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黄金が降る  作者: 毎路
107/109

106 ギルティ

「助かったよ。私も背が高い方だが、ルヴィぐらいあるといい画角になるな。写真を撮る才能があるんじゃないか」

「最高の被写体が傍にいるから自然と鍛えられたって感じですかね」


 褒められて謙遜することを忘れるようになった。

 アクイレギアの文化に染まったなと思う。


「君たちはいつも一緒にいるな。よっぽど馬が合うんだろう」

「凸凹がうまくかみ合うって感じですかね」

「良い関係だ」

「へへへ……小さい頃を一緒に過ごした相手って特別なんですよね」


 三つ子の魂百まで、という言葉がある。

 似たようなものだと思う。


「そうだな……」

「ジャミラにもそういう人はいませんでした?」


 頬を掻き、照れ隠しにそう聞き返すと、ジャミラは目を伏せた。


「ああ――いたよ」

「ですよね」


 我が意を得たりと頷く。

 ニッと笑いかけると、ジャミラは濡れたような翡翠の瞳を細めた。



 帰りの車内は静かだった。ジャミラは言葉少なに運転に集中し、ルヴィは車窓から見える景色に目を奪われた。見慣れない景色から、見覚えのある景色に。そして、とうとうアパートのガレージに車を停めて庭に出ると、夕日が芝生を赤く染めていた。顔を上げると、銀杏並木はすっかり葉を落として裸になっており、寒々しい。


「――ルヴ! おかえりなさい」

「ただいま、ネム」


 出窓からネムが小さく顔を出したかと思うと、引っ込んだ。ジャミラとレジデンスの中に入ると、階段を降りて来るネムがいた。


「ジャミラさんもお帰りなさい」

「ただいま」

「夕食、作ったので持ってきますね」


 ジャミラが貨物用昇降機を動かすために管理人室に向かうのを見送る。するとネムが振り返って今日のことを尋ねて来た。


「それがシラバスの内容は未定だとさ」

「……決まっていない?」


 事情を説明すると、ネムの顔が渋くなる。


「何をやっているのかしら……」

「新しい担当の教授はザイガー教授のおすすめだからいい人のはず」

「そう願いたいものね」


 ため息が零れる。


「あ、ネムの方はどうだった? マザーマリエやエミさん」

「マザーはいつも通りお元気よ。………エミさんは、」


 薄青の瞳が横にそれる。


「……元気がないようには、見えなかった」

「そりゃよかった。ヒーカンのおかげかな」


 いいカウンセラーを当ててもらっているのだろう。

 マリエなしでも生活できるくらい回復したらいいのだが。

 きっと一歩ずつ進んでいくのだろう。


「昇降機動き始めたみたい。わたしも上で料理を乗せてくるわね」

「んじゃ、下で待ってる」


 ネムが三階まで上がって行くのを見送る。荷重で一回に戻って来た昇降機を開け、料理を共有スペースのテーブルに運んで、三人で一緒に食卓を囲んだ。……ここで年末にユールログのパーティーをしたらしい。そのくらいには広く、落ち着ける雰囲気の部屋だった。そして片づけをすると、それぞれの階に上がって各々過ごし、就寝する。


 ――事件が起きたのは皆が寝静まった晩のことだった。






 夜、閑静な住宅街の中にあるアパートは殊更に静かだ。すっかり熟睡していた静寂の中、突如として複数の音が鳴り響いた。がしゃんと窓がぶつかる音、重たいものが落ちる音が何度か、そのあと野太い男のうめき声が聞こえて、ルヴィはベッドから飛び起きた。


