「無理はしちゃダメよ」
◆準決勝戦、開始直前 「無理はしちゃダメよ」
《 ――― ただ今より、A・B両コートにて、女子個人組手準決勝戦を行います ――― 》
「さぁ、アナウンスが入った。始まるよ、水琴さん。思いっきり、悔いなく戦ってこよう!」
「はいっ、先生! もう、全身の隅々にまで、気合いが行き届いてますんで!」
「うん! いい顔してるわ! 大丈夫!」
「はい! 自分がこの場の主役だと思って、全力で大暴れしてきますよ!」
なんだろう、この気持ちは。ワクワクとゾクゾクが交ざった、不思議な感じ。
相手は絶対的な最強女王の「彼女」。対するあたしはまったく無名選手で、完全に挑戦者側。
試合会場まで続く廊下が、やけに長く感じる。会場から入ってくる光が、やたら眩しく感じる。
先生は、歩きながらあたしの横でこう言った。「実力のある四人だけが立てる場だよ」と。
あたしは、その実力ある四人に今年、入ったんだ。なんだか、自分が自分じゃないみたいだわ。
「みっこちゃーん、がんばれーっ!」
「みこちん、ファイトだかんねーっ!」
観客席から、梨花と真希奈の声があたしのところへ届いた。とんでもない声量だ。二人の隣にいる柏沼高校の人たちが、目を丸くして驚いているよ。
頑張るよ。これ以上もう栗原水琴からは何も出ませんぞっていうくらい、あたしの持てる全てを出し切ってやるから。梨花と真希奈のぶんまで、戦ってくるからね。
その時、ふと、二人の後ろに「知っている顔」を見つけた。びっくりした。今日は、日曜出勤のシフトだから応援に来られないかもしれないって言ってたのに。中抜けして、来てくれたのかな。
「みぃことぉーっ! 強い子相手に、無理しすぎないでねぇぇぇっ!」
梨花と真希奈の二人が張り上げた声量をも上回る、どでかい声。あたしの母、細子だ。
「みことぉーっ! 無理はしちゃダメよおぉぉぉーっ!」
やめてよお母さん。会場中の目が、試合コートじゃなく、そっちに集まっちゃってるじゃん。
「良いお母さんだねー、水琴さん。あんなに一生懸命応援してくれるなんて、嬉しいね?」
「恥ずかしいですよぉ。学校の授業参観じゃあるまいし。でも、お陰でさらに元気出ました!」
Aコートの赤側には「彼女」が立つ。あたしは青側。
反対側のBコートは、等星女子高の選手同士の同門対戦。
あたし今、自分が浮いてないか少し心配になる。市民大会のベスト4とは空気の重さが雲泥の差。インターハイ予選のベスト4って、そういう場なんだと改めてわかった。
・・・・・・くすっ! あははっ!
ふと、対面の赤側からそんな声が聞こえた気がした。
いや、間違いない。「彼女」の笑い声だ。




