表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金が降る  作者: 毎路
6/95

05 探検

 リビングにある大きな窓からの朝日を浴びて、ルヴィは心に決めた。

 ルヴィにとって朝と言えば、欠かさない日課があるのだ。


 ルームメイトの幼馴染が眠気眼で現れるのを仁王立ちで出迎え、まだ半分くらい夢のなかのような幼馴染を追い立てるように外出の準備をさせ、待つこと数十分。


 ルヴィはネムの背中を押してながら、アパートの外に出た。


「あ、おはようございます。マザーマリエ」


 丁度アパートへ車で出勤してきた管理人の老婦人を見つけ、声を掛ける。


「おはよう。お出かけかしら?」

「はい。ちょっとそこまで、ネムと探検です!」

「まあ! ふふ。面白いものがあるといいのだけれど。――いってらっしゃい」


 老婦人は車の中でほほ笑んだ。






 動きやすいパーカーとスニーカーで落ち葉が敷かれた歩道を踏みしめる。

 手慰みにフードの紐をぎゅっと引っ張って遊びながら、ネムを振り返った。

 ブラウスとスカート姿で、肩からショルダーバッグを掛けている。


 どこへ行くにしてもパスポートの所持が必須なのだ。

 普段は手ぶらのルヴィも、体の前にボディバッグを提げている。


「もし旅券なくしたらって思うと、怖いよな……」

「そうなったら、大使館に連絡ね。――駅が見えて来たわ」


 アパートからの最寄り駅は、アパートから徒歩10分ほど。

 赤煉瓦が印象的な小さな駅舎だ。


「――報告用の写真を撮るから時間をちょうだい」


 バッグから携帯を取り出し、ルヴィのお目付け業務の為、駅舎の全体写真を撮り始めたネムの後姿を見ていると、ふと気つくことがあった。


「なあ、ネム。オレたちって地下鉄に乗って来たよな?」

「ええ。……どうかした?」


 不思議そうな幼馴染へと身振り手振りを交えて説明する。カレッジから最寄りの駅では地下へ続く緑のゲートを通って、地下鉄に乗ったはずだ。しかし、乗り継いだわけでもないのに、この街へ到着したときには、地上を走っていて駅舎もあるのだ。すると、ああとネムが頷いた。


「ここは郊外だから、ではないかしら?」


 本国でも都市部は地価が高くて地下に駅のホームがある。

 しかし、郊外へ行くと、地上につながってそのまま走る区間があるという。


「人通りも少ないのは……ここがいわゆるベッドタウンで、今は通勤通学時間から外れてるからってことか」


 駅舎の前には小さなロータリーがあるが、車はタクシーが一台あるだけで、暇そうなドライバーが全開の窓に肘を掛けてドーナツを齧りながら、大音量で流すラジオからは、世界を賑わせている仮想通貨の詐欺被害についてのニュースを聞いているようだった。


