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聖女なので、今日も正しく生きようと思います  作者: 秋野 七種


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第六章 残酷な神託 ②

 グレンと地下牢で話をした翌日、アンナは礼拝堂で祈りを捧げていた。

 それは毎週の務めの一環でもあったが、ミファールに何か案をもらえたらという思いもあった。

「アンナ、今日も熱心だね」

 ミファールがふっと姿を現した。相変わらず講壇の上に座っている。

 アンナは顔を上げて彼に話しかけようとしたが、それよりも早くミファールが手を前に出した。

 それは、神託が下る合図だった。アンナは祈りの姿勢のまま頭を下げる。ミファールの手が、アンナの頭上にかざされる。

 厳かで威厳に満ちた天使の声が響く。

――薄暗い地下の牢の奥、黒き毛を持つ者。かの者にふさわしき罰を与えよ。その血は多くを救い、世に平和をもたらすだろう。

 アンナはその言葉に目を見開いて、ミファールを詰めるように立ち上がった。

「それはグレンを処刑せよってこと? どうして!」

「……私はただ、主の言葉を運んでいるだけだ。それ以上のことは、なにも」

「そんなことできないわ……神託で決まってしまったら、たとえ冤罪だったとしても……」

 オルゲイトにおいて、神の下す罰とは処刑を意味する。つまりこの神託は、聖女であるアンナが自ら、グレンの命を奪うことを示していた。

 神託は絶対であり、一度降りた神託を覆すことはできない。そして聖女はそれを王に伝えるのが役割であり、逸脱することは許されない。

 たとえどれほど拒みたくとも、神の善き(しもべ)ならば従うべきである。

 ミファールは、動揺するアンナを見て付け加える。

「主も私も、アンナが何をどう伝えるかは気にしていないよ。伝えたくないのならば、伝えなくても構わない。それは君が選ぶことだ。ただもし彼を罰さなければ、この国はもっと多くの血を流すことになる」

「そんな、どうして」

「それも私にはわからない。主はすべてを見ておられるし、知っておられる。その主が言うのだから、そうなるんだ。そうだろう?」

 ミファールの言葉に、アンナは声を詰まらせる。アンナにも、神の正しさはわかっていた。

 神が何を見てそう言ったのかはわからない。だが、本当にそうなるのだ。防ぐには、グレンの命を捧げるしかない。

「そんなに一人が大事かなぁ。主が言った通りにすれば、すべて上手く行く。それでいいじゃない」

「それは……でも……」

 たとえその通りであっても、アンナは決断できずにいた。

 ミファールに、神託を拒むアンナを咎める様子はない。おそらく彼らにとって、本当にどちらでも良いのだろう。

 神は誰にでも平等であり、誰にでも機会を与えるが、それを選び取るかどうかはその人次第。神を拒み不幸に陥ったとしても、神にとっては憐れな人間の愚かな行為の一つでしかないのだろう。

 だが、この神託を伝えられるのはアンナだけだ。もし個人の情で神託を見過ごせば、取り返しのつかない罪を背負うことになるかもしれない。

 アンナは己を苛む葛藤の中で、祈るような気持ちでミファールへ問う。

「グレンの魂は、正しく主の御前に導かれるのかしら」

 ミファールはクッキーを食べ終えて、こくりと喉を鳴らした。

 そして講壇から降りると、考えるように目を閉じる。だがそれも、数呼吸ほどだった。

「いや、それはないね。彼は主を信仰していない。彼は誠実で嘘偽りない清らかな心を持っているけれど、主を信じていない者を御前に運ぶことはできない」

「そんな……」

 アンナが悲壮な面持ちで座り込む。ミファールは慰めることもなく、背を向けた。

 そして、ふわりと姿を消す。

「アンナが選ぶことだ。君が民より一人の命を選ぶとしても、私たちはそれを否定しない」

 声は頭に響いたあと、虚空へと消えた。


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