↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイダとたばね箱  作者: 佐屋 理由


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/12

6 異世界学園 後

 満開の桜がひらひらと花びらを散らし始めた頃、三年生の卒業パーティが行われた。

 女子が少ないという理由で、卒業生でないハイダとラアナもその場に駆り出される。主役のお邪魔にならないよう、地味目なドレスで壁の花になっておく。


 賑やかなパーティもそろそろ終わりかけという頃だった。

 一人の女生徒が突然声を上げた。


「私の首飾りがないわ!」


 鮮やかな青髪を高々と結い上げ、その美しい首元を強調する装いをしていた彼女は確か、侯爵令嬢だった。彼女の悲鳴にお友達が集まって来る。


「まあ、大変! 今日の為に特別に持ち出しを許可して頂いたという、侯爵家の家宝でしたわよね?」

「そのような物が盗まれたのならお家だけの問題ではありません、国の大事件ですわ!」

「私! あそこの生徒会役員が首飾りを物欲しげに眺めていたのを見ました!」


 指を差され、会場中の視線が集まったのはハイダだった。


(いや身に付けた首飾りを盗むってどんな怪盗? そもそもあの人たちには今日は近づいてなかったし……)


 大騒ぎをして周囲に疑惑を広める面々は、常日頃からハイダやラアナに小さな嫌がらせをしていた令嬢たちだった。彼女たちは皆ヨナスの婚約者候補で、彼に近づくハイダたちを面白く思っていなかったらしい。

 なので騒ぎを起こしたくなかったハイダたちは、今日は念入りに彼女らと動線をずらしていたのだ。

 だがそんな事情はお構いなしに令嬢が叫ぶ。


「あの子の荷物を調べて下さいませ! 鞄やロッカーに隠してあるかもしれません!」

「その首飾りとはこれのことかな?」


 素晴らしく良い声が会場に響き渡った。

 皆が入り口に目を向ける。

 そこにじゃらりと重たい首飾りを手にしたヨナスが立っていた。


「君が化粧室で侍女にこれを手渡す所を、私の手の者が見ていたよ。うかつだったね。今日はやらかしそうな人間には全て監視をつけていたんだ」

「ヨナス様……!」


 呆然とする令嬢たちに向かってヨナスは手を振った。


「このような稚拙な罠しか仕掛けられぬ君達は未来の王子妃に相応しくない! 全員婚約者候補から削除するので今後については家長とよく話し合うのだな!」


 そうしてよろよろと退出していく令嬢たちを見送ったあと。

 何故かヨナスはハイダの前にやってくると、その場でハイダの手を取った。


「ハイダ。これで私の憂いもなくなった。君を正式に私の婚約者候補に……いや。私の婚約者になってくれないか。君に私の妃になって貰いたいんだ」

「え……ええーーー‼」


 ハイダは貴族令嬢らしからぬ素っ頓狂な声を上げる。そして両手を振って後退した。


「無理! 無理です出来ません! 私なんかに王族は務まりませんー!」


 叫びながら、ハイダはパーティ会場を飛び出す。

 生徒会入りした時の逆らえない流れを思い出してしまった。とにかく一刻も早く周りからのプレッシャーを受けない所に逃げなければ、とそう思った。


(びっくりした! 突然過ぎて何の心の準備もしてなかった! わかっていたらもうちょっとこう、上手な返し方が出来たかもしれないのに……!)


「ハイダ!」


 わさわさとドレスを揺らしながら校門近くに来ると、そこにクルトが立っていた。ハイダの様子を一目見て、すっとクルトの表情が硬くなる。


「その顔……そうか。ヨナスから婚約を申し込まれたんだな」

「! すごい、よくわかりますね!」

「当たり前だ。俺だって……ずっとお前を見ていたんだからな」

「!」


 気付くとクルトがハイダの腕をつかんでいた。


「王族の申し出を退けるのは不可能だろう。だったら……俺と二人で国を出ないか?」


 ハイダは息を飲む。


「それは……あまりに突然のお話で……やはりすぐにいいよと言う訳には……」

「じゃあ、逃げながら考えてくれればいい。今は何よりこの国を出る必要が……」

「稼ぎ方も知らないお坊ちゃんがどうやって暮らしてくつもりだい?」


 振り返る。そこにモーリスが立っていた。


「ハイダ。どうせ国を出るならそんな甲斐性なしより僕とにしないか? 僕と来てくれるなら一億あげるよ」

「下衆だな⁉」


(ちょっと心惹かれた!)