「――大丈夫か、ネム!」


 音源はネムの部屋からだ。

 角部屋の外に面した個室がネムの部屋だ。


 窓の揺れる音、男の声、大きな物音とくれば、外からの侵入者だとは見当がつく。


 返事も待たずに扉を開ける――普段からお互いに鍵はかけていないのですんなりと開いた。そこには床に転がる成人男性らしい人影とベッドの上に立つ華奢な影、ネムだ。


 ネムがベッドから降りて、サイドテーブルの照明をつけた。

 パッと室内が照らし出される。

 頭を抱えてうずくまる男性は足裏が汚れ爪が伸びている。


「ネム! 離れてろ」


 男を迂回して入り口に立つルヴィの傍に寄って来た。

 今にも動き出さないか警戒しながら、見下ろす。


「ここは3階だぞ、いったいどうやって……」

「窓、のよう」


 言われて見れば、ベッド横の小窓が開き、カーテンが揺れている。その奥には、剪定されておらず、伸びた庭木の枝が見えた。ベッドの上に、枝や葉がいくつか落ちている。


「1階も2階もあんのになんでこの部屋に……まさかネムがいるって分かって入って来たんじゃないだろうな?」


 だとしたら悪質だ。マリエであれば緊急連絡先につなぐところだが、今はジャミラが泊っているので後で連絡して相談しよう。今は――


「通報……って、携帯を部屋に置いてきた!」

「ここにあるわ」


 ネムが机の上にある携帯へ手を伸ばしたとき、呻いていた男が顔を上げ、掴みかかって来る。咄嗟にネムの前に出て庇おうとしたが、脇の下から突き出されたネムの脚によって男の腹が蹴り上げられ、上半身が浮いて床に崩れ落ち、わき腹を抱えてもがき苦しむ。


「せ、正当防衛! オレが証言します!」

「どうも」

「――って、あれ? なんかこいつ見覚えが」


 怪訝な顔をするネムに指さして見せると、目を細めて見下ろす。二人でまじまじと侵入者の横顔を見て、ほとんど同時に顔を歪めた。


「おいおいおいおい! 何でお前がこんなとこに!?」

「通報しましょう」

「確かに通報案件だけども!?」


 幼馴染は不思議には思わないのだろうか。

 なぜなら――


 侵入者は、アンドリューだったからだ。頬はこけ、無精ひげを生やし、筋肉が細り、精悍だった容姿が見る影もないが、確かに同じカレッジの学生だった、あの。

 アンドリューは「……助けてくれ!」と両膝を床についた。


「人んちに忍び込んでおいて助けてくれ、だあ?」

「お願いだ、頼む!」


 ここに来て、ルヴィたちに被害らしい被害がないことが判断を迷わせた。

 ただ、侵入してきたことは事実……。

 

「ひとまず、手を縛らせてくれるんなら、話聞くけど、大人しく縛られんの?」

「……ああ。好きなだけ縛れ」

「その言い方だと、オレが好き好んで縛るように聞こえるからやめてくれね?」


 ネムが渡してくれた細いベルトを使って、垂直洞窟で用いられる特殊な結び目を作って縛った。命綱に使われる結び方だ。念には念を入れて。


「おい、痛いぞ!」

「解けないようにしてるからな。お前、不法侵入してるって立場忘れてないか?」

「好きなだけといったわ。男に二言だなんてつまらない」


 ぐっと言葉を詰まらせ、アンドリューは力なくふいと顔を逸らした。その横顔の影が濃いのが、痩せて頬骨が突き出ているからだと気づいた。リビングの椅子に座らせて、とりあえずホットミルクでもと思ったが、ネムはコーラのボトルを差し出してきたので、コップに入れて前に置き……座るアンドリューと目が合った。


「お前が飲ませるっていうのか?」

「うわあ……その発想きも……」


 思わず思ったことが口から出てしまった。

 アンドリューの額に青筋が浮かぶ。


「はい。これで自分で飲めるでしょう」


 ネムがやり取りに割って入った。

 コップにストローが刺さる。

 …………なるほど、これで解決だ。


「飲ませてくれてもいいんだが?」

「調子にのんなよ」

「飲まなくたっていいのよ」


 ルヴィがネムの席に座り、縛られたアンドリューはルヴィの指定席――出窓側の椅子に座らせている。ネムはルヴィの背後に立った。寝巻にカーディガンを羽織って腕組みしている。


「……いいな」

「は? 何がだよ?」

「あなたは最悪」


 アンドリューへの態度が悪すぎる件について。

 自業自得か、ユーアーギルティ。


「んで? どうやってオレらの家を知ったんだ?」

「……知らない」

「はあー?」


 ネムが通報するかのように携帯を持ち上げると、アンドリューが顔を歪めた。


「知らなかったんだ! ただ、ここへ行けば助けを得られると奴が!」

「その奴って誰だよ?」

「………知らない」


 なんだこいつ。ネムの手から携帯を取り上げて、ルヴィが通報しようとすると、アンドリューが縛られた状態で立ち上がり、椅子が床に倒れかける。ネムが咄嗟に支えたので、夜中に大きな物音を立てずには済んだ――ほっとしたので通報しよう。


