「負けてたまるか」
◆女子個人組手、準決勝戦② 「負けてたまるか」
あたしは、とんでもないことを自分に課したんだな。改めて、そう思った。
全国ランキング一位。アジアジュニアの銀メダリスト。それが、海月女学院高校の末永小笹。
そんな彼女を相手に勝つってことは、単純思考的に言えば、あたしがアジアのトップに立つことになるって話だよ。そんな簡単な話ではないけど、そういうこっちゃ。
「みっこちゃぁーんっ! まだまだ! がんばってーぇっ!」
「みこちぃーんっ! こっから! こっから! 美季先生の猛特訓の成果、だせーっ!」
梨花、真希奈、ありがとう。ちゃんと、声、届いてるよ。
先生の猛特訓の成果か。そうだね。あれほどめいっぱいやったんだから、それを出さなきゃ何のためにやってきたんだって話だよね。
基本稽古では、先生が突きや蹴り、打ち、受け、そして足捌きや立ち方について、細かく一から理論的に教えてくれた。それをもとに、とにかく普段の三倍以上の量をこなした。
移動基本では、腰の位置と体軸の重心移動について意識するように、と先生は言っていた。ただやってるだけでは、何万回やってもダメだ、と。
自分の身体の隅々まで集中して、動きの無駄な部分を常に意識するようにしなさいと言った。
あたしはとにかく組手が強くなりたかったんだけど、先生は形稽古や分解組手、約束組手などをひたすらあたしたちに仕込んだ。
正直、最初はめっちゃ不満だった。なんで今更、形なんか、と。
でも、それを毎日繰り返しているうちに、だんだんわかってきた。形には、空手を空手にするためのエッセンスが詰まってる。それを身に付けて、分解組手や約束組手をひたすら反復練習することで、様々なパターンの動きが自然に使えるようになることを。
先生には、感謝してる。こんな弱小校の主将やってるあたしにも、手を抜かずに指導してくれている。そのためにも今日、あたしは末永小笹を倒して、インターハイに出る。それが、先生への恩返しにもなるはずだから。
「続けて、始め!」
「ツアアアアーーーーーイッ!」
まるでアニメキャラのような独特な声。そんな彼女の気合いが、再開と同時に響いた。
彼女は、声だけではなく、構えも独特だ。普通の組手競技では見かけない、不思議な構え。
ほぼ真横を向いたような感じだし、前拳は腰元まで下げてるのに、後拳は顎近くまで上げている。あたしの両手とは真逆の位置。
普通、基本通りに構えたらそうならないんだよ。変わった構えだなぁ。
しかも厄介なのは、彼女のステップワークと間合い。これも独特すぎて、普通ではない。
上下とか前後にピョンピョン動く選手は数多くいる。あたしはあまりステップは得意じゃないから、摺り足でしか動かないんだけど。
彼女はコート内で、滑っているかのように動く。まるでフィギュアスケート選手が演舞するように。左右の足で円を描きながら、読みにくい動きをするんだ。
「(以前は一瞬で負けたからわかんなかった。こ、こんな動きなの? ど、どうすれば・・・・・・)」
「水琴さん! 迷っちゃダメ! 相手は同じルール内で戦ってるの! 対処は必ず出来る!」
「(同じルール内・・・・・・ってことは、変則的でも、技が来る場所は限られるってことだ!)」
先生の、キリッとした声が、あたしを縛っていた心の鎖を解いてくれた。身体が動く。これなら、大丈夫。よぉし、ここから思いっきり技を仕掛けてやる。あたしだって、意地があるんだ。
「たあいゃーっ!」
彼女が射程距離に入った一瞬を、あたしは逃さずに狙った。
懐に入らせないよう、前足の蹴りを放った。でも、軽く片手で弾かれた。想定内だよそんなのは。だから、間髪入れずに至近距離で三発、全力の突きを放った。でも、それもみんな片手で捌かれた。
彼女は、「くすっ」と笑って、一歩だけ踏み込んできた。すると、あたしの目の前にメインアリーナの天井が広がった。そこへ、逆光で黒い影となった彼女が、甲高い気合いと共に強烈な拳を振り下ろしてきたの。
まるで、時間が飛んだかのような感覚だった。何が起きたんだろう。
でも、その状況はすぐ理解できた。彼女が一歩踏み込んだ時、何かの技で転がされたんだ。
「(や、やばいっ! 防がなきゃ!)」
「ダメ、水琴さん! 捻って! そこからの受けは無理!」
本当に、試合は一瞬の判断ミスが命取りになる。
あたしは彼女が振り下ろしてくる突きを、転がったまま受けようとした。でも、先生は無理と判断。その言葉を信じ、瞬間的に身体を捻って回避。
危機一髪だったけど、ほっとしたのも束の間。彼女はそう甘くなかった。
回避後、立ち上がろうとしていたところへ、彼女は体当たりのようにぶつかってきた。
その時、あたしの腰元で、杉の枝をゆっくり曲げるような鈍く軋む音がした。
その勢いであたしは、まるでトラックに撥ねられたかのように場外へ吹っ飛ばされ、主審から場外忠告を一つ受けた。
「(い、いったぁ・・・・・・っ! こ、腰が・・・・・・。あ、脚の付け根も・・・・・・。いったぁい・・・・・・)」
「くすっ! あははっ! ワタシの崩し技からの突き、よく避けられたね? 驚いたよぉッ!」
立てたけど左脚に力が入りにくい。痺れるような痛みが走る。反則じゃないの、さっきのって。
「ん? まだ諦めてない目だねッ? くすっ! じゃあ、もうちょっと、楽しませてよぉ!」
壊されないように、って、こういうことだったのか。負けられない。負けてたまるか。
先生も、梨花も真希奈もお母さんも、見ててね。
絶対にあたし、勝つから。




