4 リールの町
屋敷から一番近い所にあるリールという町は、こじんまりしていたが洗練された印象だった。ハイダ的には別荘地の繁華街といったイメージがぴったりだ。
「まずは栄養補給だな。どこかでお茶にしよう」
町の入り口で馬を預けたあと、ハイダとローガンは綺麗に舗装された道を歩く。
ハイダがダリアから教えて貰った店名を告げると、ローガンは通行人から聞き取りをしてくれて、二人は難なく目的地へ辿り着くことが出来た。
淡い薔薇色の地に生クリームのような白い飾りで覆われた、まるでお菓子のような外見の建物がダリアのお薦め店だった。
中に入ると手前は厨房で、その奥がすぐ外に繋がっており、飲食のスペースは屋外のテラスになっていた。テーブル間の距離が離れてプライベートが保たれている。ゆったりしたソファに座ると吹き抜ける風が心地よい。若者が多いかと思いきや、意外と様々な年齢層がいて、皆、楽しそうに甘味を味わっている。
支払いは任せるようローガンから言われたので、ハイダは安心して一番人気だと言う本日のフルーツパンケーキセットを注文した。ローガンは紅茶の一番高価なものを頼む。
「いい店だね。今度ジュリアを連れてこようかな」
「お忍びデートですね! ジュリアさんが食べられそうなメニューがあるかよくチェックして下さいね」
「うーん、好き嫌いはないと思うんだけどなあ」
やがてハイダが頼んだパンケーキがやってくる。フルーツを挟んだ掌サイズの少し固めのパンケーキが紙に包まれていて、ハイダの世界のハンバーガーの様な形式で食べる物だった。ローガンが首を傾げている。
「……これは、ジュリアには、無理そうかな?」
「かぶりつくのはきついかもしれませんね。残念です」
言いながらハイダは一口口にした。温かさと甘さと酸っぱさと香ばしさが絶妙なバランスの素晴らしい食べ物だった。思わず顔を綻ばせる。
「おいしいです。私は庶民なのでむしろこういう方が食べやすいですね」
「そうか。……君は貴族ではないんだね。なら屋敷の食事は大変かい?」
「味は最高なのですが、正しいマナーを知らないので皆さんの目が気になってしまって……」
「あの屋敷は色んな身分の人間やなんなら外国の者も来るからね。そういうのは気にしないのじゃないかなあ」
「だったらいいのですが」
「あまりにも目に余るようなら誘導があるだろう。そうじゃないってことは問題ないってことだと思うよ」
言いながらローガンは、もりもり食べていたハイダに手を伸ばしてほっぺたを指で拭う。
ハイダは慌てた。
「ついてましたか」
「うん。それは逃げないから、ゆっくり食べるといい」
「すみません、なんか最近食欲も異常で食べても食べてもお腹が空くもので……」
ローガンに触れられた場所を自分でも念の為に擦っておく。そんなハイダにローガンは目を細めた。
「もしかして、入れ替えの為にマルクが君の体に何かしてる可能性もあるね」
「! つまりお腹が空く魔法をかけられていると? ちゃんと消費されてくれますかね、まさかこのまま全部身になってしまうといようなことは……」
「たぶんマルクがいいようにしてるんじゃないかな」
困ったように笑うローガンだが、彼も言い切れはしないのだろう。ハイダはフン、と拳を握った。
「そうでなかったらマルクさんに責任とって痩身魔法を作ってもらいます!」
「残念だけど、生体の外見を魔法で変化させるのは不可能なんだ」
「なんと。そうなんですか」
「ああ。学生時代にマルクが生花の色を変えるレポートを出していたな。通常ならその場で枯れてしまうのが丸一日保ったと教授たちに騒がれてた」
初めて聞くマルクの天才エピソードにハイダは、ほほう、と思う。
「ローガンさんは、マルクさんとのおつきあいは長いんですか?」
「うん? まあ、長さだけで言えば長いね。神官学校の初等部……お互い一桁の歳からの顔見知りだ。会話するようになったのは神官長選抜の時だったからわりと最近だね」
「あれ。てっきり子供時代からの親友なのかと思ってました」
少し意外であった。
あのような重大な出来事の共犯者になったのだ。深い信頼関係があるのだろうと勝手に思い込んでいた。
「別にこちらから避けていた訳ではないんだが……彼は一人を好んでいたからね。そこに押し入っていこうというほどには関心はなかったかな」
「あー、マルクさんって話しかけづらそうですよね」
「僕らの間では、彼は学校ではつるまず外の世界で悪さをしているんじゃないかと噂されてたな」
「おお。やっぱり学校でも怖い感じだったんですか?」
「備品をよく壊してたかなあ」
「備品を、よく」
(そんな時代もあったのだ、と今は恥じていてくれますように!)
