第四章 転生者の投獄 ②
アンナがバラ園をのんびり歩いていると、噂の青年の声がした。苛立っているのか、声が荒い。
「なんで俺が、こんな目に遭わなきゃいけないんだ!」
「それがお前の役割だからだ」
「それはお前たちの都合だろ! 俺には関係ない!」
「それは許されない。お前に選択権は無い」
「なんだよそれ、意味わからねぇよ!」
もう一人は、アルバートで間違いないだろう。どうやら言い争いをしているらしい。
こちらへ歩いて来る気配がして、アンナは姿を見られないように身を隠す。バラの木は低いが、小柄なアンナが身を隠すにはちょうど良かった。
アルバートとミカドは、少し離れた位置で立ち止まった。アンナはその様子をこっそりと伺う。
ミカドは薄い前開きのシャツを着ている。おそらく慌てて着たのだろう、ボタンがほとんど留まっていない。目元には、うっすらと涙の跡がある。
「俺は、やめてくれって言った。お前はやめなかった」
「回数は決められている。手加減はしただろ」
「あれのどこがだよ! とにかく、俺はもう嫌だ。ここを出て行く」
バシンという大きな音がした。アルバートが、ミカドの頬を叩いたのだ。
ミカドはそれに驚いて、しかし次には怒りで体を震わせた。
「何すんだよ!」
「どこまで愚かなんだ。お前の役割は災いを身に受け、それを浄化することだ。そうやってこの国を安定させる。それ以外に価値は無い。務めを果たせないというなら、お前は不要だ。即刻処刑して、次を呼ぶ。同時に二人以上の転生者を置けない決まりだからな」
「なっ! お前、俺の命を何だと思ってるんだよ!」
アルバートは良くも悪くも公平な人間だった。そして、言葉を飾らない人間でもある。誠実とも言えるが、このような場においては悪く働いてしまう。
転生者の役割は話の通りだし、ミカドがそれを放棄するならば新たに転生者を呼ぶ必要がある。そして、転生者は必ず一人しか存在できないから、もし本当に放棄するというのならば、処刑というのは一つの手段だ。それは紛れもない事実である。
だが今のミカドの発言は、どう考えても勢い任せだった。本心でそう思っていたわけでもないし、そこまで重い発言のつもりもなかったはず。
それなのに非情な事実を突きつけられれば、命を軽んじられたと怒るのは当たり前だろう。
だが、アルバートはどこまでもアルバートだった。
「お前の命は神の物であり、神より国を託された王の物だ。この国のために使う義務がある」
人間は、神より国を託された王によって管理されている。民は王に従い、王は民に報酬を与える。そして得た豊穣を神に捧げ、神の御心に喜びをもたらす。
それが、このオルゲイト神聖王国である。
だが、それはミカドには信じがたい言葉だったのだろう。気がついた時には、彼はアルバートに殴りかかっていた。
だが、アルバートは武術に長けた王子だ。ミカドの拳をひらりと交わし、あっさりと地面に組み伏せる。
うつ伏せで上から押さえつけられたミカドが叫んだ。
「放せよ!」
「王族を殴りかかるとはな。腕を切り落としてやろうか」
「くそっ、なんだよ! そもそも、俺は神様なんて信じてねぇ。本当か嘘かもわからないことを信じて、頭おかしいんじゃないのか!」
ミカドの言葉に、アルバートが目を見開いた。そして次の瞬間、腰に佩いた剣を抜く。
このままではまずいと、アンナは咄嗟に飛び出していた。
「アルバート様、落ち着いて!」
腕に掴みかかれば、アルバートが振り払おうとする。しかし相手がアンナだとわかり、おとなしく剣を下ろした。
「聖女殿、いつからそこに」
「さっきからです。邪魔にならないよう、隠れていました」
「離してください。こいつの舌を切らねばならない」
「落ち着いてください。彼は異世界の民です。きっと、神のいない世界の方なのでしょう」
「だが、神を侮辱することは許されない」
「主は無知を責めません。知らなければ学べばよいのです。彼はまだここに来て日が浅い、無知でも仕方ありません」