「アクイレギアでもやっぱ騒がれてるんだな」


 幼馴染からの問うような視線を受けて、肩を竦めた。

 目線でタクシーを示すと、ネムもそちらを向いた。


「国際テロの事件」

「………世界的な被害だったものね」


 集中して聞き入ったようだが、ニュースの硬い文章は聞き取れなかったらしく、ネムは首を振った。


「それで、探検というと、どこまでを行くのかしら?」


 駅を背後にすると、ルヴィたちが来たのは右手で住宅エリアが広がっている。その反対側は商業エリアだ。方角で言うと、南はビジネス街、北が住宅街だ。


「この住宅街らへんをとりあえず満遍なく。毎朝の日課のランニングコースのため! ………万が一だけど、迷ったら大変だろ?」


 ネムは一も二もなく頷いた。

 携帯で、航空地図を出して、拡大してくれる。


「先に確認をしておきましょう。この住宅街には四つのメインストリートがあるの」


 ルヴィたちが住むのは、三つ目の通りの北側に面したブロックだ。

 主に、北側に住居が多く、南側には住宅と個人店がセットになったような建物が混在している。


「近郊型の建物とは違うでしょう?」


 ネムが中心部に近い方の住宅街を見せて来た。

 いわゆるタウンハウスと呼ばれる建物群だ。

 通りに面する建物幅が狭く、奥行きが広い。

 縦に長い構造が一般的だ。


「ここは郊外だから、戸口も広いの。そして広い庭付きね」


 アクイレギアでは、通常、前庭と裏庭がある。

 通りに面した表の庭は、芝生が多い。

 そして家の裏にはもう一つ、外からは見えないような庭がある。

 この裏庭は、建物の後ろから垣間見えるほど、背の高い木々が茂っている。


「庭、家、庭ってことか。サンドイッチ状態だな」


 空からの写真では、森の中に埋もれるような家がみえる。

 住宅の周りに緑が多い区間ほど、高級住宅地となるらしい。


「それだけ自然を感じたいということかしら?」


 戸建ては、五、六件で1ブロックとなっている。

 メインストリートに対して、垂直に交差している小さめのストリートが通っている。

 計画された住宅街なので、規則的な碁盤目状になっている。


「地図での確認はここまでにして、行きましょうか」

「そうこなくっちゃな!」


 基本的に、座学よりも、フィールドワークの方が心躍るのが男児というものだ。

 腕をぶんぶん振りながら先導すると、すぐに軌道修正された。


「そちらはビジネス街よ……」


 さっき来たばかりの道なのに、うっかりしていた。






 ネムに腕を引かれながら、もと来た道の入り口に立つと、先日は気が付かなかった看板が立っているのに気づいた。このメインストリートの通り名だ。


 セイリクス・ストリート。

 イチョウ並木の美しい通りだ。


「まずは外周を回りましょうか」

「最後にここへ戻って来るってことだな?」


 リグナムバイタの中心地から地下鉄で20分という近さにもかかわらず、住宅の一戸一戸の敷地が広く、緑が多い。黄葉した街路樹は勿論のこと、家の隙間を埋めるような木々がプライベート性を高めている。家の表札を見て、アンダーソン、シルコフスキー、ジョーダン……とご近所の名前を見ていくが、小鳥の声に上を見た。


 街路樹はしっかりと木陰も作るので、その間を鳥たちが飛んでいて実に楽しそうだ。

 

「こんだけ木があったら、落ち葉もすごそうなもんだけど」

「清掃が入る層よ。アクイレギアでは、住居の契約によるけど、管理会社が担当している場合は住人ではなくて、芝を買ってくれたり、落ち葉の清掃をしてくれたりすることが多いとあったわ」


 ぐるっと一周するのに、1時間半ほどかかった。

 だいたい8粁はあるだろうか。


「ルヴのランニングコースの下見だから、アパートの前に戻りましょうか」


 徒歩五分程度で着く。

 その間、すれ違う人ひとりいない。


「ランニングコースというと、どんな風に走るつもりなの?」

「さっき外周を回りながら考えてたんだけど、まずはここスタートだろ」


 古い柳の木の前まで来て立ち止まり、指さす。

 右手に行って、2ブロック進んだところで右に曲がり、四番目のメインストリートを右に曲がって3ブロック進んだところでまた右に曲がり1ブロック進むとこのアパートに到着する。これを繰り返す、と。


「右というのは決まっているの?」


 全て聞き終えたネムが長い睫毛を不思議そうに瞬かせる

 ルヴィは鼻の下をこすった。


「そしたら、必ず帰れるだろ?」

「………………………ああ。右へ右へ進むと、という」


 人間、だだっ広い砂漠か何かをまっすぐ歩いているつもりでも、左右どちらかに偏っていて、大きく見ると円形の軌跡になってしまうという行動原理を逆手に取った、クレバーな戦法だ。


「……………その習性が染みついていて、いつも迷子になってしまうんじゃないかしら?」


 なにやら腕を組んで小さくぼやいている。

 内容は聞き取れなかったが、必要なことならまた話してくれるだろう。


「それじゃあ、実際に行ってみましょうか」


 一通りコースを回り終わると、昼になっていた。


 



 緑のオーニングテントの下にやって来たルヴィたちは喉がカラカラに乾いていた。

 秋とはいえ、2時間以上歩き続けたのだ。

 昼食の調達を兼ねて、近くの雑貨店で食料を求めることにした。


 アパートから斜め向かいにある雑貨店は、硝子張りで中の様子がよく見えた。客はいないらしい。店員も見えない。しかし木製の扉には営業中の札がかかっている。


「ごめんくださあい」


 扉を開けると、ベルが鳴った。古風な音色だった。

 開けた扉の頭上を見ると、まるでカウベルのような胴体が太いベルが吊り下げられていた。


「ご不在かしら?」

「無人営業かも」


 返事はなかった。

 ネムと店内を見回すと、広くはないが、だいたいなんでも揃っているような雑多な印象だった。


 瓶詰のミルクや生野菜から加工されたサンドイッチがある食品コーナーと、箒や雑巾などの掃除用具があるコーナー、化粧品やハンドクリームその他の生活用品があるコーナーがあった。本国での、ドラッグストアのよう品揃えだ。ただし、掃除用具の中には、洗剤などは置いておらず、重曹などが無地の袋に入れられているくらいだった。