 ドン引きのクルトとは正反対にハイダはモーリスに気持ちが傾く。


(だってそれだけあれば後でモーリスさんが嫌になっても一人で生きていけるし……)


「君たちさー、ハイダが困っちゃってるじゃないか」


 また別人の声。三人が目を向ければ、校門の外から豪華な馬車を降りたペーターが歩いてくる。


「だからここはこうしようよ。僕の国はね、一妻多夫が許されるんだ。皆で一緒に僕と帰れば誰も悲しまないですむよね!」

「ペーター……お前……」

「生憎私は思い人を誰かと共有する気も、させる気もないな」


 さらに現れたのはルドルフだった。彼は何を提案してくるだろうとハイダは身構える。

 同じことを考えたのだろう。他の三人も黙り込んでルドルフを見つめる。そうされたルドルフの眉間に皺が寄る。


「……? 何だ」

「いや、お前はハイダとどうなりたいんだ」

「どうなるも何も。既に僕らは恋人同士……いや婚約者のようなものだろう? 例え王家と言えども宰相家の跡取りの未来の妻を横取りすることは出来ないし、来年学園を卒業すればそのまま僕らは結婚する。何も問題はない」

「……君、ルドルフとつきあっていたの?」


 ペーターの問いかけに、ハイダは声が出なかった。恐怖のあまり、ただひたすら無言で首を横に振り続ける。


(ルドルフさん……一番ヤバイ人だった……!)


 ハイダの顔色で理解したのだろう。クルトがさっと前に出た。


「おいルドルフ。お前何を持ってハイダと両想いだと勘違いしてるんだ」

「勘違いって……嫉妬は止めたまえ。僕らはあんなにもたくさんの長い時間、二人きりで勉強をした。あれを逢引きと言わずに何と呼ぶんだ」

「それは、ただの、テスト勉強の時間です……!」


 精一杯の勇気を振り絞り、クルトの背中に隠れたハイダは関係を否定した。

 その瞬間、ルドルフが茫然自失となる。


「熱々デートじゃ……なかったのか……!」


(どうしよう……! ものすごくショックを受けてる……! でもここで優しい言葉をかけたらまた誤解されてしまいそうだし……)


 ハイダがどうしたものかと躊躇っていると、あちらから声がかかった。


「……そうか。君に僕への気持ちがないことはわかった。見苦しい真似はしたくない。最後に二人だけで話をさせてもらえないか?」

「ええと、あの……はい」


 他の三人を見回して、特に反対がなさそうなので受け入れる。

 ハイダはルドルフと共にクルトたちから少し離れた場所まで移動した。


「ルドルフさん……私にも、何か誤解させてしまうような所があったのかもしれません。社交的知識のない人間がしでかしたこととして大目に見てやって下さい、ごめんなさい……」

「謝るなアアア‼」


 突如ルドルフが叫んだ。


「謝ると言うことは僕を受け入れないということだ、そんな答えを僕は認めない、そんな答えをする人間は、最初から、存在してはいけないんだ‼」


 ルドルフが動き、目の前で何かが振り下ろされた。

 ハイダがしっかり認識出来たのはそこまでだった。


 叫び声をあげ、こちらに駆け寄ってくる三人の男子。一人がルドルフに斬りつけ、一人がハイダの体を押さえ、一人が誰かと連絡している。


(私……斬られたんだ)


 視線だけ動かせば、自分の胸からどくどくと血が溢れているのがわかる。

 必死に呼びかける声の中に、また新たな人物が加わった。それは会場から飛び出して来たヨナスだった。


(駄目だな……私……目までおかしくなってる。ヨナス殿下の体がどんどん膨らんでるように見えるよ……膨らんで……膨らんで……あれは……怪物……?)


