サクラ・スイーツの事件(前編)
四分後、俺たちは現場に到着した。
アキは驚くほど運転が速かった。
現場の様子は、報告にあった通りだった。辺りは大混乱。人々は必死に逃げ惑い、その中心にあるパン屋からは、意思を持って動き回るお菓子の怪物たちが次々と通りへ吐き出されていた。
「なんてこった、あんぱんの神様!」
停めたバイクの上から現場を眺め、ミコが叫んだ。
正直、彼女の反応も無理はない。
怪物は三種類……ではなく、二種類。どちらも身長は約150センチで、ミコとほとんど変わらない大きさだった。
あんぱんは、こんがりとしたきつね色のハンバーガーのような形をしていた。そこから小さな手足が生え、頭の上には一本の触手まで伸びている。
その触手から粘着性の液体を発射しながら、人々を追い回していた。
一方、メロンパンは丸いクッキー生地の殻をまとった怪物だった。体を丸めて転がり、獲物に勢いよく体当たりしたかと思うと、バターのようなものを全身に吐きかける。
日本で愛されているあのお菓子たちが、こんな恐ろしい化け物に変えられてしまうなんて。
信じられない。
いったい誰が、こんなことを?
「隊長! ご指示をお願いします!」
アキの叫び声で、俺は我に返った。
俺たちはまだパトカーの中にいて、現場の様子を観察しているところだった。
「そうっすね、ボス! あたしはもう、こいつらをぶっ飛ばす方法を百通りくらい思いついてるっすよ! 撃っていいっすか? 地獄を見せてやりたいんすけど!」
俺は素早く状況を確認した。
「許可する!」
ミコに向かって叫ぶ。
「アキ、俺と一緒に来てくれ! 民間人の救助を優先する!」
俺たちはパトカーから飛び出し、パン屋へ向かって走り出した。
その一方で、ミコはバイクから降りると、近くに停まっていた車の屋根へ飛び乗った。片膝をつき、魔晶石を組み込んだ魔導マシンガンを構えると、途切れることのない制圧射撃を開始した。
小さな怪物たちが、俺たちの周囲で次々と煙とパンくずになって弾け飛ぶ。
「ライトニングストライク!」
俺は低位の攻撃魔法をメロンパンの怪物に放った。
転んで倒れた男性に、バターを吐きかけ続けていた個体だ。魔法が命中し、そいつの動きが止まる。
「大丈夫ですか、おじさん? ここは危険です! 早く逃げてください!」
全身バターまみれになった男性は、どうにか立ち上がると、叫び声を上げながら走り去っていった。
「ファイアブラスト! ファイアブラスト! ファイアブラスト!」
アキが俺の側面を守ってくれていた。
彼女は炎をまとった拳を繰り出し、怪物たちを次々と難なく処理していく。俺たちを包囲させないよう、確実に数を減らしていた。
その表情は、こんな状況にもかかわらず落ち着いていて、余裕すら感じさせる。それでいて、強い決意を秘めていた。
さすがは炎の上級者に近い実力者だ。
だが、ミコが恐れ知らずなのは、また別の理由だった。
まさに彼女の独壇場。バズーカ・ベイブという異名を心の底から体現していた。
相変わらず車の屋根の上に陣取り、撃つたびに敵を紙切れのように吹き飛ばしている。
エネルギー弾が一発飛ぶたびに、怪物が三体まとめて粉々になっていた。
「かかってこいよ、兄弟! ほら、かかってこーい!」
確かに優勢ではあった。
だが、よく見ると、彼女は周囲の建物にも相当な被害を与えていた。道路の舗装、ほかの建物の壁、近くに停まっている車まで。
どう見ても武器の出力が過剰だった。
しかも、あれはミコが意図的に調整した結果なんじゃないかと思えてならない。
「ミコ、応答しろ! ミコ!」
俺は足を止め、無線機に向かって叫んだ。
「武器の出力を下げろ! 繰り返す、出力を下げろ! 周囲に被害が出ている!」