「重曹って掃除で使うって知ってたか、ネム?」

「見たことあるわ。モップなどは予め揃っていたから、買っていきましょうか?」


 消耗品さえ買いそろえておけば、問題ないのが今のアパートだ。

 家具付き、カーテン、寝具、食器や掃除道具付きというのは滅多にない。

 着替えとパソコンやタブレットさえあれば、すぐに学生生活が営める。


「家賃二人でいくらだっけ」

「だいたい30万ね」


 郊外とはいえ、電車一本20分で中心部まで向かうことができる好立地にしては破格だ。


「ありがてえ。郊外とはいえよく空室があったよな」

「情報も一般のサイトに出していないようだから、かしら?」


 ネムも思案顔だ。

 それほどいい環境、いい条件なのだ。


 食材コーナーを見る途中でルヴィはコーヒー豆を見つけた。ドリップできる機械が部屋にあったので、それをカゴに入れる。ネムが掃除用の雑巾セットを横から入れてきた。レタスとベーコンと卵を入れ、今は調味料の棚を目を凝らして見ている。


「いいのありそう?」

「筆記体で読みにくいわ。ルヴ、読める?」


 ミミズが這いずったような文字だ。


「あー、アジョ……アジョワンシード? かな」

「聞いたことない…違うわね……」

「ちなみに隣は、アニスシードだってさ。聞き馴染みねえなー」

「そうね」


 ネムは顎に指を掛けて考え込んでいる。


「で、何々が欲しいんだ?」

「塩と胡椒はほしいわ。砂糖は部屋にあったから……あとはコンソメとオイスターソースがあるといいのだけれど」


 期待していなさそうな声音だ。調味料は格子状にずらりと並んでいたが、ソース系は見当たらなかった。ルヴィの腰の位置から目線の位置までずらりと調味料は並んでいる。特に香辛料が豊富だった。唐辛子に、刻まれたニンニク、ショウガ、ゴマ、ワサビもあった。ネムが探していた胡椒はホワイトペッパーとブラックペッパーのそれぞれと二つを混合したものもあった。大変珍しく山椒もあった。あとはマスタードにターメリック、コリアンダーシード、シナモン、ナツメグがあり、ハーブ類もオレガノ、バジル、ローズマリー、セージ、タイム、マジョラム、サフラン、ローレル、ペパーミント、レモングラス……とまだまだたくさんあり、異様に豊富だった。


「ここだけ香辛料の専門店みたいだな」

「お店の人の、こだわりかしら?」


 鉱物図鑑と並んで植物図鑑を眺めるのが趣味であるルヴィは、そのハーブ類の中で、マリエの裏庭で見かけたハーブと被るものがいくつかあるなと思った。


「塩だけでもこの列があるのね。あと足りないのは……通販ね」

「アンスリウム様様ってな」


 アクイレギア発祥の大手通販サイトに賛辞を向けながら、素晴らしい品ぞろえの香辛料、調味料の中から適当なものをカゴに放り込んで立ち上がった。


「昼食だけどさ、このターキークラブ、グリルドチーズ、スモークサーモン、エッグとかどう? ちょっと頼み過ぎか?」


 ネムは肩を竦め、昼無理なら夜に食べればいいと勧めてくれる。


「よっし。じゃああとは飲み物だけど。……牛乳どうする? 小さいのでハーフガロンらしいけど」


 1ガロンが約3.8リットル。

 その半分なので、飲みきれるかだいぶ怪しい。

 ないとそれはそれで不便なのだが。


「小麦粉とベーキングパウダーがあるから、毎朝ホットケーキかコーンフレークにしたらいいのではないかしら?」

「おおー。アクイレギアっぽい」


 買うものはすべてカゴに入れ終えて、二人で取っ手を分けて持ち上げた。


 レジまで行くと、ベルが置いてあったのでチリンと鳴らすと、奥から背の高い女性が現れた。長い灰色の髪は波打っていて、褐色の肌と緑の瞳がエキゾチックだった。グレーの髪と同色のまつげに覆われた目が瞬いた。


「……御用で?」

「こんにちは、お会計をお願いします」


 女性としてはかなりの長身だ。

 男であるルヴィと比べるのもどうかと思うが、5糎くらいしか差がないだろう。


 スレンダーながら体格がしっかりしていてそれ以上に大きく見える。首までのウールのセーターと黒いデニムのシンプルな服装で隙なく全身を包んでいた。見えるのは顔と手くらいだ。


「クレジットで」


 決済は本国で作ったクレジットカードだ。

 口座は、本国の銀行に紐づけてある。


 なかなかの大荷物になった。

 紙袋に入れて二人で手分けをして持つ――と声を掛けられた。


「……向かいのレジデンスの、新しい入居者?」


 初のご近所らしい挨拶ができるのではないか。

 第一印象を意識し、にっこり笑って名乗った。


「はい。オレはルヴィアスです。こっちは一緒に住む、」

「ネムです」


 ネムが頭を下げようとして、紙袋の中から卵が落ちかける。女性はそれを長い腕を伸ばして受け止めてくれた。ルヴィは両手がふさがっていたので、ヒヤッとするくらいしかできなかった。


「そう……よろしく」


 目を伏せると、まるで翡翠が濡れたように見えるな、と思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