表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Weeds Soul  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
PR
11/14

「礼儀だもんね」

◆女子個人組手、準決勝戦⑥ 「礼儀だもんね」


 あたしの右腕全体に、裏拳のビリビリとした感触が伝わってきた。そしてすぐ、思いっきりその手をムチのように自分の首元へ引き戻して、彼女から離れて残心を取った。


 「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」


 何だか一秒がものすごく長く感じる。

 何故かわからないけど、そんな感じがした。

 十秒以上経ったように感じた頃、あたしと彼女の間に、やっと主審が割って入った。


「止め! ・・・・・・青、上段打ち、有効(1ポイント)!」


 幻聴じゃない。確かに今、主審はあたしへ「有効」を告げた。あたしはその場で振り向き、先生の方へ目を向けた。するとそこには、にこっと笑って小さく親指を立てている先生の姿があった。


「(や、やったよ先生! 一つ、取り返せたよ!)」

「いい技だったわ! この調子でいこう! 集中よ、水琴さん! 完璧な裏拳だったよ!」


 咄嗟に出た起死回生の一発。頭で考えるより早く出た裏拳打ちが、彼女にしっかり入ったんだ。

 あたしは確かに、末永小笹からポイントを取った。

 今もまだ、その感触が手に残ったままだ。 


 ■ 末永小笹(C1×1 ※強打) 7―1 栗原水琴(C2×1 ※場外)


「みーこぉとぉ! やぁったねぇーっ! すごいじゃないのぉーっ!」

「や、やったやったやった! まっきー、見た? みっこちゃん、取った! 取ったよ!」

「見た! 確かに見たよりかちん! うおおお! みこちん、あの相手から、取り返した!」


 うちの陣地で、お母さんが拍手しているのが見えた。梨花や真希奈も、飛び跳ねている。

 いろんなところから少しずつ、あたしの耳へ声が届く。「すげぇよあの人!」「あの末永から裏拳で?」「鶉山女子にあんな選手いた?」「末永が等星以外に取られた!」など、一気に大騒ぎ。


「・・・・・・無失点優勝、狙ってたのにな・・・・・・。・・・・・・ワタシ、ちょっと見誤ってたなぁ・・・・・・」


 彼女は、赤の開始線で、項垂れたまま何か呟いている。小声だし、周りの歓声で何だかよく聞こえないや。

 下を向いているせいで、彼女の顔はこちらからは見えない。


「(よおぉーしっ! ・・・・・・ここからだ! まだまだ食らいついてやるんだから!)」


 あたしは、両手でメンホーを叩いて気合いを入れ直した。帯も、ばしっと締め直した。

 正直、身体はもうあちこち限界が近いかも。気力を切らさずにいないと、あっという間に倒れそうなほど痛い。

 彼女にやられた部分以外も、かなり痛むんだ。ふくらはぎとか、アキレス腱とか、肩とか腕とか、その他諸々。

 もしかすると、彼女と戦う中であたしの身体は限界以上の力を出しちゃってて、悲鳴を上げ始めてるのかもしれない。


「くすっ。・・・・・・あはっ。・・・・・・あはははぁッ!」


 顔を上げた彼女の目は、これまでとはまた、違っていた。

 表現が難しいけど、何て言うか、黒い瞳の中に光と影が交互に渦巻くような、何とも不気味なオーラがその目から出ている感じ。

 あたしに裏拳を叩き込まれたから、怒っちゃったんだろうか。


「今ので目が覚めたよぉ。半分の力じゃだめかぁー。・・・・・・本気でやらなきゃ、だめだねッ!」

「(は、半分・・・・・・って・・・・・・何? ・・・・・・今までのあれが、半分の力だったっていうの!)」

「そっちは最初から本気。だったらワタシも、本気で返すのが礼儀だもんねッ! くすっ!」


 それほどまでに、あたしと彼女は実力差があるっていうことなのか。なんか、かなりやばい。

 彼女からどんどん、熱風のような闘気と刃物のような殺気が、膨れあがってるのがわかる。恐いよ。


「ワタシの本気・・・・・・受けてみてちょうだいねぇッ? 栗原水琴チャンっ!」


 彼女は、初めてあたしの名を口から出した。

 最初から実はわかってたのか、それとも改めて覚えてくれたのかはわからない。まぁ、どっちでもいいや。

 覚えてくれたなら、こっちも光栄だしさ。


 二ヶ月半、めいっぱい汗と涙を流してきた。毎日、悲鳴を上げたくなるほどの筋肉痛にも泣かされてきた。それは、無駄じゃなかった。

 あたしの技によって、末永小笹を本気にさせたんだから。


「(しゅ、集中だ! もっと集中! ・・・・・・見えるはずだし。来たら、躱して・・・・・・)」


 そう考え、彼女を迎え撃つ準備はできていた。

 しかし、試合再開した瞬間に、あたしの左脇腹へ彼女の強烈な中段回し蹴りが叩き込まれていた。

 それは今までとは次元の違う速さ。瞬間移動をしたか、時間を止めたのではないかと思ったほど。

 とても、普通に反応できるものではなかったんだ。

 その蹴りの衝撃で一瞬、あたしの息が止まった。

 お母さんや梨花、真希奈、その他様々な人たちから「あぁ!」という声が聞こえた気がした。

 次の一呼吸をするまでがまた、異様に長く感じた。


「止め! 赤、中段蹴り、技有り(2ポイント)! ・・・・・・赤の、勝ち!」


 ■ ○ 末永小笹 9―1 × 栗原水琴


 結果は8ポイント差で敗北。全てが終わった。彼女には、勝てなかった。

 メンホーを外し、あたしは一礼してコートを出た。

 足を踏み出すごとに、どんどん涙が溢れてくる。

 唇が震える。とにかく悔しい。

 そんなあたしを、コートの外で先生が静かに笑顔で待っていた。


「・・・・・・ひっく。・・・・・・せ、せんせい。あたし・・・・・・。ひっく・・・・・・。かてませんでした・・・・・・」

「お疲れ様。・・・・・・いい試合だったよ。水琴さんは末永選手を相手に、全てを出せたと思う」


 先生は涙を流すあたしの肩を抱き、優しくそう言ってくれた。

 あたしは、止まらない涙を道着の袖で拭いながら、小さく頷いた。

 熱くて塩辛い涙は、拭ってもどんどん頬に流れ続けた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 小笹の本気(強かった……) 試合には負けたけれど、水琴は大事なことを学んだであろう点 [一言] 小笹は強かったです。しかも本気では無かった。全力でぶつかって、あえなく蹴散らされた水琴ですが…
[一言]  おつかれさまでした。  負けたとはいえ、いい試合でした。
[良い点] 過去作品の「悠久の拳」や「出動!悪行清掃人」とはまた違い、一つの試合にフォーカスを絞った今回の作品、面白いです。 トップ選手と、無名選手の、様々な差が見られますね。 末永小笹からハッキリ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