アンナの必死の説得に多少は納得したのか、彼はおとなしく剣を収めた。
だがミカドの怒りは、身の危険を感じたことで、より一層強まったらしかった。
「そもそも、王が決めるってなんだよ。俺は物じゃない! なんで王が全部決めて、俺が従わなくちゃいけないんだ」
彼の叫びに、アルバートが行動するよりも早くアンナが応える。
「それが正しいことだからです」
「正しいってなんだよ、もし王様が間違ってたらどうするんだ」
「いいえ、間違えません。王もまた、主の御心に従う者。王は主と国に尽くし、時に神託を受け、それに従って行動するのです。そしてその神託は、私が天使より授かります」
「その神託が間違ってたらどうするんだ」
「天使の言葉は、主の神託です。間違いはありません。実際、この国はそうしてここまで大きくなったのですよ」
オルゲイト神聖王国の前身であるオルゲイト王国は、もともと地方の小領主程度の大きさしかなかった。ただ大穴の封印を守るためだけの民だったのだ。
しかし戦乱の世が訪れると、オルゲイト王国は危険にさらされるようになる。
隣国ドラゴニアは軍事国家だったので、西側に位置するフィンデン帝国に対抗できた。しかし、オルゲイトには武力が無かった。
そこでドラゴニアと同盟を結び、神託の通りに軍を動かした。するとみるみるうちにフィンデン帝国の軍を退け、周辺諸国の領土を奪い取ることに成功した。
オルゲイトはこの戦いを深く反省し、強い国力を持つために、奪い取った地域も含めてオルゲイト神聖王国を定める。ドラゴニアとは今でも互いに信頼し合う同盟国だ。
だがこうした事情を知らないミカドが、神を疑ってしまうのも無理はなかった。
「俺は、お前たちの妄想のために犠牲にならきゃいけないのかよ」
「ミカド様、貴方は来てまだ日が浅い。ここにいれば、きっと主の御力と奇跡を理解できます」
「カルト教団の常套句だな。俺の命は俺の物だ、誰にだって自由にさせやしない。俺は神の物でも、王の物でもない!」
ミカドが叫んだ瞬間、アルバートがナイフを彼の目の前に突き立てた。
「舌を切り、目をえぐり、腕と足をもいでやろう。そうすれば、もうそんな戯言を吐く気もおきまい」
「アルバート様! いけません!」
「聖女殿、なぜそこまでして止めるんだ。動けなくしてしまえば、こいつが何を望もうが、役目を果たすしかなくなる」
「主は無用な争いを望みません。己の衝動で他者を傷つけることは、主の嫌う行為です。たとえ貴方が王子であり、相手が平民だったとしても」
とにかく落ち着かせるように、アンナは続ける。
「主は不信心を咎めません。信心ある者が過ちを起こすことを嫌うのです。どうか神の徒として、正しい行いを」
「……わかった。貴方に従おう、聖女殿」
アルバートは手から短剣を離すと、ミカドの上から降りる。
そしてミカドを掴み上げて、遠くから騒動を見ていた王子付きの近衛兵に言った。
「こいつを地下牢へ投獄しろ。反省するまで、罪人として扱え」
「なっ、おい、アルバート!」
ミカドは非難の声を上げたが、アルバートは彼を見ないまま、やって来た近衛兵にミカドを渡した。
ミカドは抵抗しようとしたが、がっしり抑えられては何もできず、おとなしく連行されて行った。
「これで文句はないな、聖女殿。彼は神に逆らう大罪人だが、転生者という事情を考慮して投獄だけで済ませている」
「地下牢は光も差さない、厳しい場所と聞きますが……」
「それくらいしないと反省しないだろう。その間も転生者の役割は果たさせるから、安心しろ」
「しかし」
「これ以上は国の秩序の問題だ。いくら聖女殿といえど、口は出さないでいただきたい」
冷たい言葉で言われ、アンナは黙るしかなかった。
この国の政治と秩序は、王と王族が担う問題だ。神への不信心と暴言は教会の領分でも、王を軽視し秩序を乱す行為は彼らの領分である。いくら最高位に位置する聖女であっても、そこに口出しすることは許されない。
「……どうか、寛大な判断を」
アンナの声には答えず、アルバートは王宮へと去っていった。




