「あたしの咲かせた花」
◆女子個人組手、準決勝戦⑤ 「あたしの咲かせた花」
「ツアアアアァーーイッ!」
少しだけヘロヘロになってきたあたしへ、彼女は容赦なく突きの連打を放ってきた。
もう、なりふり構っていられなかった。あたしは大きく横へ回るように飛び退き、構えも姿勢も崩しながら、彼女から一気に離れた。また、呼吸を整えなきゃいけない。集中力を保ったままで。
彼女の技は、一つ一つがもう凶器レベルだと思う。ポイントがどうこうの問題じゃない。
触れられた場所すべてが壊される感じ。とにかく重くて恐くて痛い。痛みより先に恐さが頭をよぎる技。
どういう鍛え方したら、同じ年齢の女子がこんな力になるっていうの。誰か教えてよ。
「水琴さん! それでいい。一旦間合いを切って、状態を整えよう!」
「(そ、そうですね・・・・・・。ふぅ・・・・・・ふぅ・・・・・・)」
8メートル四方のコートだけど、とても空手の試合場にいる感じがしないよ。オオカミか何か、猛獣の檻にでも放り込まれた気分。
だって、彼女の空手はそれくらい恐いんだもの。
「・・・・・・あははっ。逃がさないからッ! ツアアアーイィッ!」
休ましてすらくれない。彼女は、優しくない。あっという間に、彼女の蹴りがまた飛んでくる。
もう、あたしの足下には白ではなく青いマットが広がっていた。「場外」が近いことを示すゾーンだ。その後ろはもうペナルティになるゾーン。
だめだ、これ以上は退がれない。
「(き、来た! しかも、また、前蹴りっ?)」
「・・・・・・くすっ! あははっ!」
「水琴さん、違う! 切り返しのフェイントだよ! 上よっ!」
「(う、上っ?)」
もう、何が何だかわかんなくなってきた。あたしは、彼女の技に踊らされているかのようだ。
さっきの前蹴りで大きなダメージを受けたせいもあって、あたしは反射的にみぞおちを庇ってしまった。だが、彼女は直前で膝先を柔らかく捻り返し、あたしの側頭部へ回し蹴りを放ってきた。
先生の声がなかったら、ここで終わってた。
上体反らしのようにして、あたしは紙一重でその蹴りを躱せたの。目の前を、切り裂かれた空気が風となって上下に抜けていった。
ここで、千載一遇のチャンス到来。あたしが上段蹴りを躱したことで、彼女は横向きに近い姿勢で崩れてる。しかも、脇腹がガラ空きじゃん。
ここは迷いなく、いくしかないよねっ。
「たあぁいいぃやぁぁーっ!」
「ダメ、水琴さん! トラップよ!」
え、何て言った先生。
トラップって何。だって目の前には千載一遇の・・・・・・。
「ツアアァーーイッ!」
様々な大舞台で実績を積んできた先生だからこそ、見破れたのだろうか。あたしの経験値では、とてもそこまでわからなかった。
本当に、ワナだったんだ。彼女は蹴りを空振ってわざと脇腹を見せていたの。
そのワナにまんまと引っ掛かって突っ込んだあたしへ、待ってましたとばかりに強烈な上段突きを叩き込んだんだ。あたしは払いのけようとしたけど、とても間に合わなかった。
「止め! 赤、上段突き、有効!」
■ 末永小笹(C1×1 ※強打) 7―0 栗原水琴(C2×1 ※場外)
「くすっ。あははっ! さぁ、ワタシ、リーチだよぉ! 他も終わってるし、次でラストだねッ」
いつの間にか、隣のコートで行われていた等星女子高対決の準決勝戦は、終わっていた。
男子側のコートも、試合が終わってるみたい。今、会場中が、このコートだけを見ているのだろうか。
「(か、完全にもう、後が無い・・・・・・。次食らったら負けだ! やばい。ほんとやばい!)」
「くすっ。名前さぁ、鶉山女子高の、何チャンだったっけ? なかなか根性ある人だねーッ!」
な、何てこと言うのさ。学校名まで覚えているなら、ちゃんとあたしの名前まで覚えてよ。
「ま、いいや! さぁ、続きを楽しもうよぉッ! くすっ。あははっ!」
試合再開と同時に、あたしは片手で中段をカバーしながら、笑う彼女へ上段突きを放った。でも彼女は首だけでこれを難なく躱し、その場で回転して凄まじい後ろ回し蹴りを放ってきたの。
あたしはこの蹴りを、カメのように首を引っ込める感じで避けることができた。
立て続けに飛んできた回し蹴りも、両腕で辛うじてブロック。すっごく痛いけど、ポイントは取られてない。
「(だ、だんだん慣れてきたかも! あたし・・・・・・末永小笹と、ちゃんと戦えてるじゃん!)」
あたしはいつからか、身体が勝手に反応するようになっていた。攻めも守りも、彼女のスピードに慣れてきたのか、動きになんとかついていける感じになった。
だが、そう思っていた矢先、彼女は両脚ごと叩き折るかのような勢いの足払いをかけてきた。思いっきりバックステップして、これを回避。距離を取ってまた、呼吸を整え直す。
「ふぅ・・・・・・すぅ・・・・・・ふうぅ・・・・・・すーぅ・・・・・・。・・・・・・よぉしっ!」
「しぶといなぁッ・・・・・・。ツアアアァーイッ!」
間髪入れず突っ込んでくる彼女に対して、あたしは腰を落とし、迎え撃つ姿勢を取っていた。
その時、あたしの後ろから、先生の「いける!」という声が聞こえた。
次の瞬間、あたしは彼女の重い突きを受け流し、コンパスのように彼女の横へ回り込んでいた。
「こ、ここだ! ・・・・・・たあぁぃやぁぁーっ!」
あたしと彼女の目の距離は、お互いの腕一本分も無い長さ。
頭からの命令よりも早く、あたしの右手は彼女の側頭部へ、裏拳打ちを入れていた。
地味だけど、これがあたしの咲かせた「花」だ。




