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聖女なので、今日も正しく生きようと思います  作者: 秋野 七種


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第三章 異世界という世界

 ミカドがこの世界にやって来てから、十日ほど経っていた。

 アンナにとって異世界の話は夢物語のように面白く、たびたび彼の部屋を訪れている。一人で男性の部屋に行くというのはグレンが渋るので、彼も一緒だ。

「アンナ様、いらっしゃい」

「あら、ヨシュアはいらっしゃらないのですか? いつも一緒ですよね」

「お使いを頼んでるんだ。ほら、今はグレンもいるから、俺も安全だろ?」

 ヨシュアとは、ミカド付きの王宮護衛騎士だ。アルバートと婚姻を結んだミカドはすでに王族の一員のため、王宮に属している護衛騎士を付けられている。

 本来は王族としてアルバートとともに暮らすべきなのだが、別居生活中である。ミカド曰く「一緒に生活とか無理」らしい。アルバートとしても特に不満は無いようで、承諾している。

「新婚生活はどうですか?」

「どうも何も、儀式の時くらいしか顔を合わせないよ。あいつ、顔を合わせればいつも嫌味ばかりなんだよな。この間も、今日もみすぼらしいなって言われたわ」

 憎々しげに愚痴を言うミカドだが、それでも最初の頃のような険悪さはない。この世界のことを理解して、少しずつ折り合いがついてきているのかもしれない。

 第一王子の正妻となった彼は、もはや王族に多少不敬を働いても咎められることは無い。そうでなくても、今は誰にも見られない場所だ。旦那の愚痴くらいは、自由に言っても良いだろう。

「そもそも、なんで転生者が第一王子と結婚することになってるんだ?」

「転生者は国の宝ですからね。異世界より来ていただいたお礼として、第一王子との婚姻と、それに伴う地位を付与するのです」

「この国って、みんなそうなの? 結婚相手は王が決めるん?」

「平民であれ貴族であれ、最終的な承認は王が行います。しかし、平民も貴族も誰と結婚するかはそれぞれです。貴族のほとんどは両家にとって有益な相手と結婚しますが、平民の場合はもう少し緩いと聞きます」

「政略結婚ってやつか……貴族も大変だな。まあ、それは俺もか」

 ミカドが呆れたように肩を竦めた。その様子に、アンナは尋ねてみる。

「ミカド様の世界では違ったのですか?」

「うん、全然違う。まあ昔はそういうのもあったらしいけど、今は自由だよ。好きな人ができて、その人と将来も一緒にいたいなと思ったら、結婚するんだ」

「好きなお相手と……それでは、そのお相手がこちらを好きでないならばどうするのですか?」

「恋人にならないだけだよ。縁がありませんでしたねって感じ。そもそも、付き合ってても別れることもあるしな」

「お付き合いというのは、婚約のようなものですか?」

「その前って感じだな。婚約する前に、お互いの相性を見るっていうか……」

 ミカドが、どう説明したら良いかと悩みながら首を傾げる。

 彼がたどたどしく話す内容をまとめると、この世界と彼の世界では、結婚プロセスが随分と違うようだった。

 どうやらミカドのいた世界では、まず好きという感情があるらしい。そして双方が合意すると、お付き合いが始まる。その後、相性が良ければ婚約をする。そこで両家へ挨拶に行き、承認されたら結婚という流れのようだ。

 その過程では別れることも普通にあり、昨今では親への挨拶を飛ばす例も増えているのだとか。

「それでは、もし誰も好きにならなければどうするのですか?」

「さあ、どうかな。そういう人もいるだろうけど……その場合はお見合いとか? そもそも子供がいらないなら結婚しないとかもあるんじゃないかな」

「子供を持たないこともあるのですね」

「うん、普通にいるよ。結婚しないこともあるし」

「そ、そうなのですね……」

 この世界において、子を残すことはなによりも重要なことの一つだ。仮に兄弟がいても、流行り病で全員が亡くなってしまうこともあるので、誰もが子供を望んでいる。そして、宝として大切にしていた。

