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黄金が降る  作者: 毎路
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06 アドバイス

 入居初日はどうしてもバタバタと忙しい。

 日用品や掃除に必要なものなどを揃えなければならない。


「買い物ようの手提げ袋とかいらんか?」


 トラックのような大型の車が近くに止まる音を聞きながら、ネムに声掛けをする。

 それぞれの部屋を決めてから、片付けをしながら一旦、例の雑貨店に買い出しに行こうということになった。


「ここはイクシオリリオンのようには資源を気にしないから」

「そう言い方して誰かに聞かれたらまずくね?」


 年下の幼馴染はその透明感のある美貌に少しの陰りも見せず、あっけらかんと答える。


「ここはイクシオリリオンの入居者しかいないわ。それに、うちだって大それたことでもないもの」

「…………まあ、なんちゃって環境意識高い系の方策だけどさ」


 この幼馴染、ときどき人の心が分からないんじゃと思うときもある。

 周囲の心の機微に疎いところはあるが、今はルヴィが気にしすぎかもしれない。


「新しい環境に気が立ってたかな?」


 リラックスリラックスと口の中で唱えながら、ふいぃと気を抜くために息を吐き出してから、部屋を後にする。






 1階に降りたルヴィたちの目の前には、大きな岩のような背中があった。のそりと振り返ってくると、その全貌が露わになる。赤い帽子にオーバーオール、丸太のように太い腕にもじゃもじゃとした体毛、見上げる巨体のその人物は、帽子のつばの奥で丸くした青い瞳で見下ろしてきた。


「――おお、お前さんたちが新顔か」


 思わず、ネムを後ろに庇った体勢のまま、ぽかんと口を開ける。

 それほど滅多にお目にかからないくらいの巨漢だった。

 おそらく2mは超えているだろう。


「ジョーンズさん、その子たちをあまり驚かせないでちょうだい」


 困ったような声音の老婦人が巨漢の後ろから声をかけて来た。階段の最後の一段を降りられないまま固まったルヴィたちは目だけを動かし状況を把握しようとする。


 さてこれは――?







 答え合わせは管理人である老婦人――マリエから。


「彼は、ジョーンズさん。このレジデンスへ食料や花の苗を運んでもらっているの」


 紹介され、大男が少し離れて正面を向くと、その両腕の間に、見たことがないくらいたくさんの卵が入ったケースが三段になっていた。


「は、じめまして。ルヴィアスです」

「……ネムです」


 おっかなびっくりと背中にくっつくネムに年長者としての矜持を思い出す。

 それとは別に、頭の中では、リグナムバイタ州の地図を思い浮かべる。リグナムバイタという名前ばかりが先行するが、実際に大都市として機能する有名地としてはリグナムバイタ州のリグナムバイタ市のさらにマグワート島というごく一部の地域だけだ。それ以外は、自然豊かな森林や農地として機能するのが大部分のリグナムバイタ州の構図だ。


「ジョーンズさんは農園を経営しているの。農薬を使わない有機農業で栽培しているから安心して食べられるの。味もおいしいわ」

「持ち上げられたな」


 ジョーンズと呼ばれる大男は、重たそうな卵ケースを何でもないように持ったまま肩を竦めた。そして笑顔を向けて来る。


「ようこそ、お若いのふたり。自由の国アクイレギアへ。儂はジョーンズ、こうして昔からマリエのところに食材やら花の苗やらを持って来とる。四十年来の付き合いだ」


 週に二回、アウトバーンの道路を片道4時間かけてやって来るという。

 ぱちん、とこなれたウインクをしてくる。


「ま、マリエはそれだけ特別なお得意さまってやつだ」

「いつもありがとう?」

「どういたしまして、だ」


 ジョーンズは、マリエより二回りは年下に見えるが、会話は気安い。

 マリエがこちらに目を向け、やさしく微笑する。


「必要な食料は、1階の厨房の冷蔵庫から自由に持っていってちょうだいね」


 朗報だ。買いに行かなくていいのはありがたい。思い浮かべるのは、冷蔵庫の中に値札があり、冷蔵庫近くに貯金箱のようなものがあるのを想像する。しかしそのどれとも違った。


 代金はいらないという。


「そもそも、私が勝手に始めたことなの」


 ただでさえ物価の高い国で生活する苦学生のために、無料で食料を提供するようになったのが始まりだという。これはネムも知らなかった事実らしく顔を横に振っている。


「でも、それだとあまりにも……」

「心配してくれているのね。でも大丈夫よ。赤字になってなっていないわ」


 老婦人はくすくすと笑う。

 家賃込みということだろうか?


「マリエはやり手だからなあ。お前さんたちはなあんも気にせんでいいと思うぞ」

「余計なことを言う口は縫い付けるわよ」


 気の置けない関係らしい。

 年の離れた姉と弟みたいな感じだろうか。


 ぼんやりと観察していたのに気付かれたのか、ジョーンズが身を屈めて来る。ぎょっとしたが、大袈裟に離れるのはマリエの知人に失礼だし、負けたような気がして堪える。大柄な体に似合わない小声で耳打ちされる。ルヴィはにっこりと笑って見上げた。


「………ちょっかい掛けたらだめですよ」


 何のことやらわからないネムとマリエは目を瞬かせるが、その時空気が震えるような笑い声が響いた。もちろん目の前の巨漢から。


「それも織り込み済みか! 余計なおせっかいだったな! しかし、お前さんが思っているより、この国は危険が盛り沢山、」

「――ジョーンズ、不安をあおるようなことを吹き込まないで」


 マリエの冷ややかな声に、「おっとと、卵をしまわにゃならん。それじゃあな、新顔たち!」と背を向けて足早に去っていく。それは傍目に見ても、いい大人がそそくさと逃げていくようにしか見えない。


「まったく。……二人とも、昼食を一緒にどうかしらと誘おうと思ったのだけれど」


 歩み寄ってくれる姿勢にもちろん返事は是一択。

 目元の皴を寄せて微笑むマリエは、「用意してくるから、そこの階段下の裏戸から出て、テーブルに座って待っていてちょうだい」と指先で示し、ジョーンズの後を追っていった。


 雷でも落とされるのか。

 わからんが、微妙な空気で見送っていると、ネムがポツリと呟く。


「面白い、方?」

「…………そう、だな?」


 ルヴィの背中から出たネムは、軽やかに階段を降りて戸口へ向かう。その後ろを追いかけながら、先ほどジョーンズに言われたことを思い出す。


『お前さん、とんでもない別嬪と一緒じゃあないか? ……何にも考えずに連れ歩くと危険だぞ』


 あれは、忠告(アドバイス)だった。

 この国の闇の深さを本の片りん感じた気がした。あの時マリエは咎めたが、アクイレギアの、それもルヴィたちの入るリグナムバイタ、その中心時マグワートにある有名なセントラルパークでは行方不明者が年間で千人近く出ている。


「ちゃんと見とかないとな」


 それは本国でもそうだったが、その比ではないのだろう。裏庭のエルム式庭園のような木々に囲まれたテーブルと椅子を見つけ、木漏れ日の中でネムがパラソルを見上げる。その横顔を見つめながら、気を引き締めた。


 ――因みにマリエの手料理だという昼食は大変おいしゅうございました。

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