「がんばれ、水琴」
◆招集所にて 「がんばれ、水琴」
栃木県の高校空手レベルは、ただの県レベルじゃない。全国や関東でもトップランクに入る学校が、いくつかある。去年の関東大会や沖縄インターハイは、栃木県勢の活躍がすごかったの。
全国で四十年以上「超強豪」の名を轟かせる名門私立「等星女子高校」。
男女共に、県内で長年強豪の地位を保ち続ける私立「日新学院高校」。
去年、全国でも注目の的となった、伝統ある県立進学校の「柏沼高校」。
そして「彼女」が去年のインターハイで大活躍したことで、全国へ一気にその名を広めた、私立のお嬢様学校である「海月女学院高校」。
他にも、強い選手は個人レベルでかなりいる。楽に勝てる試合は一つも無いくらいなんだ。
誰が勝つか、誰が生き残るかなんて、その時の運次第だとあたしはかつて思っていた。でも先生は「それは違うよ」とあたしに言ったんだ。
勝つ人は、いかなる相手にも対処できる力を常に磨いている。だからどんな時でも勝つの。
勝てない人は、未熟さを言い訳で塗り替えようとして向上しないから、いつまでも勝てない。
勝つ人は、勝てる力の上に、さらに勝つための「年輪」を重ねてる。だから、益々勝てるの。
勝てない人が勝つ人に勝つためには、勝つ人に勝つより勝てない自分にまず勝つことだよ。
そこから、勝つ人に勝てるようになる自分というものが、新たにスタートするからね。
先生の言葉は、ただ聞いているだけだと、まるで禅問答のようだった。
要は、まずは自分の性根を叩き直し、相手よりさらに上の努力をせよ、ということだと思う。
あと、先生は「勝利に近道なし。王道のみ」とも言った。それは激しく同意。その通りだし。
このインターハイ予選大会、準決勝戦に進むまでは大変な試合ばかりだった。でも、勝つことができた。あたしがまさか県内のベスト4入りなんて夢みたい。努力は裏切らなかったと思いたい。
さっき名を挙げた学校の選手が何人もいたのに、よく勝てたなぁと思う。試合中はあたし、無我夢中になっちゃって、内容をよく覚えてないんだ。余裕無くて、一試合ごとに必死だからさ。
「先生、すみません。あのー、パンフレットの組み合わせ表、見せてもらっていいですか?」
「ん? どうしたの?」
「いえ。・・・・・・ここまでの試合、点差も内容も、なんだか覚えてなくて。何て言うかー・・・・・・」
「あはは、そういうことか。いいわよ。私、みんなの試合結果はちゃんと記録してあるから」
「すみません、失礼します」
先生は、笑顔であたしに大会パンフレットを手渡した。そこには、これまでの試合結果が、丁寧にメモされていた。
形も、組手も、先生が細かく記録してくれているのが、なんだか嬉しい。
・個人形 一回戦 (全空連第一指定形)
○ 栗原 サイファ 3―2 阿部恭子(柏沼・三年) カンクウダイ
※バランス、呼吸、非常に良し
× 藤井 セーパイ 0―5 大澤美月(等星・三年) ジオン
※緩急を見直す必要あり
× 早田 セーパイ 0―5 麦原鞠萌(海月・一年) セイエンチン
※体重をまず減らそうかな
・個人形 二回戦 (全空連第二指定形)
× 栗原 クルルンファ 2―3 御子柴陽(日新・一年) ニーパイポ
※呼吸法に課題ありかな
・個人組手 一回戦
○ 栗原 7―3 実倉佳菜(日新・二年)
※突きの連打と前蹴り良し。受けはやや甘い
× 藤井 3―6 磯原ひな(柏沼・一年)
※カウンターを三つ取れたのは良し
× 早田 0―9 大澤美月(等星・三年)
※やはり体重を減らそうか。大盛りはやめよう
・個人組手 二回戦
○ 栗原 5―4 阿部恭子(柏沼・三年)
※カウンターと中段回し蹴り良し。受けも改善
・個人組手 三回戦
○ 栗原 1―0 矢萩和光(等星・二年)
※作戦勝ち。間合いが絶妙で良し
・個人組手 準々決勝(ベスト8)戦
○ 栗原 9―9 (延長先取) 麦原鞠萌(海月・一年)
※飛び込み中段突きと横への動き、文句なし
「ありがとうございました。・・・・・・ふーぅ」
「ちょっと緊張してるわね。でも、自信持ちなさい。実力者相手に、勝ってきたんだから」
「・・・・・・はい! あー、でも、いざこうなると、何か・・・・・・」
「ま、気持ちはわかるよ。私も昔、水琴さんくらいの頃、そうだったからさ」
「え! 先生ほどの人でも?」
「もちろん。誰だって同じよ。相手だって、まったく緊張ゼロなんてことはないと思うわ?」
「そ、そっか。そうですよね! ・・・・・・ふーぅ。ちょっと、落ち着こう・・・・・・。すーぅ・・・・・・」
「そうそう。長く吸ってゆっくり吐く。気を、お腹の底に落とし込むように。形と同じよ」
これは、伝統的な空手の形「三戦」の呼吸法。あたしたちに、先生が本格的に教えてくれたの。
あたしはこれで心を静めて、自分自身に向かってこう言った。「がんばれ、水琴!」と。




