「強くなりたいと、決めたんだ」
◆ここに至るまで 「強くなりたいと、決めたんだ」
《 ――― 女子個人組手準決勝に進んだ選手は、選手招集所へお集まり下さい ――― 》
月とすっぽん。雲と泥。天と地。鯨と鰯。駿河の富士と一里塚。比べものにならないほど差が大きすぎて、かけ離れているということ。
それならきっと、あたしと「彼女」だって、これらの言葉に仲間入りすると思う。
それほどまでに、あの「彼女」とあたしは実力差があると思う。今日、この大会に来ている関係者だって、ほとんどがそう思ってるんじゃないだろうか。
あたしは去年、空手の「高校新人大会」で、「彼女」に秒殺レベルで負けた。
歯が立つとか立たないとか以前の問題だった。
いや、問題にすらされなかった。
8ポイント差が付けば終わりの組手競技で、あたしは軽々と8ポイント取られて負けた。わずか、十秒ほどで。
あたしは去年、空手歴十年になった。それなのに、「彼女」には指一本すら触れられなかった。
「彼女」の記憶には、あたしの名前なんて全く残っていないと思う。栗原水琴という名前は。
逆にあたしは「彼女」の名前を忘れはしない。あそこまでやられて、忘れられるわけがない。
あたしの所属する栃木県立鶉山女子高校の空手道部は、平成二十三年の今年で創部三十年。
創部初年度は部員が十人いたみたいだけど、経験者は三年生だけで、残りは白帯の初心者だったって話を伝え聞いている。
でも、当時の三年生の中で頭一つレベルが抜きん出ていた人がいて、その人が部を引っ張っていたからか、関東大会優勝までいったんだってさ。すごいよね、それって。
しかし、今は違う。その三十年前の栄光以降、うちの部は県内でも初戦突破できるかどうかの弱小部。
人数も今や三年生が三人だけ。去年は一つ下の学年に新人部員が一人いたけど、辞めちゃった。
そんな状況だから、あたしたち三人が卒業した後には、廃部がもうほぼ決まってるの。
ただし、今年「ある条件」をクリアすれば、廃部は免れることが出来るけど、それは・・・・・・。
――― 全国高等学校総合体育大会の出場権を得ること ―――
インターハイに出られるのは、団体戦は男女各一校。個人戦は上位二名。つまり団体戦であれば優勝校のみ。個人戦ならば準決勝を抜けて決勝戦まで残らないとダメ。ものすごく狭き門なんだ。
今年からうちの学校には空手有段者の前島美季先生が赴任し、監督になった。
先生は、「インターハイ出場の可能性は、みんな平等だよ」と、赴任初日の部活であたしたちにそう言ってくれた。
でもどうせ高校最後の年だし、無理だと言われようが何だろうが、可能性がゼロではないなら、とことんやってみようと思った。それ以上に、あたしはあの「彼女」に叩きのめされたのが、心底悔しかった。
だから、あたしは先生に「本気で強くなりたいです」と四月当初に言ったんだ。
あたしは、「彼女」に勝って、インターハイに出たい。とにかく、「彼女」にリベンジしたい。
先生は「本気でやるからには厳しくするよ」と言って、あたしたちを基本から鍛え直してくれたの。それから今日まではもう、まさに、「地獄の特訓」みたいな日々だった。
日本代表選手の強化合宿ですか!?って言うくらい、ビシバシ厳しい稽古をやって、毎日足腰が立たなくなるくらいまで、鍛え込んだの。まぁ、そこまでやったのは、あたしだけなんだけどさ。
空手道部同期の藤井梨花は、もともと中学では新聞部。那須鶉山市の俳句コンテストで金賞を取ったこともあるみたい。
高校から空手を始めたのは、体力をつけたかったからだって。やっと春に初段を取ったばかりで、黒帯になりたて。先生のメニューにはついていけなくなり、「体力続かないから無理でーす」と早々に猛特訓からドロップアウトした。今は、適当なペースでやってるわ。
同じく、同期の早田真希奈も、「ついていけないから、自分ペースでやるっす」と言って、脱落。中学時代は柔道部で、今、体重が九十キロもある重量級。
元々空手に興味があって高校から始めたんだって。食欲は超高校級。「栃木県わんこそば選手権」では三百二十杯の超記録を出したの。
先生は笑って「できるとこまででいいよ」と二人にそう言ったけど、目は笑ってなかったな。
空手を適当に楽しみたい二人はそんな感じ。だけど、あたしは先生と超本気になって、「彼女」を倒すべく、本気の本気モードで鍛えまくったんだ。十年選手の意地、ってやつでもあるかも。
「水琴さん。ここまで良い調子よ。準決勝はもう、決勝戦だと思って全てを出し切ってきなさい」
「はい、先生! ・・・・・・やっと、ここまで勝ち上がれた。やってやる。やってやるぞぉ!」
「気負いすぎないように。平常心よ。四月からの二ヶ月半で、あなたは確実に強くなってるから」
「・・・・・・はいっ!」
ありがとう、美季先生。すごく心強い。
先生は、小さい頃から空手を習っていたけど、十年以上芽が出なかったらしい。でも、諦めずに稽古を重ね、高校では男子以上の実力になり主将となった努力の人。
それからさらに大学でも続けて、学生選手権では上位ランクの常連になり、国民体育大会でも上位入賞したという超本格派。
そんな先生のお陰で、あたしは今年の五月、市の空手道選手権大会の個人組手でなんとか優勝できた。
あたしと先生はこれから、組手の準決勝戦に挑む。当たる相手は、あの「彼女」だ。
強くなりたいと心に決めたあの日から、この瞬間を待っていた。既に、武者震いが止まらない。