「ま、待て!」

「ちょっと黙れ。夜遅くに騒ぐなって!」


 その口に手を被せて黙らせ、小声で叱咤する。

 手のひらに熱い息を感じたルヴィは怯んで手を離し、ティッシュで拭いた。


「椅子に縛り付けたほうがいいかな」

「縛っても構わないが、警察にだけは通報するな!」

「怪しい言動をしている自覚はあるのかしら?」


 アンドリューはぐっと押し黙る。

 自尊心の高い、この男が。


「………オレはお前とあんまり関りはなかった。だけど、一緒に机を並べた相手の、こんな姿見たくなかったぜ、アンドリュー。あんまり失望させてくれるなよ」


 ため息をついた。視界の端でネムが眉をひそめるのが分かった。


「聞くから、座れよ」




 落ち着きを装うだけのゆとりが戻って来たのか、アンドリューは椅子に座り、重い口を開いた。


「――嵌められた。それで、追われてる」

「追われてるって、なんで?」


 嵌められた=追われるというのは成り立たない。

 何か、盛大に端折られているのは明白だ。


「俺を匿ってくれ……」


 プライドを投げ捨てた姿に、同じ男としてルヴィの心は動かされたが、ネムは一向に意に介した様子なく、通報しようと携帯に手を伸ばした。


「ね、ネム……ちょっと、話を聞かんか?」

「もう聞いてたでしょ」


 確かに、だ。


「わたしたちの問いには答えずに、『助けてくれ』の一辺倒。犯罪者を匿うわけにはいかないわ」

「犯罪者と決まったわけじゃないだろ?」


 パトリックの話では女学生への暴行も薬物乱用も噂の域を出ていないはずだ。するとネムはなぜか眉を上げて怪訝そうにしたが、はっと顔色を変え、視線を泳がせた。そしてコホンと咳払いする。


「そ、うかもしれないけれど……」

「な? も、もうちょっと聞いてみようぜ」


 いろんな嫌な思いもしたネムからすると快い話ではないだろう。しかし、何かやむにやまれぬ事情があるのなら、放置したことを後で後悔するかもしれない。


「これは――わたしたちだけで抱えることはできないわ」


 それもその通りだ。不法侵入はルヴィたちが許せば済むかもしれないが、匿うとなると、このアパートの住人の安全にもかかわる。


「アンドリュー、あなたの話を聞く前に、相談しなければならない人がいるから、その人には連絡をする。そうでないなら、今からあなたを警察に突き出すわ。………あたなが、選んで」


 ネムが選択肢を提示すると、アンドリューははじめてネムを真正面から見上げた。


「――わ、かった。相談でもなんでもしろ」

「そう」


 ネムは落胆するそぶりも見せずに頷いた。ネムにしてみれば、通報したほうが楽と思っていそうだったが……。ただ、アンドリューの方も、慎重だった。


「だが、誰に連絡をするのか、教えてくれ。相手によっては」

「よっては?」


 生唾を飲み込んだアンドリューが顔を逸らす。


「………俺はここから退く。それを見逃せ」


 危害を加える思惑はなかったようだが、実際、襲われたに等しいネムがどう思うか……。


「今後、わたしたちに関わらないというのならいいわ」

「そんなあっさり流せるもん?」


 ルヴィだったら妹分が傷物になったかもしれない、いや既に心に消えない傷を負っているかもしれない可能性を考えるだけで許しがたい。……しかし当人がこうもあっけらかんとしていると顔が引きつった。


 まだまだ言い足りない思いでいたが、ネムからの視線に口を閉じる。

 ネムはアンドリューに顔を向けてしっかり頷いた。


「いいわ。誰に連絡するのか、知りたいのよね」

「ああ」


 ジャミラだろう。

 今のこのレジデンスのメインの管理人だ。


 しかしネムは別の人間の名前を口にした。

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