第四章 転生者の投獄 ①
「最近、転生者が来たんだって?」
礼拝堂で、青年が講壇に腰かけながら言った。
鮮やかな金色の髪に、同じ色の瞳。病的に白い肌、そしてとがった耳。
見るからに人間ではない容姿をした彼は、アンナが持参した菓子を堪能している。好物はマフィンらしい。
「ミファール、お行儀が悪いよ」
「アンナに言われたくないなあ。この間も横になりながらお菓子食べてたでしょ」
「ちょっ、それって私の部屋を覗いたってこと? ありえないわ……」
「覗いてないよ! でも、私は君のことなら何でも知ってるよ。主が教えてくれるからね」
にやにやと笑う大天使に、アンナは祈るようにひざまずく。
「ああ、主よ。なぜ貴方様はこのような品のない天使をお傍に置かれているのでしょうか。なぜ私に遣わす天使を、もっと正しい方にしてくださらなかったのでしょうか」
「失礼だなあ。天使の中で最も寵愛されていると言われる私が来るなんて、名誉なことだというのに」
ぶつくさと文句を言うミファールは、ぺろりとマフィンを平らげると、講壇を降りてアンナの横に座った。天使にとっては、床に座るのも講壇に座るのも同じらしい。
「それで、転生者ってどんな人? 会ってみたいなぁ」
「なんで私に聞くのよ。主に尋ねてみたらいいじゃない」
「主は転生者の話はしてくれないよ。この世界の人間じゃないから、私たちが関与すべきじゃないらしい」
「天界もいろいろと大変なのね」
天界の事情は、アンナにはわからない。ミファールがもたらす言葉しか知る術もないからだ。そして多くが人間に不要な情報なので、天使は必要以上のことは語らない。
ミファールとは幼少期からの付き合いで、本人の性格がこれなので、友人のような付き合いだ。だが本来、人間と天使は対等な立場ではない。こちらから尋ねることは不敬なことだ。
「どんな人と言われても、普通の人よ。儀式以外は、部屋でのんびりしたり、たまに外に遊びに行ったりしているみたい」
「結構自由にやってるんだね」
「そうね。転生者は務めさえ果たせば、縛りがあるわけではないから」
「君とは違って?」
ミファールの言葉に、どきりと心臓が跳ねる。彼は何でもないことのように尋ねたが、その質問はアンナを試しているに等しかった。
聖女は、一生をこの宮殿で過ごす。外に出ることは許されない。それは俗世に触れて穢れを呼び込まないためであり、誰かから利用されることを防ぐためであり、何かに巻き込まれて命を落とさないようにするためだった。
聖女とは神に尽くすべき存在である。すべての幸福は神によって定められ、それ以外を望んではならない。すべての行動は神によって定められ、それ以外を望んではならない。神を思い、神に祈る。それこそが聖女のあるべき姿である。
聖女について書かれた聖典の一説だ。教会は俗世を享楽の世界とし、享楽は時に自我を呼び起こし、神の声を遠ざけると信じられている。ゆえに、すべてを神によって定められている聖女が触れるべきではないものとしている。
もしアンナが外の世界を望むならば、それは心が神から離れている証である。聖女は、神の傍にいることがもっとも幸せなはずだからだ。
「ミファール、私は自由の身だわ。この宮殿で好き勝手に過ごしているもの。書庫でいくらでも本を読めるし、バラ園でのんびり日向ぼっこしても咎められないしね」
「そう。アンナも外の世界が見たいのかと思った。気にならないの?」
「全然。もともと出不精だし。私にはこの宮殿だけで十分よ」
嘘ではなかった。外の世界の物を見れば少しは興味も湧くが、それでも宮殿を出ようと思ったことは無い。見たことが無いからそう思うだけかもしれないけれど。
「とにかく、ミカドのことはそんな感じ。何かあれば、また教えるわね」
「わかった。楽しみにしておくよ」
ミファールが立ち上がる。そして、すっと姿を消した。
「それじゃあ、今日はこれで。また来週ね。次はスコーンを用意して」
彼の声が脳内に響いたかと思うと、気配が消える。次回の菓子の要望まで出すとは、本当に自由な天使である。
アンナは内心でため息を吐いて、礼拝堂を後にした。