 結婚をしないという選択もない。そもそも誰もが結婚を当たり前だと思っているし、家の存続を考えれば、独身でいることに意味はないからだろう。

 宮廷でも市井でも、誰もがまず家のつながりを意識して結婚相手を考える。そして、条件の中で自分が一緒にいたいと思える相手を選んでいく。

 聖女であるアンナは神に仕える立場なので結婚することは無いが、市井で流行っている恋愛小説を読んでいると、こういう世界もあるのかと面白い。

「逆にさ、この世界でもし好きな人が出来ちゃったらどうするの? ほら、政略結婚で婚約者がいるけど、別で好きな人が出来ちゃった、みたいな」

「その場合は、第二夫人として婚姻するようですよ」

「それは、女性も?」

「ええ、そうですね。女性の場合婚姻はできませんが、二人目の事実上の夫を持つことは認められています。女性がもし第二夫の子を産んだ場合は、婚外子として第一夫の家の子になる決まりです」

「自由なんだかそうじゃないんだか、わからないなぁ」

「ふふ、そうかもしれませんね」

 ミカドの言葉に頷く。

 男女とも、家のつながりとは関係ない相手を持つことが許されている。これはきっと、制約の多い中で、せめてもの自由を求めた結果だったのだろう。

 人にはそれぞれ、神によって定められた使命がある。その家に生まれることは、その家の一員として、その家業を盛り立てていくということだ。その定められた使命から逃れることはできない。

 だがそれでも、そのしがらみを超えたものを求めるのだ。

「グレンはどうなの? 婚約者とかいる?」

 ミカドが、静かに話を聞いていたグレンに振る。グレンは渋い顔で眉を寄せた。

 やけに馴れ馴れしいが、相手は第一王子の正妃である。文句を言いたくとも言えない。

 グレンは諦めのため息を吐いて、答える。

「ええ、いました。解消しましたが」

「え、解消したの? なんで?」

「私が聖女付きになったからです」

 グレンがちらりとアンナを見る。アンナは初めて聞くそれに、驚いて目を丸くした。

「私付きになったから?」

「そうです。聖女とは神に仕える存在ですからね。その付き人も、人と婚姻を結ぶことは許されないのです。できる限り身を慎ましやかに保つ必要もありますし」

「え、じゃあグレンってもしかして童て……ってぇ! 殴ることないじゃんか!」

「失礼、ミカド様の頭に虫が止まっていたようですので」

 グレンに叩かれた頭をさすりながら、ミカドは「横暴だ」と口をすぼめる。

 それにしても、まさか聖女付きにそういう意味があるとは。もし心に決めた相手だったのなら、きっと辛かっただろう。

 アンナはグレンに申し訳なくなり、肩を落とす。しかし、グレンがその様子を見てそっとアンナの手を取った。

「アンナ様のせいではありません。私は貴方に初めてお会いしたあの日、心から貴方に仕えたいと思ったのです。貴方の護衛騎士になれて、これほど喜ばしいことはありません」

「グレン……」

「こんな面白みもない私ですが、どうぞこれからもアンナ様を守らせてください」

「面白みもないだなんて、そんなことないわ。これからもよろしくね」

「はい、よろしくお願いいたします」

 アンナの言葉に、グレンが嬉しそうに微笑んだ。そこには嘘があるようには見えない。

 どうしてグレンがそこまで自分を思ってくれているのか、アンナにはわからなかった。ただそれでも、彼の真心は伝わってくる。

 グレンがそれで良いと言うのならば、それで良いのだろう。

「あーあ、なんだか妬けるよなぁ」

「どうしました、ミカド様」

「そんな思い合えるっていいよなと思って。愛とか恋とかじゃない、深いつながりってやつ? 俺、向こうでもそんな相手いなかったし」

「アルバート様と育んでみては?」

「絶対にありえないね。あいつ、俺のことそこら辺のゴミくらいにしか思ってないよ。俺なんかと結婚させられて、そりゃもう不満だらけだろうな」

「そういうものでしょうか?」

「そうだよ。あいつの本性知ったら、みんな絶対ひっくり返るね」

 ミカドはそう力説するが、それはきっとミカドの前でだけ見せる姿なのだろうと思った。

 たしかにアルバートは感情豊かではないし、どこか冷たい印象がある。しかしそれでも優しいという噂が立つのは、きっとそれなりの理由があるはずだ。なにも、表面的な行動だけではあるまい。

 だが、ミカドがアルバートの優しさを知るには、まだ時間がかかりそうだ。

 何はともあれ、異世界から転生してきたばかりで不安も多いであろうミカドにとって、アルバートが少しでも安心できる相手になると良い。

 アンナはひっそりと、そう思うのだった。

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