 ハイダの意識は一度そこで途絶える。



 次に気付いた時には、誰かの腕の中に抱えられていた。

 目を開ければ、そこには見知らぬ……と思ったがよく見ればヨナスの顔があった。

 ぐしゃぐしゃになった泣き顔。両目と両頬に黒い模様が浮かび、頭の両側からは角が生えていた。


「ヨナス殿下……?」

「すまない……ハイダ……私は君が殺されてしまったと思って……!」


(そうだ、私、)


 ハイダは慌てて自分の体を見下ろした。ヨナスの着ていた上着がかけてあったのでそれを退けると、肌は全くの無傷のまま、服だけが切り裂かれた少しセクシーな状態になっていた。急いで上着を戻す。


「どうして……?」

「ハイダ……君は知らないだろうが……実は我が国の王族には、魔族の血が流れている」

「魔、族……」

「その力はとうの昔に封印され、今となっては表に出ることはないと言われていた。ただ一つの状況を除いては。……それは王族の愛する者の命が奪われた時、この世界の全てと引き換えにしてでもそれを取り戻したいと王族自身が願ってしまった時だ……!」


 苦痛に顔を歪めるヨナスに、ハイダは気が付いた。


「まさか……ヨナス殿下は私を生き返らせる為に……!」

「すまない……!」


 ハイダを地面に下ろしたヨナスはうずくまる。

 そうされたハイダは一人立ち上がり、辺りを見回した。


「!」


 二人の周囲には。いや、見渡す限りの地平線の彼方まで。世界には、大地以外の何もかもが消えてなくなっていた。

 空にはただ、赤と黒の雲がごうごうと渦巻いている。


「ヨナス殿下……世界を……消してしまったんですか……私のせいで……?」

「君のせいじゃない! だがすまない……もう……何もかもおしまいだ……」


 両手で顔を覆い首を振る。

 ハイダは彼にかける言葉がない。


 しばらくすると。顔を上げたヨナスはふと手を伸ばした。

 二人の目の前に、めきめきと音をたて、巨大な土の塔が作り上げられていく。

 そしてヨナスはハイダの肩を抱える。


「世界には、もう何もなくなってしまった。人も。動物も、植物も、何もかもだ。……少し遅くなってしまったが、我々も皆を追いかけよう」

「ヨナス殿下……?」


 ハイダを支えたままヨナスはゆっくりと塔の階段を昇り始めた。


「ルドルフもクルトもモーリスもペーターも……君の家族も僕の家族も、皆、同じ所にいるだろう」

「ええと、殿下?」

「このまま飢えと渇きで死ぬのを待つより、ここで一思いに終わらせるのがいい。君を、苦痛に晒したくないんだ。せっかく生き返らせたと言うのに……すまない」

「いや、あの、こうなってしまったらもう取り返しがつかないっていうのはわかるんですが……ええと……世界を滅ぼす力があって、終わり方はこういう感じなんですか?」

「? 何か不満が?」

「はい、出来ればもうちょっと怖くないと言うか痛くなさそうと言うか……一瞬で終われる系のものがいいかなって……だって、ほら、もしかして即死じゃなかったら少し苦しいじゃないですか?」


 不安一杯のハイダにヨナスは優しく笑いかける。


「大丈夫。僕がいるから怖くないよ」

「ヨナス殿下……」


(いや何の答えにもなっていない。……でも……そうだ……私はこの世界の素晴らしさを充分知り尽くした……友達も出来たし世界を滅ぼす愛情だって差し出して貰えた……その人が、私と一緒に逝ってくれると言う……人生の終わり方として……これ以上の幸福があるだろうか……)


 気付くとハイダは塔の最上階に立っていた。

 隣に並んだヨナスがこちらを見下ろして来る。


「愛してるよハイダ」

「ありがとう。ヨナス殿下」


 ハイダはヨナスと手を繋いだ。

 そして建物の縁に足をかける。

 その時。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。