第一章 異世界からの召喚 ②
まばゆい光が、大聖堂を包み込む。アンナは思わず顔を逸らし、ぎゅっと目を閉じた。
やがてその光がゆっくりと収まると、アンナは目を開けて中央を見る。
そこには、一人の青年が驚いた表情で座り込んでいた。この国のものではないとわかる青色のズボンを履き、灰色のラフな長袖服に身を包んでいる。首元には別の布が付いているが、あれは帽子になるのだろうか。
黒髪に黒い瞳。それだけの特徴ならばドラゴニアの民に見えるが、彼はもっと柔らかくて丸めの顔の輪郭をしている。ドラゴニアの人々は、もっと角ばっている。
「え、ここどこ?」
青年が口を開いた。ヨハンが彼に近寄り、しゃがむ。
「ようこそ、ここはオルゲイト神聖王国。貴方は天よりこの地に遣わされた希望の光です」
「は? えっと、どういうこと? 今、車が突っ込んできて……え、俺、死んだ?」
「混乱されているのも無理はありません。しかしご安心ください、あなたは生きています」
「生きてるって言われても……」
青年が戸惑いを隠さないまま、周囲を見回す。そして、そこが自分の知る世界ではないことを、少しずつ理解したようだった。
静観していた第一王子が、転生者に近づく。赤髪に青色の瞳は、伝統的な王家の証だ。
王子は傍までよると、そのまま声をかけた。
「おいお前、名は」
青年は眉をしかめて、むっとした表情をする。
「なんだ、いきなり失礼だな。人に名前を聞く態度じゃないだろ」
転生者が不満げにそう言った直後、周囲が一斉にざわついた。
王子は青年を見て、無表情のまま彼の腹を蹴り上げる。手心はあったようで、青年は腹を押さえてうずくまる程度で済んだらしい。
「げほっ、げほっ……な、なにを」
「言葉には気をつけろ。お前が転生者でなければ、この場で処刑している」
「なっ……」
「私はこの国の第一王子、アルバート・フォン・オルゲイトだ。覚えておけ。それで、名は」
「……ミカド。スメラギ・ミカド、です」
勢いに気圧されたらしいミカドは、殊勝な態度で名を告げる。アルバートは彼が言い終わるやいなや、彼の顎を掴んで上向かせた。
鬱陶しい前髪がさらりと落ちて、顔立ちがはっきりとわかる。男性にしては可愛らしいが、女性のような印象もない。目鼻立ちも際立って良いわけではないが、全体的にほどよくバランスが良い。
少なくともこの国でならば、それなりに女性にも好かれるだろう。
だがアルバートは、不服そうに鼻を鳴らした。
「ふん、私の結婚相手がこのような貧相な男とはな」
「け、結婚相手? 俺、男ですけど……」
「それがどうした。転生者は第一王子と婚姻するのが習わしだ」
「でも、子供とか」
「側妃との間に作るに決まっているだろう。お前も、子が欲しければ側妃と作れ」
「そ、そんな……」
顎を離されたミカドは、がっくりと項垂れる。王族との婚姻など誰もが望むものだが、どうやら青年にとっては嬉しくないことらしい。
アルバートはくるりと踵を返して、背中越しに言った。
「これは決定だ。式は一週間後に挙げる。それまでに、この国のことをよく学んでおけ」
冷たい声でそう言い放つと、彼はそのまま大聖堂を出て行ってしまった。
様子を見守っていたヨハンが、青年をそっと立ち上がらせる。
「ひとまず、移動しましょう。この世界については、それから説明いたします」
ミカドは力なく頷いて、ヨハンとともに大聖堂を後にした。
「いやぁ、これで安泰ですなぁ」
「殿下へ不敬を働いたときはヒヤヒヤしましたよ」
「さすがはアルバート殿下、お心が広い。舌を切り落とさないか心配しましたなぁ」
「たしかに、転生者は命さえあればいいわけですからねぇ。いやはや、血を見ずに済んで良かった。今日の夜は妻とディナーの予定でしたから」
「転生者の血も、やはり穢れなのでしょうかね。それとも、聖なるものなのでしょうか」
儀式に参加していた貴族たちが、ざわざわと話し始める。気が抜けたのだろう。
アンナはその様子に、内心でため息をつく。
突然この世界に召喚された青年を心配する声は、どこにもない。彼らにとって転生者は、都合よく利用できる庶民という感覚なのだろう。転生者を重んじるのは、王族と教会だけなのだ。
民草の間ではノクスト教は今でも生活の中心だが、貴族の間ではどうやら信仰心が薄れているようだ。今一度、貴族にノクストの教えを知らせる場が必要かもしれない。
立ち上がって、横にいるグレンに声をかける。
「私たちも行こう。彼ともう少し話してみたいし」
アンナはそのまま、大聖堂を後にした。