目の前でやんちゃをされたら怖すぎるではないか。
ハイダは現在のマルクが落ち着いていることを切に願う。
「と、とにかく。それじゃあ、今回の件でお二人が手を組んでると疑われるようなことはないんですね」
「そうだね。むしろ僕は彼の失態をあざ笑っていると思われているだろうね」
それを聞いたハイダはホウ、と息をついた。ついでにセットでついてきた薔薇色の冷たいお茶を飲んで一息つく。
「それなら安心しました。ローガンさんにご迷惑をおかけしてたら嫌だなって思ったので」
「迷惑って。君は巻き込まれた側じゃないか」
「そうですねえ。私としては、面倒になって放り出されてしまうのが一番怖いんですよ。だから出来るだけそちらにご負担がかかっていないといいなと思うのです」
「ああ、そういう意味か」
微妙な顔でローガンは頷く。
なんとなくおかしな間が出来る。
しばらくしてからローガンが口を開いた。
「君は、あまり他人を信用しない方なのかな」
「どうでしょう。時と場合によると思います。ええと、子供の頃から保護者というものを色々な理由でばたばたと失ってきたもので、せめてその足場を失った時の心構えだけはしておきたい方と言うか……」
「……興味深いな。君は一体これまでどういう人生を歩んできたんだろう」
ローガンの青い目が、覗き込むようにハイダに向けられる。
聞かれてしまったので誤魔化す理由もない。ハイダは自分の身の上を話すことにした。
どこに視線を置けばいいのかわからなかったので、とりあえずグラスの氷をストローでからからと突いておく。
「私の実の両親は、私がまだ母のお腹の中にいる時に離婚して、それ以降実父は消息不明なんです」
その後再婚した母親は、ハイダが中学生になる前にあっけなく病死してしまった。
遺されたハイダは義理父と暮らそうとしたが、会ったこともない遠い親戚から「血縁のない男女が二人きりなんて」と猛反対される。自棄になった義理父は知人女性と契約結婚をして、反対理由を力づくで潰してしまった。
その義理父は全国を転々とする仕事に就いていたので、これについて回ったハイダは一つの学校には長く通えなかった。そしてある日突然、そんな義理父も事故死してしまう。
それを機に契約母は出来たばかりの恋人と結婚し、外国へ行ってしまった。ハイダとは単なる同居人程度の距離感だったが、それでも彼女はハイダの身柄を資産家である自分の父へ預けるという責任は果たして行った。契約母の父は娘の面倒ごとを金銭で解決するのを全くなんとも思わなかったので、ハイダは経済的には困らずに済んだ。
成人になったことでそちらとも縁が切れ、ようやく独り立ちしようとした所でこの世界に飛ばされて来てしまったのである。
正直あちらの世界では、身の安全を図る為に自分の情報はなるべく伏せるようにしていた。だがこちらではもうそのようなことを気にしても仕方がない。だから包み隠さず話せるし、そうすることにハイダ自身の抵抗感もなかった。
「というような事情で、保護者はいきなり消えることもある、と知っていますので。せめて気持ち的共倒れにはならないようしておきたいのです」
「……君はそういう感じだったんだね」
目を細めたローガンは両手を組んで正面を見た。
「親族の縁が薄かったというのは、僕と同じかな。僕は孤児だったんだ」
ハイダは目を見張った。
このローガンという人は穏やかそうで品がよく、いかにも恵まれた環境で育ったご令息、というふうにハイダには見えていたのだ。ハイダの驚きをしっかり受け取って、ローガンはにこりと笑う。
「僕は、実の親の顔を知らない。施設で育って、神官素質があるとわかってそちらに預けられてね。成績の優秀さが目に留まって今の貴族の親に引き取られた。もちろん跡取りとか大層なものじゃなくて、彼らが神殿に影響力を持つ為の道具としてだけどね」
「おお。ご自身の能力で後援者を得たのですね。ご立派です」
「……うん。そうだね。まあ、そんな後押しも本物の天才の前には何の役にも立たなかったけどね」
どこか寂しそうなローガンにハイダは思い至る。
「マルクさん、ですか」
「そう。しかも彼はやっかいなタイプの天才でね。持って生まれた才能で軽々と何かをこなしていく感じではなくて、とにかく魔法が大好きで、寝ても覚めてもそちらにかかりきりで実力を上げていくという、天才的努力型の天才なんだ。……これじゃあ、彼を僻むことも出来ない。彼と同じだけ頑張らないこちらが悪いのだってなってしまうだろう?」
「ああ。それは、自分的にはそうなってしまいますねえ」
