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Weeds Soul  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
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6/14

「クラゲはそっちでしょ」

◆女子個人組手、準決勝戦① 「クラゲはそっちでしょ」


 《 勝負、始めっ! 》


 主審の声で、ついに準決勝戦が始まった。

 あれ、何かおかしい。

 試合は始まってるんだよ。もう、始まってるの。

 だけど、あたしの足も身体も、鉛のように重くて動かせない。何、これ。どうしたっていうの。


「・・・・・・くすっ! なぁんだ・・・・・・始まる前から既にワタシに、呑まれてたのねーッ?」


 はぁ。何言ってんのよ。

 あたしは、目の前にいる末永小笹に勝つために、先生が課した猛特訓をやってきたんだ。レベルを上げて、今、こうしてこの場に立ってるの。今更、呑まれるなんてこと、あるワケないじゃん。

 でも、頭ではそうわかっていても、足が前へ出ないの。身体も何だか動かないの。


「くすっ。うちの一年生エースの鞠萌や、等星の矢萩に勝ったっていうから期待したのにーッ」


 背筋に、絶対零度の金属棒を付けられたような寒気が走った。何、この不気味さは。

 あたしは、甘かった。目の前にいるのは、末永小笹だけど、末永小笹じゃない。

 去年の彼女と今年の彼女は、まるで別人だ。その大きな両目から放つオーラは、それだけで人を突き刺して殺せる刃物のよう。気迫だけで人を倒せそうな、次元の違う何かを持っている。


 あたしは自分が、猛特訓の末に「新しい水琴」へ進化したと思ってた。でもそれは、あたしだけじゃなかったんだ。目の前にいる彼女もまた、格段にレベルアップしていた。考えが、甘すぎた。

 彼女は、開始線から一歩しか踏み出していない。まともに構えてすらいない。

 それなのに、この尋常じゃない気迫と圧力は、何。どうすればいいの。あたしは、どう攻めればいいんだろう。


「ねーッ、試合にならないんだけど? ・・・・・・楽しめないならワタシ、すぐ終わらせるからッ!」


 やばい。やばいやばい。彼女、なんだか怒っている。あたしが彼女にとって期待外れだったからか。いやいや、そうじゃないでしょ。だって、あたしは・・・・・・。

 そう思った刹那、会場がどよめいた。それと同時に、あたしの顎は上を向いていた。

 目の前に、いくつもの星が瞬いている。

 頭の中にキーンと音が響き、刺すような痛みが走っている。


「(・・・・・・え・・・・・・っ? な、何・・・・・・された?)」

「止め! 赤、上段蹴り、一本(3ポイント)っ!」


 彼女との間合いは、2メートル近くあったはず。なのに、一秒にも満たない間に、あたしの顎は下から彼女に蹴り上げられていた。

 いつ蹴ったの。いつ蹴られたの。まったく、わからなかった。


 ■ 末永小笹 3―0 栗原水琴


「続けて、始め!」


 主審が試合再開を告げた瞬間、彼女は笑いながら、一瞬であたしの目の前に迫っていた。近づいてくるのすら、見えなかった。もう、わけがわからない。


「水琴さん! 右ぃッ! 来てるよ!」


 監督席から叫ぶ先生の声が左耳に入った。右耳には戦闘機の飛ぶような音が既に入ってきている。

 危険を察知して腕を動かそうとした時はもう、あたしは右頬に「何か」をされていた。


「止め! 赤、上段蹴り、一本(3ポイント)っ!」


 主審の「上段蹴り」という言葉に耳を疑った。あたしが食らった技が彼女の回し蹴りだったのか、裏回し蹴りだったのか、まったく見えなかった。ちゃんと、見ていたはずなのに。

 これじゃ去年の新人大会と何も変わってない。あたしは開始線でぎりりと歯ぎしりをしていた。


 ■ 末永小笹 6―0 栗原水琴


 タイマーを見ると、始まってまだ七秒しか経っていない。

 試合は、8ポイント差で終わる。あと2ポイント取られたら、あたしの負け。

 まだあたしは何もしていないんだよ。

 何も出来ていないの。

 このまま終わりたくない。

 末永小笹に、勝ちたい。

 一方的に負けたくない。とにかく勝ちたい。

 惨めな完封負けだけはしたくないの。


「くすっ! あははっ! 準決勝戦なのになーッ。骨のない感じだなー。クラゲみたいだよぉッ」


 な、何て言った今。骨がないってどういうこと。あたしがそこまで弱いってことなのかな。

 だいたいクラゲはそっちでしょうよ。海月って、難読漢字テキストに載ってるんだよ。「クラゲ」って読める字なんだからね。


「・・・・・・くすっ。くすくすっ。あはははっ!」


 でも、本当にどうしよう。あっという間に6ポイント取られちゃった。強すぎだよ彼女。

 こんなレベル差があるって、いろんな意味で無理すぎるんだけど。いや、諦めたらだめだ。でも・・・・・・。


「水琴さんッ! 取り乱した気を静めなさい! 平常心! 見えるから! 動き、見えるから!」

「(せ、先生・・・・・・っ!)」

「心が折れたら負けだよ! 水琴さん、そこに立つまでに積み上げてきたことを思い出して!」


 いけないっ。あたし、無意識に諦めかけてた。でも先生は、全く諦めていない目をしていた。

 何のための二ヶ月半だったのよ。まだまだ、ここからだ。

 一旦、深呼吸して、落ち着こう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 一度は諦めかけるも、その圧倒的で絶望的なまでの力の差を覆さんと立ち向かう、水琴の意志 [一言] 最強の相手は大きく立ちはだかり、水琴も初めは敗北を覚悟したでしょうけれど、ここまで積み上げて…
[一言]  あの二本足、圧倒的ですね!!  あ、人間は二本足か(笑)  ここから、巻き返せますか??  せめて一矢! なんて心じゃ、だめなんでしょうね。  まだ時間はありますもん。  勝つつもりで…
[良い点] これこれ!小笹はこういうキャラだよな!! つええええぇ!!! [気になる点] 水琴、一気に6P取られたけど、どう見ても小笹に太刀打ちできるとは思えないんだが。。。 何か、秘策があんのか??…
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