「あはははは! ほーら、ママのところにおいで! 地獄行きのチケットをあげるよ、坊やたち! まだまだたっぷりあるからね! 遠慮しないで、兄弟!」
まったく聞いていなかった。
「隊長! 私たちは任務に集中しなければなりません!」
アキが叫ぶ。
「そうだな!」
「ライトニングストライク!」
「ファイアブラスト!」
俺たちは建物の周囲を走りながら、民間人の救助を続けた。
頭の触手からあんぱんの怪物が発射した赤い粘着物によって、壁や地面に貼り付けられてしまった人たちもいた。
「うわ、気持ち悪い……」
女の子を助けるため、俺もその粘着物に触れなければならなかった。
とにかくベタベタしている。
それに、どうにも妙な匂いがする。
この匂い、まさか……。
「隊長!」
アキの声に反応して、俺は振り返った。
彼女はちょうど、壁に貼り付けられていたお婆さんを助け出したところだった。
ところが、その手は粘着物まみれで、彼女は自分の指を舐めながらニコニコしていた。
おいおい、まさか……触手の汁を口に入れているのか!?
「何やってるんだ、アキ! やめろ!」
「いいえ、隊長! このグーは、あんこです! あんぱんの中身と同じです! おいしいです。デリシャス!」
彼女はニコニコと笑いながら、指を舐め続けていた。
うわああああ!
吐きそうだ。
俺は見なかったことにして、女の子を助ける作業に戻った。
ほどなくして、全員を解放することができた。人々は無事に安全な場所へと逃げていく。
しかし、騒ぎはまだ終わっていなかった。
ミコが怪物たちを次々と撃ち倒す中、俺とアキはパン屋へ向かって走った。
行く手を阻もうとする怪物は、アキの炎をまとった拳で瞬く間に焼き払われる。
正面からは入れそうになかったので、俺たちは脇にあるドアから中へ入った。
そして店内に踏み込んですぐ、怪物たちの発生源を発見した。
少なくとも、何が怪物たちを生み出しているのかは分かった。
従業員の大半は、壁や天井、床に貼り付けられていた。騒動が始まったとき、最初に犠牲になった人たちなのだろう。
だが、一人だけ、まだ無事な人物がいた。
パン屋の店長だ。
彼は次から次へとパンを作り、オーブンへ押し込んでいた。
そう。あの小さな怪物たちを生み出していたのは、こいつだった。
「M-SERT警察だ!」
俺は片手で警察バッジを掲げ、もう片方の手で指を銃の形にして、魔法を放てるよう構えた。
「今すぐオーブンから離れろ!」
男は反応しなかった。
ただ黙々とパンを作り続け、オーブンへ入れていく。
また新たな怪物が生み出されていく。
パンはオーブンの中で十秒ほど焼かれると、急速に変異を始める。そして、焼き窯の扉を突き破るように飛び出し、巨大化しながら外へと走っていくのだ。
なんてこった……。
「聞こえなかったのか!? やめろと言っている!」
それでも男は作業を続けた。
俺の存在など、まるで認識していないようだった。
「分かった。警告はしたからな」
俺は低位のライトニングストライクを男に叩き込もうとした。
そのとき、アキが俺の手にそっと手を重ねた。
「隊長! 目を見てください!」
彼女が叫ぶ。
俺はすぐに気づいた。
男の目は虚ろだった。
自分の意思で動いているわけではない。
本物の店長は眠らされているか、意識を失っているのだろう。そして、目の前に立っている肉と骨の塊は、闇の魔法によって操られている。
おそらく、あの変異したお菓子たちを生み出している術者と同じ魔法だ。
だが、それでも男を気絶させる必要があった。
外で起きている騒動を終わらせるには、まずこいつを止めなければならない。
だから俺は、結局そのまま魔法を放った。
「ストライク!」