高校時代、ハイダはちょっといいなと思う男子がいたことがある。向こうから遊びに誘われたので、可能性はゼロではなかっただろうと今でも思っている。けれど当時のハイダは自分が恋愛舞台に上がることに怖気づき、誘いを断ってバイトに没頭している間に彼は幼馴染女子とおつきあいを始めてしまった。なんでもその子が長年彼に片思いしていたのは有名で、何度ふられてもめげずにアピールをし続けていたのだそうだ。
(情熱のある人が結果をつかむなら、仕方ないと思うしかない)
潔く負けを認めたハイダは素早く彼から距離を置いたのだった。
ほろ苦い青春を思い出しながらお茶を飲むと、ローガンも同じように自嘲気味の微笑みを浮かべていた。
「僕は魔法以外にもやりたいことや欲しいものがあった。恋だってその内の一つだ。だから彼に敵わなかったのは当然なんだろうな」
その声色を聞いたハイダはおや、と思う。
もしかして、ローガンの中には『元々の才能だけなら自分はマルクにも負けていない筈』という思いがあるのではないだろうか。
(なんとなくだけど。人間活動をないがしろにして魔法に取り組んだマルクさんを、まるでルール破りのように非難したい気持ちがありそうな感じがする)
とは言えである。だからと言ってこのまま知人の愚痴や悪口方面に流れるのは勘弁して頂きたい。なのでハイダは強引に話を逸らすことにした。
「それもよいのではないでしょうか。魔法って、仕事ですよね。私の元いた世界では仕事よりプライベートを大事にするって考え方も当たり前でしたし」
一瞬目を丸くしたローガンは、すぐにハハ、と軽く笑った。
「僕もそのように割り切れたらいいんだけど」
「どちらも大事というのもローガンさんの本当の気持ちなのでしょう。無理に切り捨てる必要はないかと思います」
「そうだね……」
「なお私は就職先を趣味の時間の確保最優先にした完全プライベート第一主義です。まあ……これからは時間もお金も大幅に趣味に費やせるのだと思っていた矢先にこんなことになってしまったのですが……」
大袈裟にしょげてみせるハイダにローガンは同情を見せる。
「それは気の毒だったね。せめてこちらで代替品が見つかればいいんだが……ちなみに君は向こうではどんな趣味活動を?」
「そうですね、私が好んだのは読書やゲームや映画や芝居です。というか、物語ならどんな媒体でも大好きでしたね」
うーん、とローガンは眉を寄せる。
「読書やゲームや芝居はわかるけど。映画というのは?」
尋ねられ、ハイダは思いつく限りの言葉で映画の説明をしてみせる。
「と、言うような娯楽なんです。あとゲームというのもおそらくローガンさんが想像したような、誰かと勝敗を競い合うような遊びとは違うんですよ」
「勝敗を競わないゲーム? 全く想像がつかないな」
ハイダは再び脳内の言葉を検索した。
「私が好きな恋愛シミュレーションゲームは……そうですね。即興芝居、のようなものでしょうか。舞台の上で繰り広げられる物語の中に私の役がいまして……話の分岐点に来る度に、問いかけがされるんです。で、私が選択肢の中から選んだ答えに添って、また物語が進んでいくんです」
「それは……楽しいのかい? 芝居と言うのはその世界に没頭させてもらうのが醍醐味だと思っていたのだけど」
「楽しいんですよ!」
ハイダは力説してしまった。
「没頭できるんです! そちらの世界で私が恋をしたりされたり青春を謳歌しているような気持ちになれるんですよー! ちなみに私が好きなのは学園ものでした。私、学生時代のイベントなどはほとんど出られなかったものですから、ゲームの中でそれを体験出来るのが嬉しくて嬉しくて……体育祭で組が勝利した時なんか燃えましたねー、負けてクラスメートと大泣きするのもいい思い出ですー……!」
そこでハイダはハッとする。隣ではローガンが「自分には全くわからないけどハイダを傷つけないようにここは温かく見守ろう」といった感じの笑顔になっている。思わず拳を握り締めた。
「……無念です。私にもっと力があればゲームの良さをローガンさんにお伝えできたのに……」
「ゲームの良さ、か」
そこで、ローガンが少し何かを考えるふうにした。
「そうだな。残念ながらそれは僕にはよくわからないけど。……君は学園に興味があるんだね? もしよかったら、こちらの世界の学校を覗いてみるかい? 確か近くに平民の私学があった筈だよ」
「! ……覗けるんですか?」
(もしやそれはゲームや映画でお馴染み舞台の西洋の学園……!)
想像して、ハイダは興奮してしまう。
「見学は出来る筈だよ。君は幼く見えるしね。これから入学を考えている、ということにすれば申請が通る筈だ」
「行きたいです!」
手を挙げたハイダにローガンが微笑む。
「じゃあ、行ってみようか。何もない町だと思ったけど、君が興味を持てる物があって良かったよ」




