例外は陛下と私の連名許可とします。あと、王太子の教育担当者にもっと厳しくやるように伝えて。最後に王太子を部屋に連行しなさい」
騒ぎを聞いて駆け付けてきた侍従たちにアリスは指示を伝え最後に侍従長自らに連れ出されていく王太子を良い笑顔で送り出したあと、再び何事もなかったように席に着き紅茶を口にした様子を見てミーシャはお疲れさまと苦笑する。
「あの行動力、本来の政務や勉強に使えれば安心して陛下も王位を譲る準備に入れるのでしょうけれど」
「……無理じゃないですか?そもそもとして寵妃になるようなお気に入りが襲われるとか、以降も治安回復が遅いとか、殿下が他の貴族から舐められ始めている証拠では?」
このような状態では安心して娘を任せられない、とミーシャは紅茶を口にして王妃手作りのクッキーを噛み締める。
「ご歓談のところ失礼致します。イーサニア侯爵夫人がお会いしたいとのことなのですが」
「シャルロットが?いいわ、通して?」
しばらくしてからイーサニア侯爵夫人シャルロットが通されてきてミーシャを見て苦笑しながら空いている席に腰掛ける。
「ミーシャも来ていたのね。やっぱり」
「シャルロットお義姉様、やっぱりと言うことは……」
「ま、そういう事よね。アリス姉様、しっかり殿下を躾けてよ。全くもう」
「ミランダちゃんを勝手に側妃候補扱いにした件?大丈夫よ、私は認めてないから」
「…………は?」
あら?とアリスはミーシャがそんな話は聞いていないと言う風に驚く様を見て、わたしやっちゃった?という風にシャルロットの顔を見るとシャルロットはそうみたい、と頷き返した。
「うちの息子がね。やらかしたのよ、また。はい、これ」
アリスが何かを書き写したらしい紙片をミーシャに見せるとミーシャはなにやら納得がいった様子で右手で額を押さえながら、
「なるほどね。これで急にフェルリシアがやってきた理由が分かったわ……あの殿下、ここまでバカだったなんて」
「あら。フェルリシア様いらっしゃってましたの?」
「えぇ、午前中に転移門にて庭先に」
押し掛け料理人が来なかったので久し振りに料理を堪能したわと嬉しそうなミーシャをシャルロットは羨ましそうに見つめる。シャルロットは料理など貴族の子女がするものではないと両親に教わっていたのでほとんど出来ないからだ。姉のアリスも料理らしい料理は出来ないがお茶淹れくらいはできるようになっていて、その料理への考え方が180度転換した出会いを懐かしく思い出していた。
「愛する人のために料理をして食べて貰う喜びがあんなに気持ちよいものだなんて本当に知らなかったわ。でもアリス姉様と違って私には習うだなんて出来ないわ」
「あら。フェルリシアが言うにはミランダちゃん、自分でお弁当とか作れるみたいよ?今度会ったら教わったらいいじゃない。身内なら外聞関係ないでしょう?シャルロットお義姉様」
「えっ、いつの間に?」
宰相である夫から愛する娘が妃どころか嫁がずに大神殿へ入ると聞いて今まで学ばせなかった家事の類をどうすれば良いのか悩み、姉であるアリスに相談に来たというのがシャルロットの今日の目的だったのだが、ウィシュメリア留学が思いがけ無くも良い方向に働いた事を知り安堵した。
「実はアリス姉様に報告があるの。うちのミランダ、卒院したら……大神殿に入るのよ。だから殿下がバカなことをしそうになったら止めてくれない?」
「そう……確定、なの?シャルロット」
「みたい。ミーシャの方でもある程度は掴んでいるのでしょう?」
「そうですね。遺跡の第一封印は解けてしまいましたが、ウィシュメリア王家が余波で起動してしまったラボの再封印に成功したようですし、“伝書”通りに起こるのでしたらミランダちゃんの判断は正しいと言えるでしょう」
アリスの問いかけにシャルロットとミーシャは隣室に控える侍女たちに聞こえないくらいに声を潜めて話し合う。それらを黙って聞いていたアリスはその後も続いた二人の報告を全て聞き終えると深い溜息をして
「ウィリアム様やフェルリシア様たちの仰る通り、今代でなんとか決着をつけましょう。もう、愛らしい彼女らの犠牲で世界が生き長らえるなんてたくさんだもの。“盟約の乙女”として出来る限りの事をしてちょうだい。私も支援するわ」
「「はい」」
ひそひそ話は終わりとばかりに三人は声のトーンを元に戻して今度は普段通りのおしゃべりを楽しんでいると普段はなかなか集えぬせいか瞬く間に時間は過ぎ去りそれぞれに散会する時間になってしまう。
「シャルロット、ミーシャ。また遊びに来て頂戴な。楽しかったわ」
「そうね。アリス姉様のお菓子、美味しかった。またくるわね」
「シャルロットお義姉様、もしよろしければ我が家にもたまにはお越し下さいな」
「……そうね。今度は夫と……」
と、唐突にシャルロットが自然な動作で隠し持っていた虹色の光沢を持つ短刀を取り出すと思い切り天井へ投げ付けて撃ち抜くとヒキガエルが踏み潰されたような短い悲鳴が聞こえて何かが倒れ伏す音が響いた。
「アリス姉様。もう少し警備を考えた方がいいんじゃない?こんなに簡単に侵入されたら意味ないでしょう?」
「……シャルロットに言われると返す言葉もないわ。コーウェル!」
アリスが天井裏にもう来ているであろう警護隊長に声を掛ける。
「何らかの理由はあるのでしょうけれど、しっかりして頂戴。本日中に顛末と対策を書面にて出しなさい。私はともかく、妹たちに被害がでたらと思うとゾッとするわ」
「面目ございません」
「シャルロットの投げた“貫く殺意”は開いた穴から落としていいからあとは補修も含めて頼むわね?」
「御意」
シャルロットが魔法付与された短刀“貫く殺意”を回収して手慣れた手つきで簡単に手入れを行い再び隠し持つとやれやれと言う風に嘆息する。
「ここまでくると例の組織がフィナちゃんの襲撃にも関与しているとみるべきかしら?」
「何とも言えないわね。ミーシャ、マインツに王都内の警備レベルを一段階上げた方がいいと伝えてくれるかしら」
「畏まりました、シャルロット様。では私は王都騎士団本部に寄って行きますのでお先に失礼致します」
「私も警護本部に顔出してから帰るわね、アリス姉様。少し雷落としてこないと」
「分かったわ。二人とも気を付けてね?」
駆け付けてきた近衛騎士達を念のため二人に付けて護衛とさせ、騒がしくなった天井裏に少し視線をやるとアリスは相談をするために執務中の夫がいるであろう執務室へと足を運ぶのだった。
“貫く殺意”
プレダナン時代のものとされる遺跡から発見された永続魔法付与がされた虹色に煌めく短刀。
その威力は非力な女子供であっても薄い壁や天井くらいなら簡単に貫通してしまうほどで投てき者の持つ魔力に対して抵抗力判定に失敗すると致命的なダメージが発生する。
イーサニア侯爵家に伝来する家宝の一つ。




