取り敢えず殿下に会います
『お忍びで城下へと降りる日がある。視察後、なら時間が取れると思う。』
フレデリックに話があると、外野がいない状態で話したいと伝えた際にそう言われた。
たまたまギルドへと依頼達成の報告をした際に、フレデリックからSランクの華雲の真珠宛への依頼を渡された。
そこには人目を避けての護衛、という名目の依頼であった。
それと同時に再度別の依頼を渡されたのには、ギルドマスターに胡乱げな顔を向けたのは仕方がないと思う。
その依頼を見た際に、珍しく皇宮内での会話では無いのだなと思ったものだ。
それと同時に依頼書を受け取らなかったら、どうするつもりだったのかと疑問に思う。
いつも通りの冒険者の服を着て、ローブを羽織りフードを被り待ち合わせである帝都の中にある川のほとりで木の幹にもたれながら本を読む。
約束の時間よりかは少し早い事もあり、少しだけのんびりとした時間。
そう思っていたのに、約束の時間よりも早い段階でフレデリックがマグリットに向かって歩いてくるのが見える。
しかも一人で。
皇族が、護衛も付けずに。
確かに外野無しで、とは言ったが。
皇宮内でもない、こんな市井のど真ん中で、皇族が護衛を付けずに歩いていること事態が有り得ない。
フードの中で、顔が晒されていないのをいいことに、驚愕の表情が思いっきり出てしまう。
「何を、していらっしゃるのですか!?」
索敵範囲を広げてみると、少し遠いが慣れた気配がある事に気付く。
つまりは市井へと降りた後、ずっと護衛が付いてない事は無かったのだろう。
それでも、少しの間だけといえど。
皇族が一人で歩いて良いものでは、無い。
「何って?君に会いに。」
確かにいつもの皇族らしい服装な訳では無い。市井に溶け込めるようにと平民が着るような服を着ているし、そこそこ着古された感のあるものであった。
素材が一級品で、という訳でも無い、ごくごく普通の物。
似合わない、事は無い。が、普段を知っているだけに違和感が凄い。
後は顔が良すぎて、平凡すぎる服はかなり浮いて見える。
「そういう事を言っているのではなくて!護衛無しで歩くなど!!」
有り得ません!と周りに居る人の耳に入らないよう考慮しながらも、それでも詰め寄る。
「護衛なら居るだろ?」
此処に。とマグリットに手を差し伸べる。
思わずそこに手を乗せてしまう。
貴族令嬢としての教育は、骨の髄まで染み渡っているのだ。
自然なエスコートの体制に、自然にエスコートされるように掌を乗せてしまったのは、不味かったなと直ぐ様気付く。
今の格好だけみれば、フードで顔も何も見えない全身黒尽くめのローブを着た、背格好で辛うじて女であろうと判別出来るだけの怪しい人物である。
それを。
幾ら平民らしく振る舞っていようとも、第一皇子のエスコートを受けるのは言語道断だ。
かと言って今更手を振り解く事は出来ない、が。
「離して下さいませ。」
文句は言わせてもらう。
「別に構わないと思うが。」
「そもそも平民は、エスコートなど普段からするものでは有りせん。」
顔が見えないのを良い事に、思いっきり顔を顰める。
「いやいや、君がそのような格好しているから変な感じがするんだ。」
そのような格好と言われても。これが市井でいる普段着である。
「平民用の服くらい持っているのだろう?」
「・・・普通の服という意味では、持っておりません。」
マグリットは常に冒険者らしい格好をしてきた事もあり、平民の女の子が着るようなワンピース等は持ってはいなかった。
「買うか?」
これが皇子として公爵令嬢へのドレスの贈り物であれば、こうして買うかどうかの質問さえしないのだが、皇子がわざわざ平民の服を公爵令嬢へと送る、というのは、それはそれでらちょっと頂けない。
「いいえ、要りませんもの。」
ローブが怪しいのであれば、脱げば問題無いのだ。
Sランクになってからは余り顔を晒して歩く事は無かったのだが、今回ばかりは仕方無いとローブを脱ぐ。
「流石、そのような格好も似合うのだな。」
感心したように、改めて言われると少し狼狽してしまう。
「あ、ありがとうございます。」
「では行こうか。」
「行くと言われましても、何処へ?」
エスコートのために掴まれた手は、気付けば普通に手を繋いでいるかのようになっており、そのまま引っ張るように歩き出してしまう。
「市井には詳しくないのだが、何処か落ち着いて話せそうな場所はあるか?」
マグリットも普段から、市場などを歩いている訳ではない。それもあり、そこまで詳しい訳ではない。
それにマグリットがこれから話す内容は、市井の中、人が居る所で話すものでもない。
どうするべきかと悩む。
マグリットが泊まっている宿へと行く。これは確かに一番かもしれない。防音魔法で外に聞こえなくすれば良いだけなのだから。
けれど、未婚の貴族の男女が一つの部屋。誰の目も無い場所に籠るのはマグリットでも流石にちょっと・・・というのが本音である。
「・・・・・・何処でもよろしいのですか?」
「君となら何処へでも?」
揶揄うような雰囲気で、それでも真面目にフレデリックは言う。
「まさかこんな森の中に連れて来られるとは、考えてなかったな。」
森の中、目の前にある湖を瞳を眇める。
天気が良い事もあり、湖の水が反射しているからだろう。
「楽しそうですわね。」
「それはそうだろう。
転移魔法を体験出来たし、それ以上に、こうしてこんな風にこんな場所に居る事さえも、普段ならあり得ないからな。」
事実、湖を眺めているだけなのにも関わらず、雰囲気が楽しそうで。
「転移の経験も無かったのですわね。」
そのマグリットの言葉に、フレデリックは呆れた様子を見せる。
「そもそも転移を出来る者が少なかった、というのもあるが。
自分以外を連れて移動出来る者なぞ、一度だって見なかったぞ?」
マグリットが死んだ以降も、すぐに回帰していた訳ではない筈なので、そこは少し意外に感じる。
転移魔法の改良など、進まなかったのだろうか。
「あら、そうですの。」
どんな感情を覚えようとも、もう既に無かったモノである。気にする必要も無い。
「君は転移魔法が得意なんだな。」
思わずキョトンとしてしまう。
「それはそうでしょう。
私が作成したモノですもの。」
「・・・・・・君は、そんな事もしていたのか。」
呆れながらも、湖を前にして地面に座り込む。
こんな所に連れてきたのは、確かに自分だが地面に直接座るのは・・・・・・と思ってしまい、思わず見つめてしまう。
しかしフレデリック自身は全く気にせず、しかしながらハンカチを取り出し、自分の横に置き手でハンカチの上をポンポンと叩き、マグリットに此処に座れと、無言でアピールする。
無視は出来ないため、座るも少し居心地が悪い。
「それで、話とは何だ?」
恐らくフレデリックは、気付いているのだ。
それでもマグリットへと問い掛ける。
お互い話し始めるには、少し覚悟がいるからこそ、余計に。
「直球ですのね。」
「焦らした方が良かったか?」
その言葉に少し笑う。
ーーーー私は、死なねばならぬと、そう思って参りました。




